12 喫茶店で
なんで、飯田くんと一緒にいたの?
おれとは会えないって言ったのに、他の人なら会えるの?
「由比くん、具合でも悪いのかな? ……大丈夫?」
佐久くんの声ではっと我に返る。
自分の脳内に浮かび出てきた自己本位なセリフを、慌てて打ち消すように大きく首を振った。
「……だ、大丈夫だよ。ごめんね、普段人の多いところにあまり出かけないから、疲れちゃったのかな」
佐久くんに返事をしつつも、先程の光景が脳裏から離れなくて、再び脳内から追い払うようにブンブンと首を横に振った。
さっき蒼人と遭遇……。いや、遠くから見ただけなので会ったわけではないけど、あれからおれ達は近くの喫茶店へと来ていた。
ずっと頭の中では同じシーンが再生されていて、何度見てもあれは蒼人と飯田くんで間違いはないと確信を持って言えるのに、なぜかまだ信じられずにいた。
だから、佐久くんの声はきっと半分も耳に入ってきていないと思う。
それに、なんでこんなに気になるのかが分からない。
おれと蒼人は兄弟も同然だし、自分の友だちと一緒にいたところで、おかしいことはひとつもない。共通の友人である太陽もいるんだし、どこかで接点があっても変じゃない。
じゃあ、何に引っかかってるんだ?
自分の中に思い浮かんだ言葉を、もう一度思い返してみた。
『おれとは会えないって言ったのに、他の人なら会えるの?』
そうだ。きっと、そういうこと。
しばらく会えなくなるとおれには言っておきながら、飯田くんに会っていたことが嫌だったんだ。
飯田くんはおれの友達。なのに何で黙って隠れてコソコソするみたいに会ってたんだ。
これがきっと正解だと、自分で納得させようとしていたとき、佐久くんが口を開いた。
「さっきの森島くんだったよね? なんで飯田くんと……?」
おれが蒼人のことが気になって仕方がないのを、気付いているのかいないのかは分からないけど、声のトーンを落としてひっそりとおれに向かって言った。
「実は、森島くんが内密に婚約をしたという噂を聞いたんだ」
思いもかけない言葉に、バッと顔を上げる。
え……? 婚約って……?
驚いたおれの顔を見ると、うんと軽く頷いて、話を続けた。
「父の会社の取引先の御子息がオメガで、結婚相手を探してると聞いたんだ。一人息子だから、アルファを婿入りさせて会社を継がせたいらしい。おそらくその取引先が飯田くんのお父様の会社で、その相手がもしかしたら、森島くんということなのかもしれない」
そこまで一気に言うと、おれの顔をのぞき込んできた。
きっと目は泳ぐし言葉は全く発しなくなったし、どうしたんだろうと思っているだろう。
でも一番どうしたんだろうって思っているのは、自分自身だ。
蒼人の婚約の話で、なぜ動揺するのか。
兄弟同然の存在なら、祝福すべきではないのか。
どんどん湧き出てくる未知の感情に、どうして良いのかわからなくなる。
「ちょっと温かい飲み物でももらおうか。……すみません、ホットレモンティーいただけますか?」
明らかに様子がおかしくなっていくおれを見かねて、佐久くんは店員さんへと声をかけた。
「温かい飲み物を飲んで落ち着こうか。……由比くんは森島くんからなにか聞いてる?」
返事の代わりに、小さく首を横に振る。
「きみ達、兄弟のようにいつも一緒だから、なにか聞いてるのかと思ったんだけど、言ってないんだね。やっぱり、内密だから外には漏らせない話なのかな。……兄弟同然なのに話をしてもらえないって、ショックだよね」
佐久くんはおれの気持ちを代弁するかのように、でも、聞きたいわけじゃないのに、次から次へと話を続けた。
「でも噂を聞く限り、政略結婚ってことだろ? 由比くんが心配すると思って言えなかったのかもしれないね。俺達から見たら、きみはとても大切にされているように見えたからね」
「じゃあ、なんでっ……大切にしてるなら、言ってくれなかったんだ! 隠されている方が、辛いのにっ……」
佐久くんの言葉に反抗するかのように一言声を出した途端、堰を切ったように言葉も涙も溢れ出てきた。
「おれ達、兄弟も同じだろ? 産まれたときから一緒だろ? ……なのに、何で隠すんだ? コソコソするんだ? なんで飯田くんなんだよ──」
なんでよりによって飯田くんなんだよ.......全く知らない人だったら、まだ諦められたのに──。
「っ……?」
自分の心の声に驚き、思わず声が漏れた。
諦められたのに……?
目を大きく見開いて、自分の胸に手を当てる。
え? どういうこと……?
「失礼します。ホットレモンティーになります」
戸惑いを隠せずにいると、横から声をかけられた。
頼んでいたレモンティーが運ばれて来たようだった。
「由比くん、とりあえずこれ飲んで落ち着こうか」
優しく声をかけられて、大きく深呼吸をしてから、コクンと頷いた。
ふーっふーっと冷ますように息を吹きかけると、少しずつ気持ちが落ち着いてくるような気がする。
ずずっと温かいレモンティーをすすると、喉からスーッと染み入りお腹まで温まっていく。
「美味しい……」
温かいレモンティーはほっと落ち着く。レモンの香りも鼻をくすぐり、気持ちを穏やかにしてくれる。
「うん、良かった。ゆっくり飲んでね」
目の前で、佐久くんがニコニコして見ている。
同じ歳のはずなのに、とても頼りがいがあって、年上なんじゃないかと錯覚してしまう。その上気が利くし優しいし、イケメンだし。
こんな人となら…………。
蒼人と飯田くんの事を頭から剥がすかのように、目の前の佐久くんの事を考える。
そうだよ、おれのこと気になるって言ってくれてるじゃないか……。
そんな事を薄っすらと考えていたら──。
ドクンッ──。
突然、心臓が跳ね上がった。
と同時に、身体中が燃えるように熱くなる。
えっ…………?




