「雨音と焼けた番号」
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小説タイトル
『永遠の少年と、死を知る少女』
―Not Dead, Just Left Behind―
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第一章 「雨音と焼けた番号」
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雨が降っていた。
ぬかるんだ路地に立ち尽くしながら、シルバはその音に耳を澄ませていた。
水たまりに跳ねる雨粒、建物のひさしを叩く無数の雫。それらが、誰もいない都市の片隅で、小さなリズムを刻んでいた。
その静けさを破ったのは、無機質な電子音だった。
「特異体D09、コードネーム・シルバ。発見報告受信。対象は……」
高架上の監視ドローンが、シルバの名を機械音声で読み上げる。
「またか……」
フードを目深に被り直し、シルバは一歩、影の中へと身を沈めた。
雨が視界をぼかす。けれど、彼の目はどこか乾いていた。
──逃げる。
いつも通り、ただそれだけのこと。
そう思っていた。
けれどその夜、彼は“出会ってしまった”。
廃ビルの地下へと身を隠したときだった。
薄暗い階段を下りるたびに、壁のカビと鉄の錆びた匂いが濃くなる。
息を潜めながら物音を探す。だが、聞こえてきたのは“泣き声”だった。
それは、人の声──しかも、少女のもの。
「……誰か、いるのか?」
返事はなかった。
だが、その代わりにすすり泣くような音が確かに続いていた。
ライトを点ける。
瓦礫の隙間で、膝を抱えて座る影がひとつ。
少女。
年のころは十四、いやもっと下かもしれない。
「ここは、危ない。動けるなら──」
「……来ないで」
その声は、かすれていて、でもはっきりと拒絶していた。
「追ってが来る。ドローンが、すぐに」
「知ってる。わたしも……追われてるから」
その言葉に、シルバの目がわずかに細まった。
少女の腕、袖の隙間からのぞいた皮膚には、焼けたような番号の痕があった。
皮膚が盛り上がり、古い傷のように数字を刻んでいる。
“E-02”
施設由来の識別コード。彼と同じ──《永劫》の実験体。
「君も、あそこから逃げてきたのか」
「……わたしは、失敗作なの」
そう呟いた少女の目に、涙ではない濡れた光が灯っていた。
次の瞬間、天井が爆ぜ、警告灯が地下に赤い光を落とした。
ドローンが、見つけたのだ。
シルバは、少女の手を強く引いた。
「名前は?」
「ミア……あなたは?」
「シルバ。──死なないってことだけが、取り柄の逃亡者さ」
逃げる。
また、逃げる。
だがこの夜だけは、これまでの逃亡とは違っていた。
雨音が変わった気がした。
誰かと一緒にいるということが、
こんなにも──うるさくて、温かいなんて。