第3話 ──オクサーナの新しい日常
第3話となります。
オクサーナはまだ、目を覚ましたばかりの身体に不安を抱えていた。
栄養が足りない身体は、まだ細くてか弱い。
明日にはもう少し力が戻るだろうと思ってはいても、それでも今日一日を乗り越えることすら大きな一歩だと感じていた。
陽菜の回復魔法で少しずつ元気を取り戻しつつあったが、それでも体力はまだ完全に戻ったわけではない。
オクサーナは横になったまま、じっと周囲を見渡していた。
優しい微笑みを浮かべながら自分に触れる手のひらや、やわらかい声が耳に入ってくる。
それは、眠っているときにもかすかに感じていた、ずっと会いたかった家族の声。
母親のカレン、父親のオスカー、そして家の人々。
彼らの優しさを感じるたび、オクサーナの心は少しずつ温かくなる。
「オクサーナ様、今日は無理せずお休みくださいね」
陽菜に回復魔法をかけてもらってから、1日眠り、そして翌日の朝に目が覚め、ミラーノア家の面々を始めてみた。
それから1時間ほど経過して、やはり起きているのが少しまだつらいな、と思い始めていると、乳母が優しく声をかけながら、名残惜しそうにしている父や母たちを部屋から出してくれた。
オクサーナはその優しさに、わずかな微笑みを浮かべる。
まだ言葉は出ないけれど、心の中で「ありがとう」と思っていた。
首を小さく振ることで自分の意志を伝えると、乳母は穏やかに微笑んだ。
少しまどろみ、のどの渇きで目が覚めるとベッド脇のチェストの上に水差しとコップが置いてあった。
「水が欲しいのですか?」
オクサーナはうなずく。
手を伸ばして水差しを触れようとしたが、すぐに乳母が優しく手を取った。
「どうか、私にお任せを」
水を注いだコップをオクサーナに手渡し、乳母は優しくそれを支えてくれる。
オクサーナはその温もりを感じながら、一口ずつ飲んでいった。
その頃、陽菜はそっとオクサーナの近くに座り、微弱な光の魔法で回復の手助けをしていた。
小さな光がオクサーナの体を包み込み、温かさを届けていく。
陽菜の笑顔が、オクサーナには何よりも安心できるものだった。
「ママ、元気になってきてるよ。のどの痛みももうすぐ治るよ」
陽菜の声に、オクサーナは小さくうなずいた。
実はのどが痛くて、声が出づらいのだ。
呼吸をするだけでツキンツキンとのどが痛む。
声を出したらもっと痛いのだろうな、と思うと声が出ない。
お昼は温かく体に優しそうなスープが出てきた。
パンもあったが、まだ食べられそうにない。
でもスープは残さずに飲むことができた。
野菜の甘みと鶏っぽい出汁が効いていてとても美味しかった。
くたくたに煮込まれたニンジンやキャベツも細かくしてあり、のどに引っかかることなく飲み込むことができた。
午後、オクサーナが休んでいる間に、ミラーノア家の人々は忙しくも温かな日常を過ごしていた。
オクサーナの回復を見守りつつ、家の仕事も丁寧にこなしていく人々の姿に、オクサーナは目を細める。
夕方、オクサーナが少しずつ眠りにつこうとしていると、母カレンがやって来た。
「オクサーナ、今日もよく休んでいたわね。お昼もちゃんとたくさん食べたから、よく眠れるわよ」
カレンはそっとオクサーナのベッドに腰かけ、オクサーナの頭を優しく撫でる。
その温もりと穏やかな声に、オクサーナは心を落ち着けていった。
その隣で、父オスカーが静かにソファに腰を下ろし、妻と娘の姿を微笑ましく見守っていた。
オスカーの目には、ただただ幸せそうな光が宿っていた。
自分の大切な家族が、今こうして一緒に過ごしているということが、何よりの喜びだった。
夜が近づくと、オクサーナを中心に家族の温かなひとときが訪れる。
カレンはオクサーナの横に座り、そっと絵本を開いた。
「オクサーナ、今日はお話をしてあげるね」
カレンの声が部屋の中に響き、オクサーナは目を閉じて、母親の温かい声を聞いていた。
カレンはページをめくりながら、ゆっくりと読み聞かせを始める。
物語の内容は、オクサーナにはまだ少し難しいかもしれないが、母親の柔らかな声に包まれながら、オクサーナはすべてを受け入れていく。
オスカーは、静かにその光景を見守りながら、幸せそうに目を細めていた。
「オクサーナ、お休みなさい。今日は一日よく頑張ったね」
カレンがそう言うと、オクサーナはゆっくりと瞼を閉じ、穏やかな眠りに落ちていった。
その夜、家族全員が静かな幸せに包まれた。
この一日は、オクサーナにとって新たな人生の始まり。
新しい家族に囲まれて、少しずつ歩みを進めていく。
それは、きっとこれからの日々の中で、たくさんの愛と温もりを感じながら続いていくに違いなかった。
──オクサーナは、これからの人生を歩み始めたのだ。
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その静けさの中、陽菜はふわりと宙に浮かびながら、そっと目を閉じた。
淡い白金色の光が微かに揺れて、遠く離れた大切な家族のもとへと思いを馳せる。
《真人、聞こえる?》
精霊の声は、あたたかな波となって、確かに届いた。
《ママが、目を覚ましたの。まだ声は出せないけど、ちゃんと目を開けて、笑ってくれたよ》
エレゼアの遠く離れた場所――シュピーゲル侯爵家の静かな書斎。
父・真一が机に向かい静かに書物を読んでいたその背後で、ふわりと緑の光が揺れる。
淡く光る球体――真人はぴたりと動きを止め、姉の声に耳を澄ませた。
《パパにも伝えてあげてね。やっと、ママとまた一緒に歩き出せるって》
しばらく、真人は何も言わなかった。
けれど光は、揺れて、震えた。
胸の奥が、ぎゅうっと熱くなる。
前世の記憶――小さな体で、高熱にうなされながらも「ママ……」と呟いたあの日。
何もわからないまま命が終わり、それでもなお、母のぬくもりを求めていた自分。
今、自分は精霊になって、少し大人になった。
父と姉のそばで、ママをずっと待っていた。
その「ママ」が、やっと目を覚ました――その事実が、涙のような光になってあふれ出す。
《うん……うん! ……ママ、目を覚ましたんだね……!》
精霊の声は震えていたが、それは悲しみではなく、溢れんばかりの喜び。
嬉しくて、嬉しくてたまらない。
本当は、ぎゅっと抱きしめられたかった。
もう一度、あの声で「真人」と呼ばれたかった。
《姉ちゃん……ありがとう。パパにもちゃんと伝えるよ……!》
書斎の窓辺に射す夕陽が、緑の光に反射して、きらりと部屋の中を照らした。
その輝きはまるで、幼い魂がふたたび「家族」のぬくもりに包まれたように――。
──どれほど遠く離れていても、心はつながっている。
──そして、どれほど時が経っても、家族の愛は変わらない。
細かい部分を少しづつ補足しています。