22 二人での食事
しばらく海岸沿いを走ったところで、車は停まった。
「ここで降りて、少し歩くよ」
紅音さんの言葉を聞くと、蒼人は握った手はそのままで、反対の手を使ってシートベルトを外し、エスコートするように車を降りた。
その様子を、紅音さんはニコニコしながら見ている。おれにとっても親同然の紅音さんの前で、めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、思い返してみると、おれ達はずっとこんな感じだった。
親たちが話すには、産まれたばかりの二人を横に並べて寝かせたら、蒼人が俺の手をぎゅっと握ったらしい。
まだ産まれて数日の赤子だから、把握反射というものだろう。それでも、おれを守ろうとする気持ちの現われだったんじゃないかって、盛り上がって話をしていた。
それから、気付くと蒼人はおれの側にいたらしい。小さい頃から、何か変化が有ると、親よりも先に気付くほどだったという。
それが顕著に現れてきたのは、幼稚園に入園してからだった。
同じくらいの歳の子が通う幼稚園内で、ちょっかいを出す子は少なからずいるだろう。蒼人はおれに気付かれないように、そういう子からうまく遠ざけたらしい。
そして小学校入学前健康診断で、おれはオメガで蒼人はアルファと診断された。
さらに蒼人の過保護っぷりは加速するのだけど、このあたりになると、おれの記憶もだいぶはっきりしているので、色々と覚えている。
その頃には、蒼人の膝に乗るのも、もうすでに当たり前になっていたように思う。
当時のおれ、……いや、ついこの間までずっとだけど。なんで疑問に思わなかったんだろう?
ふと、春岡先生の『麻琴くん自身も、蒼人くんを自分のアルファだと認識していた』という言葉を思い出した。
ぽぽぽっと顔が熱くなる。
無意識とはいえ、おれ達はお互いを特別な存在だと認識していた。
だから、蒼人のそばにいると安心したし、居心地が良かったんだ。
かといって、結婚相手や番になれるとは限らない。
このまま、ずっと隣りにいるもんだと思っていたのになぁ……。
急に思い出した現実に、さっきまで熱かった顔の火照りも、あっという間に消えていった。
勝手に自分で心の棘を増やしてしまい、悶々としながら歩いていると、前を歩いていた紅音さんが立ち止まった。
「ここ、俺の知り合いがやってるレストラン。アルファやオメガのお客さんも多いんだ」
カランカランと音を立てて、扉を開く。
「いらっしゃいませー。……あ、紅音か。それに蒼人くん、久しぶりだね」
中から出てきた人は、紅音さんと蒼人に声をかけたあと、おれの顔を見てニッコリと笑う。
「……で、君が麻琴くんだね? いらっしゃい。ここでは遠慮はいらないよ、ゆっくりしていって」
そう言うと、お客さんから注文が入ったらしく、「はーい今行きますー」と返事をしながら、パタパタと走っていってしまった。
「ここのレストラン、週三くらいでバイトに入ってるんだけど、今日は休みなんだ。けどせっかく来たからちょっと手伝ってくるよ。蒼人、麻琴くんを上の席に連れて行ってやって」
紅音さんの言葉に、蒼人が「ん……」と小さく返事をすると、紅音さんは奥の方へ行ってしまった。
蒼人に連れられて行った先は、二階から行ける、海を一望できるテラス席だった。
「今日は、俺達だけここを使えるようにしてもらってる」
「……え? いいの? お店忙しそうだったけど」
「ん、大丈夫」
「なんか、申し訳ないなぁ」
「……邪魔、されたくないから」
──え? 今なんて言った?
何気ない会話をしていただけと思ったのに、蒼人の意外な言葉が耳に飛び込んできた。
ただの聞き間違い? いやでも確かに言ったよな? どういう意図で言ったんだ?
おれは頭の中が混乱しているのに、蒼人は何事もなかったように、椅子を引いておれを座らせた。
「ここのハンバーグは、美味い」
今までならランチは、ファミレスとか喫茶店とか、歌うついでにカラオケボックスとかだったのに、色々とあったから気遣ってくれたのかも知れない。
紅音さんのバイト先なら気も知れているし、こうやってオープンなテラス席を選んでくれたんだと思う。
「……ありがとな。気を遣わせちゃって」
「ん? なにかしたか? ──あ、ここのチーズケーキも美味い」
「ううん、なんでもない」
返事をしたから、ちゃんとおれの言葉は聞こえてたんだろうけど、蒼人はゆるりと話題を変えた。
意外に甘いもの好きな蒼人は、メニューを見ながらニコニコと指さした。相変わらず、あまり表情は変わらないから、周りから見たらそんなにニコニコしているようには見えないけど。
そこから少しメニューとにらめっこしたあと、おれはチーズハンバーグとミックスベリータルトのセット、蒼人はトマト煮込みハンバーグとレアチーズケーキのセットを頼んだ。
運ばれてきた料理は写真よりもさらに豪華で、きっとおまけなんかしてくれたんだろう。ありがたく、二人で分け合って食べることにした。
小さい頃から、おれがあれもこれも食べてみたいと悩むから、いつも蒼人は違うものを頼む。そして二人で料理を分け合って楽しんできた。
「あーん」
ハンバーグを切り分けていると、蒼人は自分が食べるより先に、おれの口へと運ぼうとしている。
「お、おう」
ここで断るのも不自然だし、大人しく口を開けると、ハンバーグをおれの口にいれた。そのまま咀嚼するのをニコニコと眺めている。
「んまっ」
思わず出た声に、蒼人はさらに満足気に微笑んだ。
「な。美味しいだろ?」
コクコクと頷くと、今度は蒼人が「あーん」と言って口を開けた。
うっ……。これは、まぁ、そうだよな。おれだけってのも変だよな。
自分の皿の上のハンバーグを一口大に切り分けると、蒼人の口へと運んだ。
「美味い」
「……そ、そっか。うん、良かったな」
なんでそんなに嬉しそうなんだよ。ハンバーグが美味しすぎたからだよな? 蒼人の頼んだ煮込みハンバーグがすげー美味かったから、おれの頼んだチーズハンバーグだって美味いに決まってる。
自然とドキドキと高鳴ってしまっている胸を鎮めるように、自分のハンバーグと向き合った。ん、たしかに美味い。これじゃあ、蒼人が嬉しそうになるのも分かる。
ニコニコのままの蒼人は、時折嬉しそうにこちらをちらりと見ながら食べ進めていた。
デザートが運ばれてくると、蒼人は自分の膝の上へ乗るように促した。そして甲斐甲斐しくデザートをおれの口に運ぶ。
これはアルファ特有の給餌行動と言われるものらしい。好ましく思う相手にする行為。……だから、おれは少なからず蒼人に好かれてはいるはずなんだ。
でも、蒼人は家のために、結婚だって自由には出来ないのだろう。
佐久くんが言っていた、『森島くんが内密に婚約をしたという噂を聞いたんだ』という言葉をまた思い出してしまっていた。




