20 退院と友達の存在
結局さらに入院が長引き、夏休み終了ギリギリの退院となった。
夏休み最終週にはお疲れ様の息抜きで、四人で一泊旅行を予定していたのに、キャンセルになってしまった。
三人で行ってきてと伝えたけど、四人で行きたいって計画したんだから、また日を改めようって話になったらしい。気を遣わせてしまって申し訳ないな。
退院して帰宅すると、新しい一台のスマートフォンを渡された。
事件の真相が分かるまでは、家族とその他信頼できる人物としか連絡を取らないように言われた。
家族以外だと、蒼人と太陽と春岡先生と連絡が取れるようになっていた。……太陽って、ここまでうちの両親からの信頼を得ていたんだなと、変なところで感心してしまった。
夏休みが明けて学校へ行くと、佐久くんと飯田くんが下駄箱で待っていた。
「由比くん、……もう大丈夫?」
沢山の生徒が行き来する下駄箱で、あの事件のことを大っぴらに話すわけにもいかないので、飯田くんは最小限の言葉だけに留めてくれたようだ。
「心配してくれてありがとう。もう平気。……あ、ごめんね。ちょっと先生の所に寄って行かなきゃならないから、もう行くね」
一緒に登校してきた太陽が、おれの肩をトントンっとして、職員室の方へ指差すから、そこで思い出した。先生への報告と渡す書類があるんだ。
二人に手を振ると、そのまま職員室へと向かう。そして、担任と校長室で話をすることになった。
うちの親から連絡を入れてくれたみたいだけど、それとは別に手紙を持たせてくれた。先生たちはそれを読みながら頷いた。
全てを話すわけにはいかないけど、学校側で気をつけてもらいたい事などが有るからと、ある程度の事の流れは伝えられたらしい。
教室へ戻ると、飯田くんはいたけど、佐久くんはいなかった。アルファなので自分のクラスへ行ったようだ。
「さっきは挨拶もそこそこでごめんな」
視界に入った飯田くんに声をかけたあと、荷物を片付け始めた。夏休み明けなのでいつもより多めだ。
「ううん。それはいいんだけど……。由比くん、送ったメッセージって読んでくれた?」
「……え? メッセージ? ……ごめん、うちの親がこの前のことがあってからすごく心配しちゃってね。退院してからも、スマホ預けたままなんだ。出かけるのもしばらく禁止。せっかくメッセージをくれたみたいだけど、読めてないんだ。ごめんな」
片付けている手を止めて、飯田くんの方を見る。そして手で謝る仕草を見せた。
スマートフォンを預けているのは本当だ。ただ、代替え機は渡されている。でも飯田くんはまだ最近友だちになったばかりだし、本当のことはまだ話せない。
隠し事をするのは嫌だけど、この件に関しては仕方がないことだった。
早く事件の真相が分かって犯人も捕まったら、また前みたいにみんなで遊びに行けるかな。キャンセルになっちゃった旅行にも行けるかな。
その時のおれはそんなことをのんびりと考えていた。今考えると、危機感なんてまるでなかったのかもしれない。
危険は案外身近に潜んでいるものだと知るには、そう時間はかからなかった。
蒼人は、おれの退院までを見届けて、またしばらく顔を出せなくなると思う。とだけ言って、出かけていったみたいだ。やはり学校には来ていない。
きっと、飯田くんとの結婚に向けての準備が忙しいのだと思う。いずれ、飯田くんも学校を休むか辞めてしまうのかもしれない。
蒼人への想いを自覚したおれにとっては、胸が痛む事実だけど、どうにも出来ない。せめて報告された時に、笑って祝福できるように、心の準備はしておかないといけないなって、思う。
またもんもんと考えてしまい、はぁぁぁと、大きなため息をついた。
ただ、今回は少しだけ違った。
全く連絡手段のなかった入院前と違って、今は蒼人と連絡を取れる手段がある。メッセージの送信くらいしたって良いよな。
来たるXデーまでの僅かな間。まだ神様はおれに情けをかけてくれたみたいだった。
朝飯田くんに話したことを、放課後教室に顔を出した佐久くんにも説明した。
「そうか。それは残念だな……。すぐにとは言わないけど、もう少し由比くんが落ち着いたら、リベンジでまた出かけたかったんだけどな」
心底残念そうに言ってくれる佐久くんには申し訳ないけど、蒼人や家族をこれ以上心配させたくない。
おれの経験値の少なさから、佐久くんへの気持ちが特別な感情なのかもしれないなんて勘違いしてしまったけど、今なら違うと断言できる。仲の良い友達としての、感情でしかなかったんだ。
「ちょっと先になっちゃうけど、ほら、卒業してからだって会えるだろ? ……おれ達友達なんだから」
そう。まだ付き合いはそんなに長くないけど、『友達』としては、とても良い奴らだと思うんだ。出来ることならば、長く付き合っていきたいと思う。
卒業してからだって、たくさん会ってあちこち出掛けたりしたい。
でも、おれのこの言葉はきっと実現することはない。
蒼人と飯田くんが結婚したら、おれは近くで見ている自信なんてない。
だから、両親に話をして、家を出ようかと思ってるんだ。今まで世間を知らなすぎたから、思い切って海外に出るのも良いかもしれない。海外だったら、会えない口実になるだろうし。
「卒業旅行ってことで、春休みに出かけるのも楽しいかもな。佐久くんはどこへ行きたい?」
つとめて明るく振る舞うおれに、佐久くんはそっと目を細めた。
「最近の桜の開花は早いから、春休み中に花見をするのも楽しいかもしれないね」
「ちょっと足を伸ばして、温泉も入れるところとかもいいな~」
「あとはやっぱり、美味しいものが食べたくなるかな」
「へー。佐久くん、意外に食いしん坊なんだ?」
「旅行の醍醐味と言ったら、ご当地グルメって良いじゃない?」
「うんうんそうだね。……あと、飯田くんは家が厳しくてあまり遠出とか出来なかったみたいだから、新しい体験をさせてあげたいな」
「そうだね。……ほんと、由比くんは優しいな」
佐久くんだって、優しいし、紳士だ。そんな佐久くんを好きになれたなら、どんなに良かったか。
この気持ちは本物だけど、中途半端な優しさだけで言っていい言葉じゃない。
だからおれは、その言葉を静かに飲み込み、心に蓋をした。
佐久くんと話をしていたら、先生に呼ばれていた飯田くんが戻ってきた。
それとほぼ同時に、太陽も教室へとやってきたので、さっきの旅行の話をしてみた。
もちろんふたりとも乗り気で、ワイワイと楽しく話をしていると、本当に実現できるような気がしてくるから不思議だ。
今この空間にいると、まるであの事件のことも、蒼人の婚約の噂も、初めからなかったような気さえしてきた。
……全部夢、だったら良かったのにな……。
目の前で楽しそうに話をする三人を見ながら、本当の気持ちをすべて隠すように、再び笑顔で会話に加わった。




