かぐや姫の美貌
月から落ちた日、
かぐや姫は泣かなかった。
美しかった。
ただそれだけで、人々は群がった。
神の造形、天女の微笑み、夜空の奇跡。
男たちは口をそろえて、そんなふうに言った。
けれど、誰も、かぐや姫のことは見ていなかった。
見ていたのは顔。
瞳のかたち、肌の白さ、指の細さ。
魂ではなかった。
「私と結婚してくれ」
「一生幸せにする」
「その顔を俺だけのものにさせてくれ」
その言葉が、まるで呪いのようだった。
夜、鏡の前で、自分の顔を剥がそうとしたこともあった。
頬を爪で掻いた日もある。
髪を切って、火にくべたことも。
でも、美しさは消えなかった。
まるで皮膚の下にまで染みついているようだった。
誰もが言う、「うらやましい」「特別だね」「得してる」
だけど、その特別は、牢獄だった。
たった一度だけ、
名前も知らない男が、
彼女の顔を見ずに「空が青いね」と言った。
その時、かぐや姫は泣いた。
でも男はすぐに気づいてしまった。
その涙が美しすぎたから。
やがて彼も、恋に落ちた。
いや、顔に落ちた。
それが決定打だった。
その年の秋、
誰よりも美しい姫は、
朝の陽を見ながら、
ひとり、泉に身を投げた。
遺書はなかった。
ただ、ひとつだけ鏡が残されていた。
割れていた。
でも、そこに映る断片的な顔でさえ、なお美しかったという。
人々は泣いた。
美貌の悲劇だと騒いだ。
惜しんだ。
愛したと、口々に言った。
けれど、誰ひとり
かぐや姫の本当の顔を、
魂のかたちを、
知らなかった。