ルキアの記憶
第六章 ルキアの記憶
白い光が引いたとき、そこはかつての《記録都市》ではなかった。
辺りは崩壊しかけた古い街。ビルの骨格がむき出しになり、空は不自然なほど赤黒く染まっている。
「ここは……どこだ?」
シルバが周囲を見回すと、ミアが眉をひそめた。
「“記録遺構”……過去の断片が寄り集まった、時の墓場よ」
ミアの声は震えていた。
今ここにいる場所は、《クロノ》の力で巻き戻された、“ある記録の過去”。
そして――
「この記憶の主は……ルキア」
前方に、一人の少年が立っていた。
彼は誰かを見下ろしていた。倒れているのは、血に濡れた小さな手。
「どうして……僕が……!」
ルキアが膝をつき、叫ぶ。
その声には、恐怖と後悔と、自責が入り混じっていた。
ミアが小さくつぶやく。
「これは……ルキアの“罪”の記憶」
かつてルキアは《記録機関》の実験体として育てられ、その中で“抹消命令”を受けた。
対象は、彼にとっての家族のような存在――別の子どもたち。
「ぼくは……命じられた。“不老者の素質”を持たない個体は、記録するに値しないと」
血に染まった手で、彼は自分の顔を隠した。
「だけど、記録されなかった彼らは……本当に、いなかったのか?」
◆
「ルキア!」
シルバは近づき、彼の肩に手を置いた。
「それでも……君は今、生きてる。この記憶に抗ってる。それだけで十分だろ!」
「でも……でも、ぼくは……!」
「なら、おれが証明する」
シルバの声が静かに響く。
「たとえ記録に“罪”しか残ってなくても――記憶には、“赦し”が宿るんだ」
その瞬間、ルキアの胸に埋め込まれていた《記録封印機構》が、音を立てて砕けた。
砕けた中から、光の結晶が浮かび上がる。
それは彼がかつて消された“家族”との記憶。
手を取り合い、笑いあう微かな時間。
ミアが涙ぐむ。
「ルキア……あなた、やっぱり優しかった……」
少年はゆっくりと顔を上げ、ふたりを見た。
「……思い出したよ。ぼくは――ぼくも、逃げたかったんだ」
◆
だが、その場に響く乾いた拍手。
「美しい友情だ」
現れたのは、再び《クロノ》。
「だが、これは“過去”にすぎない。記録を改ざんしても、現実は変わらん」
「変えるさ」
シルバが前に出る。
「俺たちは記録の“外側”を生きてる。これから、現実を記すんだ」
クロノは静かに《時の鍵》をかざす。
「ならば、試すといい。“永劫”に抗う資格があるのかを」
空間が震える。
――試練が、始まる。
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