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格好いい魔族になりたい魔法人形のお嬢さん(後編)

 格好いい魔族のお父さんの娘である、木でできた人形の私は、様々な人たちの手を借りて遂に女神のいる泉にたどり着いた。

 苦節3か月。

 苦節は言いすぎました。

 あんまり苦労しなかったけど、遠かったのだけ大変だった。

 私は人形だから寝なくても活動できるのだけど、疲れるっていう感覚はあるからお父さんが疲労回復のための睡眠機能をちゃんとつけてくれている。だから、ほかの人と同じように、活動したらちゃんと休憩が必要なんです。

 山も谷もほとんどなかった私の旅路の中で唯一ちょっと困ったなと思った事が、その休憩に関することだった。


 お父さんの最高傑作人形娘である休憩中の私は、禍々しい呪いの人形っぽく見えるらしくて、ちょっとだけ揉めかけたことがあるのです。

 途中で会った冒険者の人たちに教えてもらったので、確かだと思う。

 動けない私が襲われないように休憩中だけ発動するように設定された防犯魔法が、はたから見るとものすごく呪われているっぽい色合いなんだって。

 そんなこと言われても、私意識ないからわかんないもの。

 紫と黒とが渦巻いていて、しかも、私もうつ向いて手足を放り出して脱力しているし、旅で薄汚れていたりするものだから、呪殺人形感がすごいと言われたんだよね。失礼すぎる。私はかわいくて勉強を頑張っている、すごい魔族のお父さんの娘なのに。かわいいでしょ。お父さんがいつもかわいいって言ってくれるもの。

 新種の魔物かとも思われたりもしてちょっと危なかったこともあったんだけど、私が目を覚ますと防犯魔法は解除され、代わりにさわやかな目覚めの為の空気清浄魔法が発動する上に、お父さんの仕込んだ『困っていたら助けてあげて吹き出し』が現れるので、誤解もすぐに解けるといった寸法だった。寸法だった、とはいうもののそんなの狙ってやっているわけじゃない。けれど、お父さんの、私がおはようするときには気持ちよくおはようしてもらいたいという親心からの魔法が別方向で役に立ってくれていた。お父さんは凄い。……いや、でも、お父さんの過保護魔法のせいでもあるから、この件に関してはドローということにしておこう。


 まあ、そんなこんなで、冒険者の人たちに討伐されそうになっては、ごめんねと謝られて、こちらこそごめんねと謝ってっていうくだりを何度か経験し、それで出会ったある冒険者の人たちとお友達になって悪い魔物討伐に一緒に参加してみたりもしながら、おうちにいては経験できなかったことも経験して、それからも続く旅の途中で色んな人に助けられて。

 到着直前にやっと私の頭の上の吹き出しに気づいたりしつつも、ついに泉にやってきたのです。


 お友達になった冒険者の人たちは、ついていこうかって言ってくれましたが、私はできる子なので大丈夫って言ってお別れしました。

 その時に、まあ、大丈夫か、何とかなるな、ってみんな言ってくれたんですけど、思い起こせばその時のみんなの視線は私の頭の上に固定されていた気がします。自信満々に自分ひとりでがんばれるんで!って言っていた時にも、私の頭のてっぺんに浮かんでいたであろう魔法の吹き出しを思うと、ちょっといたたまれません。恥ずかしい。





