31 巣作りと約束
予想通り、あのあとすぐに本当のヒートがやってきた。
初めの頃は完全に記憶が飛んでいるけど、後半になるとだいぶ治まってきたので、ちょいちょい記憶がある。
いずれは、蒼人との関係は……って考えれば、不自然なことでもないし恥ずかしがることでもない。
わかってはいるけど、完全にヒートが治まった今、思い返してしまうと一気に顔が熱くなる。
……でも、めちゃくちゃ、幸せだったなぁ……
ところどころ記憶は残っているから、幸せに満ちた感覚を思い出せるし、まだ心が身体がふわふわしている。
本来の目的の治験の結果はどうだったんだろう? って、少し脳裏をよぎったけど、正直今のおれは『そんなことは置いといて』って気分だ。
結論から言うと、おれのうなじはキレイなままだ。身体の違和感も全く無い。
運命の番相手にでも、自分を抑えられたのだと思う。
それは抵抗薬の効果と、蒼人の意志の強さの勝利とも言えるのかもしれない。
他の治験者の結果も踏まえて、落ち着いた頃に教えてもらえると思うけど、今しばらくは他の事は考えずに、このふわふわした多幸感に包まれたままでいたい。
ヒート中に不安にならないようにと、蒼人は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
治験の数値測定に行く為に僅かに離れる時は、蒼人の匂いのするものをたくさん置いていってくれた。
おれは嬉しくなって、ベッドの中心に蒼人の服をどんどん並べてみた。蒼人が戻ってくるまでという短い時間だったから、簡単なものしか出来なかったけど、蒼人はすごく喜んでくれたんだ。
思い返せば、病院で蒼人の服を握りしめて寝たのは、あれも同じなんだろう。好きな相手の匂いのするものを集めて囲まれたくなる習性。オメガ特有のネスティング、いわゆる巣作りという行為だ。
そして今も、巣の中に一緒にいる。
昨日の夜は意識もはっきりしていたし、数値を見てもヒートの終わりで間違いなかった。
なので、意識のはっきりしている中でゆっくりと巣作りをして、蒼人に入ってもらいたかった。
出来上がった巣は満足のいくもので、蒼人もたくさん褒めてくれた。
次に巣作りをする時は、番になるときだろうか。
そう考えると、ふわふわした気持ちと、嬉しくてニヤニヤが止まらなくなる。
蒼人も起きてるかな? と思いながら静かに目を開けてモゾモゾと体を動かすと、頭の上から蒼人の声が降ってきた。
「麻琴、おはよう」
そう言って、髪の毛にキスを落とす。
「おはよう」
気恥ずかしいけど、やっぱり嬉しくてニヤニヤしてしまう。
「体調はどうだ?」
「うん、もうすっかり良いみたい。……ありがとな」
「俺に甘えてくれる麻琴、可愛かった」
──っ!!
突然、蒼人が爆弾を落としてきた。
おれの身体はヒート再来か!?って思う程一気に熱くなる。
頭なんて爆発寸前だ。これ絶対、顔から火が出てるぞ。
「……そっ、それっ……。……それは、そうなんだ……けどっ」
なんて答えるのが正解なのか? ありがとう……というべき? いや、なんかそれはそれで恥ずかしいし……。
しどろもどろになって、あたふたするおれを、蒼人はクスクス笑いながらぎゅっと抱きしめ直した。
「次のヒートでは、番になりたい」
耳元で、再び爆弾宣言。
何度爆弾を落とせば気が済むんだ?
