試練の座標(ザ・テスト・ポイント)
第七章 試練の座標
それは、“時間”そのものがねじれた場所だった。
赤黒い空間に浮かぶ無数の“記録片”――それぞれが、誰かの過去、誰かの断片。
《クロノ》が用意した「試練の座標」は、記憶と記録の渦を越えた“存在の耐久試験”だった。
「この中から、自分自身を選び取れ」
クロノの声が空間に響く。
「もし選べなければ、君たちの存在は曖昧となり、“永劫”に囚われる」
ルキアが身をこわばらせる。
「これは……記憶を利用した精神攻撃……!」
「違う」
ミアが静かに首を振った。
「これは“記録の誘導”。選び取った記憶が、君の“本当の姿”になるってこと」
◆
最初に飛び込んだのはシルバだった。
少年の姿を保ったまま、記録片のひとつを掴む。
そこには、彼が幼い頃、家族と過ごした穏やかな日々があった。
誰かが笑っている。母の声。小さな手を引く兄のぬくもり。
だが、それはすでに“失われたもの”だった。
「こんな過去に……縋れるかよ」
シルバはそれを振り払い、別の記録片を掴んだ。
そこには、《不老》となった彼が、組織の実験台として繰り返し殺される映像があった。
「……これが、おれの現実」
だが、彼はその記録の中から、ミアの手を取って逃げる自分を見つけた。
「俺は……“逃げた”んじゃない。“生きよう”としたんだ……」
記録片が光に変わり、シルバの胸へ吸い込まれる。
彼の身体が微かに発光し、周囲の空間が軋む。
◆
次に進んだのはルキア。
彼は恐る恐る、自身の記録へ手を伸ばす。
「もう、あの過ちを見たくない……でも」
そこにあったのは、自分が泣きながらも“仲間を庇っていた”記憶。
消される寸前の子どもたちの前に立ちはだかり、制止命令に背いた、ほんの一瞬の記録。
「ぼくは……あのとき、抗ったんだ」
その記憶が、彼の胸に吸い込まれる。
ルキアの目に、はっきりとした“光”が宿った。
◆
だが――最後に残されたのは、ミア。
彼女の周囲に集まる記録片は、どれも曖昧で、靄がかかっている。
「わたしの……記録が……ない?」
クロノが笑う。
「君の存在は“記録の外”。君自身が、自分を“記録しなかった”」
ミアの瞳が揺れる。
「わたしは……存在しないの……?」
「違う!」
シルバが叫ぶ。
「お前はここにいる。おれが、お前と出会った。それがすべてだ!」
その声に呼応するように、ミアの胸に光が宿る。
彼女の中に、シルバと出会い、共に歩んだ記憶が現れた。
それは誰の記録でもなく、彼女自身が“選んだ記憶”。
「……ありがとう、シルバ」
ミアが記録片を掴み取った瞬間、空間が爆ぜた。
◆
「“試練”は……突破された」
クロノが低くつぶやく。
「だが、君たちが選んだ記録は、未来を保証しない。
記録は不完全であり、歪み続ける。ならば問おう――お前たちは何を選ぶ?」
シルバが答える。
「記録じゃない。おれたちは、“記憶”でつながってる」
「そして、これからは……俺たち自身が、記録を書き換えてやる!」
◆
――空間が崩壊し、三人は光の中に包まれる。
彼らの旅路は、いよいよ最終局面へと進み始めた。