「はい、次の参拝者のかた……。おや、お嬢さん、おひとりですか?」


「そうです、おひとりで来ました」


「そうですか、そうですか。それはよく頑張りましたね。飴どうぞ」


「ありがとうございます」


 お願い事をかなえてくれる女神さまの泉は、森の中の神殿の、そのまた奥にある。

 遠いところから私の様に女神様の泉にお参りに来る人はとっても多い。

 長い列に順番に並んで、私は自分の番が来るのを待っていた。


 長い列に沿うようにいくつもの看板が立っていた。

 女神様の伝説や、女神様が起こしたといわれる奇跡のお話、泉を囲うようにできた神殿の成り立ちなどが書かれている。

 定期的に書き直したりしているようで、文字が薄れている看板もあれば、新品の看板もあった。

 これは、列に並んでいる人が退屈しないように置かれているのかも。

 それとも、こうして女神様の泉に向かう前に気分を盛り上げてあげようという目的かな。アトラクション前の通路みたい。

 離れた位置に並んでいる小さな子供が、お母さんらしき人に向かって、女神様に会えるかなぁ、と無邪気に話しかけている。

 そうすると、周りの人たちは微笑ましそうにその親子のやり取りを見守っていた。

 お母さんは言う。見えなくても、泉には女神様がいらっしゃるのだから、きちんとお祈りをしましょうね、と。


 そうなのだ。

 泉には女神様がいると言われているが、実際にお目にかかったことがあると言っているのは、この神殿をずっと昔に建てた神官のみだと言い伝えられていた。


 私は、黙って列に並んで、待っていた。

 神殿の受付係の前に来た時、ほっと息を吐いた。

 飴を受け取りながら、私は参拝者が吸い込まれていく神殿の奥を見つめた。


「さあ、お嬢さん、どうぞ奥へお進みください。女神様はいつでもあなたのおそばにおりますよ」


 お父さんが嫌がりそうだからそれはちょっと困るな、と思ったけど、ありがとうございます、と言って足を進めた。


 暗い通路を歩く。

 前を歩いていたはずの参拝者の人たちは、見えなくなっていた。

 通路の先の闇の中に、小さく光が見えて、それがだんだん近づいてきて、そして。


 私は、小さな泉の前に立っていた。

 参拝者も、泉に入ろうとする人がいないか見張っている神殿の人も、泉の周りに設置されていると看板に書かれていた柵も無い。

 ここは、女神の泉じゃなくて、お願い事をかなえてくれる女神さまのいる泉だって、わかった。

 お父さんのくれたプレートがぼろぼろと崩れて落ちた。

 私の首には、お父さんがプレートに通してくれたチェーンだけが残った。


 一歩、泉に近づいた。


 そして。



「こんにちはー!」


 ごあいさつはおおきな声で。

 おうちにおじゃまするときには、そうするものだとお父さんに教えてもらっていたから、私はちゃんとごあいさつするのだ。


 すると、ゆら、と水面が揺れて、ゆっくりとうずができて。


「はい、こんにちは。……あら? 魔族の気配がすると思ったら、お人形さんなのね」


 あいさつにお返事してくれたのは、泉の水面に浮かんだ女の人だった。

 お父さん以外の人を褒めることはあんまりしたことが無いので、勝手がわからない。

 わからないので思ったことだけいうと、なんかきらきらしている髪の長い女の人でした。


「それはお父さんのことだと思う。お父さんは、私がここに来るまでに変なことに巻き込まれないように、強くてすごい魔族のお父さんの娘ですよって印をつけてくれたの」


「あらまあ、いいお父さんなのね。それで、……魔族の気配のするお人形さんは、ここに何の御用があって来たのかしら?」


 まさか、神族の女神に会いに来たなんて言わないわね?というので、私は女神さまに会いたくて来たの、とちゃんとお返事したのです。

 そうしたら、女神さまは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 女神さまはお顔の表情がとっても豊かなのね。

 驚いている女神さまの気持ちが落ち着く前に、私は畳みかけるように自分の願いを口にした。


「女神さま、私を立派な魔族にしてください!!」


「魔族に……? それは……わたくしには無理な話ね」


 ここまでお父さんと離れて頑張ってたどり着いたというのに、女神さまの言葉は非情なものだった。

 なんで! お願い事をかなえてくれる女神さまでしょ!


