「永劫(エイゴウ)の檻」
第三章 「永劫の檻」
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都市の外れ、黒鉄の塔。
そこは“終わりなき命”を研究し、管理する組織《永劫》の拠点である。
研究棟最深部──実験室「第五階層」。
無機質な照明の下、冷却装置に囲まれたカプセルが並ぶ。中には、胎児のように小さく縮こまった人間の姿。年齢、性別、種族──さまざま。
その全てが、《不老》《不死》《再生》《代謝停止》《記憶定着》などの因子を持つ、「特異体」と呼ばれる存在だった。
「E-02──逃亡中か。相変わらず厄介だな」
冷徹な声が響く。白衣の中央幹部・クロノ。年齢不詳の男で、時間に関する研究の第一人者だ。
「そして……“死ねない”少年、D-09が彼女と接触した」
彼は大型ホロスクリーンに映し出された映像に目を細める。
銃弾に倒れ、再び立ち上がる少年──シルバ。
「D-09は“死なないだけ”。破壊不能、ただし、思考と記憶は劣化する。つまり……兵器にすらなれない」
クロノは静かに笑った。
「だが──“あれ”が動き出したとなれば、収容すべきだ。記録されていない存在は、我々の秩序を乱す」
彼は端末に指示を入力する。
「《記録執行官・ノワール》、発動を許可する。目標はD-09、E-02。生死問わず、回収せよ」
一方、廃線となった地下鉄の車両内。
そこに潜んでいたシルバとミアは、火を焚きながら静かに息を整えていた。
「お前……あのとき、なんで泣いた?」
不意にシルバが口を開いた。
「……ごめん、わたし、情けなくて……」
ミアは震える声で言った。
「違う。あれは──俺には、久しぶりに感じた“人間の感情”だった」
シルバは焚き火の炎を見つめる。
かつて、自分にも家族がいた。妹がいた。
けれど、火事、戦争、暴力、実験。──すべてが灰になった。
「思い出せる記憶が、少しずつ薄れていくんだ。代わりに、痛みと怒りだけが残る」
「……」
「だから、誰かが泣いてくれるだけで、なんか……ほっとした」
そのとき、車両の外で“気配”が変わった。
張っていた糸が切られるように、空気が凍りつく。
「来たな……!」
扉の向こうから、ゆっくりと人影が現れる。
長身の黒衣、無表情の白い仮面、首元には《永劫》の紋章──無限に交差する時の輪。
「記録執行官……!」
ミアの声が震える。
その人物は名を《ノワール》という。
特異体を「正しい記録」に戻すために存在する、組織の処刑人。
彼の持つ武器は“記憶の鎌”。切られたものは過去を失う。
「D-09、E-02──貴様らは“記録の外”にいる。不正確な存在は、抹消される」
静かに、闇が動いた。
次の瞬間、鎌が振り下ろされた──!