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第4話 目覚めた令嬢と神のご加護

よろしくお願いします。




オクサーナが目を覚ましてから、数日が経った。


喉の痛みは随分と和らぎ、体に力も入るようになった。言葉こそまだたどたどしいが、それでもしっかりとした受け答えができるようになったのは、陽菜の回復魔法と日々のささやかな会話練習の賜物だった。


ミラーノア伯爵邸の中庭を、ゆっくりと歩くオクサーナの姿に、家族も使用人たちも目を見張った。


「オ、オクサーナお嬢様……!」


「なんと、歩いて……」


「あの、言葉も……?」


声をかけた者に、オクサーナはふと立ち止まり、小さく微笑んでお辞儀をした。


「……こんにちは。いつも、ありがとう……ございます」


それだけで、邸の空気は一変した。


これまで彼女は、首を振るかうなずくかでしか感情を示さなかった。生まれてから三年もの間眠り続け、目を覚まして間もない娘が、まるで読み書きまで習ったかのように、はっきりとした言葉を話すなど――誰も想像していなかったのだ。


ハンナは目を潤ませながら、そっと彼女の手を取る。


「……どうして、そんなにお話が上手に……?」


オクサーナは少し考え込んだあと、申し訳なさそうに言い訳した。


「えっと……いつも、ハンナさんが声をかけてくれて……それに……お母様が……絵本を、読んでくれていたから……」


苦しい理屈だと、自分でもわかっていた。そもそも眠っていた間に言葉が覚えられるはずもない。けれど、他に説明のしようがなかった。陽菜――この世界では見えぬ精霊の娘が、ずっとそばにいて教えてくれていたことは、誰にも話せなかった。


けれど、その場にいた人々は誰も詰問しなかった。オクサーナの体から、いまだに淡く放たれる柔らかな光。それが、言葉ではない何かを語っていたからだ。


「……きっと、神さまが祝福してくださったのだな」


「ええ、オクサーナ様は……神の子のようなお方です」


「この子が目覚めただけでも奇跡なのに、こんなに……」


その様子を少し離れてみていたオスカーとカレンは、言葉にならない思いを込めて、そっと手を取り合い微笑んでいた。


そこにオクサーナがゆっくりと近づいてきた。


「……おかえりなさい、オクサーナ」


「えへへ……ただいま、です」


静かな庭に、春の日差しのような笑い声が、ふわりと響いた。


***


その頃、遠く離れたシュピーゲル侯爵家の一室では、少し違った空気が流れていた。


「もう一度、確認させてください。ミラーノア伯爵家には、確かにオクサーナ様という令嬢がいらっしゃるのですね?」と、家令のバルドは慎重に言った。


目の前には、シュピーゲル侯爵家の当主、ゴードン・シュピーゲル侯爵が座っていた。彼の前には、10歳のゴッドフリート(真一)が立っている。


バルドは、慎重に尋ねたが、顔に浮かぶのは疑念と不安だ。真一の側には、今も植物の精霊・真人が静かに漂っているものの、他の者にはその姿は見えない。


「確かに、そういった話を以前から聞いておりますが、まだその目で確かめたわけではないのですよね。いったい、どういう経緯でそのような情報を手に入れたのですか?」


真一は、すでに何度も話しているにも関わらず、再度確認するかのように、しっかりと答えた。


「彼女は確かに存在します。オクサーナは……生まれているんです。僕は、彼女に会いに行きます!」


その真剣な瞳に、バルドもゴードンも少し驚き、互いに顔を見合わせた。バルドは少し困ったように、額に手をあてながら言った。


「ですが、ゴッドフリート様……。以前送った手紙に対する返事は、未だ届いておりません。それに、ミラーノア家はシュピーゲル家から王都を挟んで反対側に位置する領地。情報を得るのにも時間がかかるのです。急ぎ過ぎではありませんか?」


「そんなことはありません!」と、真一は力強く答えた。子どもとはいえ、その瞳には強い決意が宿っていた。


「僕はオクサーナを待っていたんです。彼女は僕の妻となる女性です!お父様、僕は絶対に会いに行きます!」


その言葉に、ゴードンはしばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。


「わかった。だが、ミラーノア伯爵家の事情もあるだろう。簡単に向こうに行くわけにはいかん。お前一人で行かせるわけにもいかんし、しっかりと準備をしてから出発することを忘れるな」


ゴードンの言葉に、真一は頷いた。しかし、その表情は決して迷いを見せることはなかった。


「分かりました……僕は必ず、彼女に会いに行きます」


その言葉が静かに部屋に響いた。





***


その後、真一は窓から外の景色を眺めながら、ひとり思案にふけっていた。頭の中で何度も繰り返し考えていたのは、ミラーノア家で過ごす佐奈の様子と、陽菜の言葉だった。


「佐奈、陽菜、待っていてくれ」


本当なら、今すぐにでも会いたい。けれど、今はそのために準備が必要だ。まだ届かない返事に、焦りと不安を抱えながらも、真一は心の中で誓っていた。


「必ず、会いに行くから……」


その頃、佐奈の身の回りでは、何も知らずに日々が穏やかに過ぎていた。彼女の回復の兆しが、少しずつ周囲の心に希望をもたらしていることを、まだ真一は知る由もなかった。




陽菜「地球とエレゼアの言葉の違いは、神様からの転生特典だよ!」

真人「都合がいいね!」

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