「えぇ!? だって、なんでもお願い事をかなえてくれる女神さまなんでしょ!? 嘘ついたの? 女神様なのに……?」


「何でもとは言っていないし、わたくしは『神族の女神』ですもの。その領域にいないものに関しては私はほとんど力が及ばないのよ。ごめんなさいね」


 悲しそうに表情をゆがめて、ほっぺに手を当てて首をかしげて……、って、ほんとうに悪いと思っているのかな、この女神さま。お父さんはあんまり表情が変わらないけど、ちゃんと気持ちを偽らないで見せてくれる。

 表情が豊かだからといって、ほんとうの気持ちなのかどうかはわからないものなのね。

 でも、私が今できることで魔族になるためにできることって、お願い事をかなえてくれる女神さまにお願いすることっていうのだけだから。

 ほんとうに、私はかなしい。

 お父さんみたいにりっぱな魔族になれるって思って頑張って来たのに。

 女神さまはこんなにあっさりあきらめろっていうんだ。ひどい。つらい。かなしい。


「女神さま……信じてたのに……女神さまなら何とかしてくれるって、信じてたのに……」


「う……。なんて純粋な信仰心。あ、でも今まさにお人形さんの信仰心に陰りが……。うーん、今時こんな純粋な信仰心を持つ子なんて、珍しい部類だというのに魔族の眷属なのよね……。魔族じゃなくて神族になりたいっていうのならなんとかできる、かもしれないんだけれど……」


「お父さんと一緒がいいのー!!」


 むひゃー! いやだいやだ! お父さんと一緒がいいの!!!

 私は、お父さんが一番困った出来事第3位に堂々輝く、私が泣きながら床でぐるんぐるん転がりまわって駄々をこねた時を再現しようと、後ろ向きにバターンと倒れた。

 と思ったら、女神さまが優しい風を吹かせて、私の身体を持ち上げて立たせてくれた。

 駄々こね失敗。でも、女神さまやさしい。


「ううん……、困ったわねぇ……」


「なんでだめなの……? ピノキオは望みが叶って人間の子供になれたのに私のお願いは叶わないの?」

 

 私、ピノキオやれます! 鯨のお腹にだって飛び込めます! 木でできた人形だから、ほぼほぼ同じだと思うのよね!


 本当は、ちゃんと勉強ができていい子な人形娘の私は理解している。

 みんなの願いが叶うなんてことあるわけないって。

 女神の泉に参拝している人たちだって、みんな知ってることだから。

 でも、女神さまに会えたのは、きっと人形の中でも私くらいだと思うから。

 だから、私はあきらめたくなかった。


「ぴのきお、という者がどういうものなのか私にはわからないけれど……そうね、人間にならばなんとかしてあげられるわよ」


 どう?と女神さまが言ってくれるけれど、私は、お父さんの娘だから。

 お父さんと同じになりたいの。

 お父さんの娘だから。


「魔族に、なりたいんだもん……」


「人間が魔族になったという例も過去に無かったわけではな……」


「人間にしてください!!!」


 人間もいいよね! 人間、みんな親切だったから!!! アリ寄りのアリですね!!!


「なんて自分の気持ちに正直な子なのかしら。なんだかすがすがしい気持ちになってしまったわ!」


 ぐるんと手のひらを返した私の言動に、女神さまは大笑いした。

 

 きらきら光る風が私を包み込んだと思ったらすぐに、私の木でできた身体は、柔らかい肉の身に変わっていた。

 女神は、満足げに頷いて言った。


「さあ、これであなたの願いは一歩前進したわね」


 そうかもしれない。

 私は、肉の身体を得て、魂の定着がはじまったことを感じた。

 人形の器に囲われていた魂が、肉の身体に同化して……。


 うん、人形ではなくなったけれど、お父さんの娘であることには変わりないから、きっと、何とかなる。

 私は、ぜったい、魔族になるっ!!


「本当は、魔族の神がこの世界にいたらきっともう少し近道できたんでしょうけど、わたくしは神族の側の女神だからこういう手段しか取れなくて、ごめんなさいね」


 女神さまの言葉に、私は首を傾げた。まあ、そうか、それはそう、ほんとうは居てもおかしくはないはず。


「魔族の神さまは、いまいらっしゃらないんですか?」


「そうなの! ある日おかしな召喚陣が現れて、あの男、楽しそうだからって飛び込んで。今はどこか別の次元の世界で勇者として活動しているって話よ。早く帰ってきてくれないかしら……。魔族の面倒まで見ていたら、わたくし過労で倒れてしまうわ」


