記録を超えて
あの後、ルキアは去った‥
彼の記憶も操作されていたようだ‥記憶の揺らぎが、
第五章 記録を超えて
「それは、“記録のない記録”だよ」
ミアは静かにそう言って、手のひらに広げた破片を差し出した。
欠けたガラスのような、それでいて中に“光”が残っているかのような奇妙な結晶体だった。
「この破片は……?」
「記録結晶。だけど、正式な記録網には存在しない。“記録外”の存在を留めた、異端の記憶」
シルバは手を伸ばしかけて、止めた。
その光が、微かに脈打っている気がしたからだ。
――まるで、生きている。
「これは、誰の記憶なんだ?」
「あなたのもの。そして、ルキアのもの。たぶん……わたしのものでもある」
ミアの声が揺れる。
遠くで風がビルの隙間を鳴らしていた。
◆
この街の奥、かつて“観測局”と呼ばれた建物の地下に、封印された端末があった。
正式なアクセスも、権限もない。存在自体が消されて久しい“黒域記録サーバ”。
「《永劫》がアクセスできない、唯一の場所。だって、“まだ記録されてない”から」
ミアは苦笑する。
「でもね、シルバ。この場所でなら、“記録にされなかった想い”に触れられるかもしれない」
彼女は端末に手をかざした。
その瞬間、白い光が吹き出し、空間に“過去の残像”が浮かぶ。
何百枚、何千枚のイメージが重なり、折り重なり、やがて――
少年と少女の姿が浮かび上がる。
《ルキア》
《ミア》
《シルバ》
三人は確かにそこにいた。笑っていた。
だが、やがて映像は崩れ――
全てが“灰色の記録者”に上書きされていった。
「……全部、消されてた」
シルバは拳を握った。
“永劫”はただ管理するのではない。“記憶”を塗り潰し、“都合の良い真実”へと変える。
「でも……」
ミアが静かに言った。
「たとえ記録が消えても、記憶は、生きてる」
彼女は結晶を胸に押し当てる。
光が一瞬、強く輝いた。
◆
そのとき、外から爆発音が響いた。
地下室に土埃が舞う。
「追ってきた……!」
階段の上に、仮面の《記録執行官》たちが現れる。
その中に、ルキアの姿があった。
仮面越しに視線が合う。
「D-09……“記録破損対象”を発見。排除を開始する」
だが、次の瞬間。
「ルキア!」
ミアの声が響いた。
彼女は記録結晶を、彼に向かって放った。
結晶は空中で砕け、白い閃光となって彼の仮面に突き刺さる。
「う、ああああ……ッ」
叫びとともに、ルキアの仮面が割れた。
中から現れた少年の顔には、痛みと、混乱と――“思い出そうとする意志”があった。
「ぼくは……誰だ……?」
シルバが一歩踏み出した。
「君は……俺たちの友達だった。ルキア。忘れていいはずがない」
彼は、かつて交わした言葉を思い出していた。
> 「不老不死って、きっと地獄だ。でも、誰かとなら……耐えられるかもしれないね」
「それを言ったのは、君だ」
ルキアの瞳に、わずかに光が宿る。
だが――その背後に、黒衣の男が現れる。
《クロノ》。
記録機関の中枢、そして“時”を操る存在。
「ならば、記録を“巻き戻す”までだ」
彼の手に握られた《時の鍵》が、空間をゆがめる。
「君たちは、まだ“過去”に縛られている」
白い閃光。
空間が反転する直前、シルバはミアの手を握った。
「――記録にないなら、自分たちで書き換えよう」
闇に包まれながら、彼は強くそう願った。