でも、番になりたいということは、この先ずっと側にいて、一生を添い遂げる約束をするのと同じだ。
並大抵の覚悟で言える言葉ではない。
「……ふっ……ふつつかものっ、ですがっ」
自分が三指をついて、深々と頭を下げる様子を思い描く。
実際には蒼人に包みこまれているから、身動きが取れない状態なんだけど。
「待って、麻琴。……俺、まだプロポーズしてないんだけど? それじゃあまるで、プロポーズへの返事だよ」
蒼人は困ったように、でも嬉しそうにおれに言う。
うん、確かにふつつか者ですが……は、結婚の挨拶にもよく使われるよな。
「え……? じゃ、じゃあ……。番って、ください……。よろしく、おねがいします……?」
自分で言っておきながら、よくわからなくなってきた。
番ってくださいってなんだろう……。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
おれは多分耳まで真っ赤なんだと思う。蒼人はどんな顔してるんだろう? って興味が湧いて、背後から抱き込まれている姿勢を変えようと、モゾモゾしながら顔を横に向けたら、唇にチュッとキスをされた。
どんな顔をしてるか見てみたいと思った蒼人の顔は、めちゃくちゃ嬉しそうに破顔していた。
恥ずかしいけど、こんな顔の蒼人が見れるのなら、甘えるのも悪くないなって思う。
「……なぁ、おれ達って、……付き合ってるってことで、いいのかな?」
先日、頭に浮かんだものの、落ち着いてから改めて蒼人に確認してみようと思っていたこと。
おれが告白して、蒼人も好きだって言ってくれたけど、それがイコール付き合うってのとは、別の可能性だってある。
付き合ってるつもりは自分だけでした……なんてなったら、嫌だな……。
「そうだな。ちゃんと言葉にしないとな。……麻琴、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
蒼人の曇りない瞳がおれをしっかりと捉えた。
「番になる約束はしたけど、まだプロポーズは保留にして欲しい。麻琴をちゃんと養えるようになってからにしたいんだ。でも、一生お前を離すつもりはないから」
普段口数の少ない蒼人が、これだけ饒舌に気持ちを伝えてくれるというのは、たくさん蒼人の中で考えて言葉を選んでくれた結果だと思う。
「……うん、ありがとう。……おれたち、結婚を前提の付き合いってことでいいんだ……」
顔が熱くて仕方ないけど、嬉しくて幸せで顔はだらしなく崩れているのだと思う。
おれと蒼人は、恋人同士──。
ああ、ダメだ。最高に幸せすぎる。こんなに幸せでよいのだろうか。
少し前まで、身を引かなければいけないと思っていたのに、幸せの大どんでん返しだ。
「おれの恋人の麻琴は可愛い」
気付くと、おれの顔を覗き込んでそんなことを口にした。
蒼人もデレが加速中だ。
まだまだ照れはあるものの、やっぱり嬉しいおれは、エヘヘって頬をポリポリとかいてモゾモゾと動き、完全に蒼人と向かい合う姿勢を取った。
そして、今度はおれから蒼人の唇へ触れるだけのキスをした。
視線が重なると、蒼人は嬉しそうに微笑んだあと、おれの鎖骨、首筋、耳……と、あちこちを啄むように唇を落としていく。まるで、自分の所有物だと主張するかのように。
そしておれの頭を支えて、唇を押し付けるように重ねてきた。
二度と離れないという、強い思いを感じるようなキスだった。
しばらく、キスをしたり抱きしめ合ったり、胸元に顔を埋めてスリスリと甘えてみたり、ヒート明けの甘い二人だけの時間を過ごした。
その日の午後、医師の診察を受け、オメガフェロモンの数値を見てもらい、ヒートが終わったことを確認してもらった。
オメガの発情期は一般的に三ヶ月に一回、七日間ほどヒートが続くと言われている。
けれど、おれの周期はもう少し短くなる可能性があると言われた。
今回のヒートでは、抑制剤を使っていないのに、四日ほどで治まった。
一回のヒートが短い人は、ヒートの間隔が短い傾向にあるらしい。
次のヒートで番になりたいと約束をしていたから、その日までの期間が短いかもしれないと思うと、何かソワソワしてしまう。
ただ、ずっと蒼人と一緒にいたから、早く治まった可能性も捨てきれないみたいだけど……。
蒼人とおれが参加した治験は第二段階で、ここで抵抗薬の効果が認められると、次にもっとたくさんの人を対象に治験が行われるらしい。
おれと蒼人は、卒業後にこの薬の研究開発をしている製薬会社の企業内大学への進学が決まっていて、進学後、学びながら再び治験への参加をすることになっている。
このまま施設にいる許可は得ていて、これから三月末までは、寮で進学に向けての準備をする。
卒業後は、治験者向けではなく、学生向けのアパートに引っ越しをしてそこで生活をする予定だ。
第二段階の治験も終わり、第三段階は極秘ではなくオープンプロジェクトになるため、少し早いけれど、家族には経緯を話す許可が降りた。
なので実家へ連絡をし、進路のことや蒼人とのこと、これからについて話に行く約束を取り付けた。