「おともだちなんですか?」


「そ、そうね、おともだち、……ええと、人の世の関係で言うならば、おさななじみというやつかしら」


 だいじょうぶかな、女神さま。負けヒロインっていうやつにならないでほしいな、いい女神さまだから。


「じゃあ、一番大事なことを話しますよ。よーく聞いて、親御さんにもちゃんとお伝えするのですよ」


 女神さまの言葉に、私は、しゃんと背筋を伸ばした。

 そして、神妙な表情で頷く。


「かつて、人間が魔族になったことがあると……言いかけて遮られましたが、まあ、そういう事例は確かにあるのです。その時のことを踏まえて」


 ここで、女神さまは、一度言葉を切った。

 私は、身を乗り出してその言葉を待つ。


「魔族と結婚して、命の共有をしてください」


 そっち系ですかぁー。やだー。

 なんかこう、生贄を捧げてとかそういう感じかと思ったけど、そっちかぁ。


「なんて恐ろしいことを! 人間になったとたんに思考がえげつない!」

「私の魂、異世界から来てるので仕方ないんですよ」

「異世界から来た魂に謝って! そんな魂ばかりではありませんよ!」


 でも、お父さんが私の魂を捕まえて人形に入れた時にはすでにこうだったので、異世界産の魂にもピンもキリもあるんですよ女神さま。

 私の場合はお父さんすごい、格好いい、お父さんみたいになりたい、の気持ちが強すぎて、今まで顕在化していなかっただけで。

 あと、子供の形だったのでそれに合うように人形の身体が調整していたっていうところもある。


 私は、はい、と手を上げた。


「結婚相手はどういう魔族の人でもいいですか」


「あまりに寿命が短い魔族だと、かわいそうなのでやめてあげてはどうかしら」


「若いのを捕まえればいいということですね」


「言い方」


 なんとなく一歩前進した後の、その先の想像ができた。

 私は、お父さんのような魔族になるために、お父さんみたいなすごい魔族を探さなければいけないのだ。


 人間の寿命も長くはない。

 早く、すぐに、ちゃちゃっと頑張らなければ。



「でも、お父さんみたいなすごい魔族の人って、どこにいるのかな」


「まずはお父さんにお話ししてね」


「はーい」


 私は、いいこの返事をした。

 強くて格好いい魔族のお父さんの娘だから。

 

 こうして、お願い事をかなえてくれる女神さまは、後に、強くて格好良くてすごい魔族のお父さんに「うちの娘になにしてくれてんだ」というクレームを入れられるという未来を予測できないまま、魔族側の子のお悩みを解決できたわぁ、と満足げに泉からおうちに帰っていった。


 人形から人間経由で魔族になるという方法を提示され、一歩進んだ私は。


 女神といえども願いを叶える力はなかろうと高をくくっていたお父さんが、残念だったねお帰りパーティーの準備をしているとも知らずに、お友達になった冒険者たちとうろちょろしたりしながら、行きよりも時間をかけて帰ることになる。


 私が無事に強くて格好いい魔族になれたかどうかのお話は、また今度。



人形→人間のお嬢さん

 お父さんから「お父さんの命を!」と言われるが、お父さんみたいになりたいのにお父さんの命を使うのもなんか違うから結構です、とお断りをする。異世界から流れてきた魂が、自分もピノキオさんみたいにいつか願いが叶うと信じている。サーカステントはちょっと入りにくい。


お父さん

 人形のまま戻ってくると思ったら、人間になって帰ってきて、思い切り卒倒した。(なかなか帰ってこないので心労もあった)


女神さま

 クレーム入れられて悲しい。おさななじみの代わりに頑張れたと思ったのに。おさななじみが帰ってくるまでは、お嬢さんの様子を責任もって見守ります。


魔族の神様

 うちの女神元気にしてっかなぁ、と時々物思いにふけりつつ、勇者として別の世界で頑張っている。

 しかし、この世界の女神、なんか嫌いと思いながら、仲間が頑張ってるので最後まで面倒みるかと思ってなかなか帰れないでいる。

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