27 事の真相は
「まず……。喫茶店でのことなんだけど。あの日麻琴の飲み物に発情誘発剤を入れたのは、喫茶店の店員なんだ」
「え……っ? なんで……」
見ず知らずの店員に恨まれるようなことでもしたんだろうか。どう考えても、全く覚えがない。
自慢できる生き方をしてきたと胸を張れるかと言われたら、大きな声で返事は出来ない。けど、母の教え通り、人様に迷惑をかけるような行いをしてきたつもりはない。
個人的な恨みでないなら、お店にとってなにか有益なことがあったから……?
「その店員は、ある人物に頼まれただけだと言ったんだ」
「頼まれた……?」
ますます訳が分からない。でも、知らないうちに、誰かを傷つけてしまっていたのだろうか。
蒼人の苦しそうな声が、耳元から聞こえてくる。
おれが傷付かないようにと、言葉を選んで慎重に話してくれているんだと思う。
ひと呼吸を置いて、おれの身体をぎゅっと抱きしめ直した。
そして。
「その相手というのは、俺達の同級生の、佐久星司、で──」
「……っ」
下手に先延ばしにしても仕方がないと、意を決して伝えてくれたんだろう。
ゆっくりとした口調だったのに、段々と早くなっていく。
「麻琴が初めて出来たオメガの友達だと、嬉しそうに話してくれた飯田月歌も、グルだったんだ……」
「佐久くんと……飯田くん……まで? ……え? なんで? どうして? ……友達だって……これからもって……」
つい先日も、旅行の話をしたばかりだ。まだ出会ってからの期間は短いけど、これからもずっと付き合っていきたいと思えるほどには、信頼していた。
おれの勝手な感情で、距離を取ろうとしてしまっていたけど、心のなかではいつまでも友達だと思っていたのに。
蒼人が嘘を言ってるとは思わない。でも、嘘だよね? 間違いだよね? そう確認せずにはいられない。
抱きしめられている腕を振りほどいて、真正面から蒼人に問いただしたい。
でも蒼人は、おれを抱きしめる腕を、緩めることはなかった。
こんな事実が伝えられるとは思わなかった。想像もしていなかった。
伝えられた言葉の衝撃に、本当は取り乱していたかも知れない。
蒼人がいなければ。蒼人から伝えられなければ。
でもおれは取り乱すことなく、辛うじて話に耳を傾けることが出来ている。
やっぱりおれは、どんな時でも蒼人に守られてきたんだ……。
「カラオケボックスでのことも、喫茶店でのことも、学校でのことも、全部、佐久星司が仕組んだことだったんだ」
おそらく、おれが一番ショックを受けるだろう事実を先に伝えてくれた。
蒼人に包まれて守られていたから、衝撃は最小限で済んだんだと思う。
それでも、ダメージはとても大きくて、スーッと涙が頬を伝って落ちてきた。
「麻琴にとってショックなことだと思うけど、この事実だけは伝えないといけないと思ったんだ」
蒼人からおれの顔は見えないはずなのに、頬に伝い降りた涙を拭いながら言った。
「飯田がグルだったと言ったけど、彼にも事情があったんだ。そのことは、分かってやってほしい」
「事情?」
「学校での騒ぎのあと、飯田自身が泣きながら話してくれた。……だからといって許されることではないけど、ある意味彼も被害者なんだ」
その後も、おれの頭を優しく撫でながら、蒼人は話を続けた。
佐久くんは警察で、飯田くんは蒼人や太陽、うちの両親と蒼人の両親みな揃っている前で、事の成り行きを話したらしい。
佐久くんは、ゲームセンターで助けて近付いて、喫茶店では介抱するふりをして、……おれとの関係を持とうとした。
学校では、ベータと偽っていた先生を脅して襲い、助けようとするであろうおれを巻き込もうとした。
全て失敗に終わったけど、結局動機は分かっていないらしい。
「おれの、肩の痛みは……?」
学校でのことと言われて、聞きたかったことを尋ねた。
「夏丘先生のヒートに影響を受けてラットになった佐久星司が、セーフティールームに先生を連れて行こうとした麻琴に襲いかかったんだ。……その際に、肩に噛みつかれた。大切なうなじに近い場所だったからか、麻琴はショックで気を失った」
「……え? でもそれなら……」
あの時、周りには他に誰もいなかった。そのまま空き教室に連れ込まれ襲われて、うなじを噛まれ、番が成立という、最悪の結果になっていたかもしれない。
事故で番になってしまうなんて、そんな恐ろしいこと……。
想像しただけで、身体が震えてきてしまう。
そんなおれに気付いて、蒼人は頭や頬をなでたりしながら、自分のフェロモンをおれに纏わせた。
身体の震えは治まり、全身がぽかぽかと暖かくなって、気持ちが落ち着いてきた。
「蒼人、ありがと。もう大丈夫。……続き、話して」
おれの言葉に、蒼人は再び話し始めた。
「見張り役として隠れていた飯田が、泣きながら出てきて、助けを呼んでくれたんだ」
「そっか……。飯田くんが……」
おれに近付いて来たのは、目的があったから。
だからはじめは、演技だったのかもしれない。でも、一緒にいる時の楽しそうな飯田くんは、演技だとは思えなかった。本当に、友達になれたことを喜んでいたと思う。
だから、おれのピンチにいても立ってもいられなくなって、出てきて助けてくれたのかもしれない。……自分の立場が危うくなるとわかっていても。
「彼は、佐久星司の婚約者なんだ」
「うそっ……?!」
もうこれ以上驚くことはないのかと思っていたのに、蒼人はまた爆弾を落とすかのような言葉を口にした。
「だから、おれと飯田が婚約したというのも嘘。佐久星司が流した噂だよ」
「なんでそんなことを……」
「傷心の麻琴の隙に付け込もうとしたんだろうな」
いつもおれの側にいた蒼人が、訳あってしばらく離れることになって、そのタイミングで計画が実行されたんだろうと。
「俺がいない間に飯田が声をかけてきたのも、カラオケボックスで絡まれたのも、偶然を装って佐久が助けたのも、それをきっかけにデートに誘ったり告白してきたのも……全てが計画通りだったってことだ」
──告白!
蒼人の言葉に、佐久くんとのやり取りを思い出し、ビクッと身体を震わせた。
そのことも、知ってるんだ……。
おれは蒼人の反応が怖くて、身体に力が入る。自分の本当の気持ちに気付いていなかったとはいえ、あの一瞬だけでも、佐久くんのことが好きかもしれないなんて思ってしまったんだ。
そんな事実、知ってほしくなかった。裏切ってしまった気分になる。
「心配しなくても大丈夫。麻琴の気持ちは、本人が気付くより前に知っていたから」
蒼人はくすっと笑って、おれの髪にそっとキスをした。
「……っ。どう、いういみ、だよ……」
動揺して、言葉が途切れ途切れになってしまう。
おれが気付く前に気付くって変だろ。
「どれだけ一緒にいると思ってるんだ? この世に生を受けたその日から、だぞ? これだけ長く一緒にいれば、それくらい分かるさ」
「そ……そういう、もの……なのか?」
他の人達のことは知らない。
ただ、おれ達は親も呆れるほどずっと一緒だった。
あまりにも一緒にい過ぎて、お互いの存在がなくてはならないということに、気付くのが遅れただけということなのか。
離れることなんて決して出来ない、産まれる前から定められた運命のようなものなのに。おれには、蒼人しかいないのに。
不安になっていた自分が、おかしくなってきて、思わずクスクスと笑いだしてしまった。




