04〈挿話〉雪の日 1(蒼人視点)
高校一年生の冬。二月に入ったばかりで、節分とバレンタインの両方の催事があちこちで見かけられる頃の話。
街を歩けば、皆浮きだっているように思えるのは、自分自身が楽しい毎日を送っているからだろうか。
学校内でも同じことで、俺は明日二人で出かける約束のことで頭がいっぱいだった。
表情筋があまり仕事をしていないと言われている俺でも、自然とニヤツキがちになる顔を抑えきれていない自覚はあった。
「ねぇ、ちょっといい?」
授業も終わり、下駄箱で待っている麻琴の所へ早く行こうと荷物をまとめていると、明らかにこのクラスの人間ではないやつに声をかけられた。
振り返ると、体格の良い大男が教室の後方のドアを塞ぐかのように立っていた。
公共の場でフェロモンを出すのはマナー違反とされているのに、自分が優位だと見せつけるかのように、フェロモンを放出している。
馬鹿か、こいつは。心のなかで呆れ声を出しながら、軽く睨みつけた。
「……誰」
一分でも早く麻琴のもとへと行きたいのに、面倒なやつが出てきやがって。ちっと小さく舌打ちをすると、不快感丸出しで言葉を吐き捨てた。
相変わらず不愉快なフェロモンを出し続けている『馬鹿』の相手をまともにしていてもろくな事はないなと、適当にあしらってその場を離れることにした。
後方を塞ぐのなら、前方から出ればいいと歩き出したら、ズカズカと大股でこちらに近づいてきた。
「君達付き合ってないんだろ? それなら俺にもチャンスはあるってことだよね」
何を急に。不躾にもほどがある。
記憶に間違いがなければ、全く知らないやつだ。初対面なはず。
そんな奴に唐突にぶつけられた質問は、ただただ不快でしかなく、答える気には全くならない。
無視してそのままその場を立ち去ろうとしたら、続けざまに言葉が投げつけられた。
「俺が今度のバレンタインに告白したって問題ないよね?」
「……は? 何のことだ」
何の説明もなしに言われた言葉の意味なんて分かるわけもなく、無視を決め込むはずがつい反応してしまった。
アルファ同士の格付けを主張するように、俺のほうが強いんだと難癖つけるアルファに絡まれることはよくある。
自分で言うのも何だが、俺はランクの高いアルファらしく、それ故に威嚇するように絡んでくるやつが後を絶たない。
他のアルファの事も、格付けなんかも全く興味がないのに。
俺が興味を持つのは、あいつだけだ。
「君の幼馴染のオメガくんに、だよ」
「──っ!? なに勝手なこと……!」
俺の心が読まれたのか? と思うくらいタイミング良く麻琴の名前が出てきて、僅かながら動揺が広がる。
こいつは、何を企んでいるんだ?
俺自身に敵対心を持つやつならば、適当にあしらうことも出来たが、思いもよらずに麻琴の名前が出てきて、身構え警戒を強めた。
「付き合ってるわけでもないし、許婚なわけでもないし、君にそんなこと言う権利あるの?」
半笑いで小馬鹿にしたように言われたセリフに、うっと一瞬言葉に詰まる。
反論出来ずにぐっと拳を握るけれど、悟られないように平然とした態度のまま相手を睨み返した。
「へぇ。何も言わないんだ?」
「お前に言う必要はない。俺たちの事に口を挟むな」
図星を指されただなんて気付かれたくなくて、捨てゼリフを残してその場を離れようとした。
こういうのを相手にしていては、ろくな事はない。
「おーこわ。君がこんなに独占欲を剥き出しにしてるのを、オメガくんは知ってるのかな?」
「なっ……。お前、余計なこと言うなよ?!」
「君が焦っているのを見るのは楽しいね」
「ふざけんなっ!」
相手の思うつぼにはなりたくないのに、麻琴のこととなると、冷静ではいられなくなる。
ニヤニヤしながら、俺の反応を伺っている態度で、明らかに面白がっているのが気に入らない。
それに、麻琴のことをオメガ呼ばわりするのも気に入らない。未だ根強く残る、アルファ至上主義者なのだろう。
「まぁ、君の気持ちは置いておいて、僕が気持ちを伝えるのは自由だから、君にとやかく言われる筋合いはないね?」
勝ち誇った様子でそう言われると、俺は何も言い返せなくなる。
麻琴は俺の事を兄弟のような存在だと信じて疑わない。それ以上の感情は持ち合わせていないから、急に告白をしたところで混乱させるだけだ。かと言って、目の前にいるこいつが告白なんかしたら、意識していつかは本気で好きになってしまうかもしれない。
──そんなことは、絶対に許さない!
「ねぇ? アルファくん。君の気持ちはどうなの? ……ま、聞くまでもないって感じだけど」
「俺の気持ちがどうあれ、お前に言う必要はない。あいつにも余分なこと言うなよ」
公の場でフェロモンを出すのと同じようにマナー違反なのだが、ついカッとなってアルファの威圧を放ってしまった。これでは、目の前にいる馬鹿と同じではないか。
それでもその威圧を受けたアルファは、敵わないと瞬時に判断し、チっ……と舌打ちをするとその場から離れていった。
冷静さを欠いた己の行動を反省しつつも、やはり先程のアルファの言ったセリフが心に大きく残る。
麻琴は自覚していないが、昔からモテるんだ。ただ俺が常に側にいるから誰も近寄れないだけで、ちょっと気を抜けばあのアルファみたいなやつは、たくさん現れるだろう。
物心ついた頃から、ずっと麻琴を守ってきたんだ。変なやつに取られてたまるか……。
俺はそう心の中で気持ちを引き締め、麻琴の待つ下駄箱へと急ぎ足で向かった。