第2話 ──目覚め、そして始まりの朝
初めて予約投稿というものを使ってみます。
2025年4月20日に投稿されていることを願う・・・
――――時は少し戻り――――
陽菜と話をしていると、突然めまいに襲われた。まだ体調が万全じゃないらしい。
「──ママ、やっと身体が元に戻ってきたから……。お願い、もう一度ベッドに横になって、ちょっとだけ眠って」
幼い声に優しく促され、佐奈はベッドへと身を横たえた。
「わたしの癒しの魔法、今ならきっと届く。今まではあまり強い回復魔法をかけちゃうと、ママの体に負担がかかるかもしれないって神様に言われてて、目覚めるまでは命をつなぐ程度の微弱な癒ししかかけられなかったんだ。今度はちゃんとママの身体を癒してあげられる!」
光が揺れた。温かく、懐かしく、そしてどこか力強さを含んだ光だった。
まぶたの裏に広がる光景がぼやけ、やがて深い眠りへと落ちていく。
──これは夢だろうか。
──それとも、奇跡の続きだろうか。
静かに、佐奈の意識は沈んでいった。
それは、まるで夢から現実へと手繰り寄せられるような瞬間だった。
かすかに温かい風が頬を撫でる。仄かに香る花の匂い。誰かの声。そして、胸の奥に灯る確かな想い──「目覚めたい」と願う声が、自分の中から聞こえた。
瞼が重たい。けれど、光を感じる。眠りの中にあった時間が、何年、何十年に感じられたとしても──今、その幕が上がろうとしていた。
そっと目を開けると・・・
「お、お嬢様……!? オクサーナお嬢様!! 目を──目をお開けになって……!」
そばにいたいつも聞こえていた声、ハンナだ。わかる。
体は眠っていても、耳は聞こえていたんだ。
ハンナが震える手でそっと佐奈の手を握った。
「オクサーナ様……! お目覚めになられたのですね……! ほんとうに……ほんとうに……!」
その言葉が、心の奥に静かに染みていく。
(オクサーナ……。それが、今の私の名前……)
かつての名──佐奈。その記憶が確かにある。地球での生活、家族。真一と陽菜、そして小さな真人。彼らを看取って、追うように命を落としたはずの自分。
だけど、今ここに、再び命を得て目覚めた。
新たな名前、新たな身体、新たな家族。
ほどなくして、ドアの向こうから急ぎ足の音が響く。次の瞬間、扉が勢いよく開かれた。
「オクサーナ!」
駆け寄ってきたのは、美しい金髪をひとつに束ねた女性──母、カレン。
「……あなた……本当に……目を……っ!」
涙をこぼしながら、そっとベッドに膝をつき、娘の頬に手を当て繰り返し名を呼ばれそっと抱きしめられる。
「オクサーナ……オクサーナ……!」
その後ろから、堂々とした体格の男性がやってきた。オスカー、父であり、この家の当主である人物だ。
「おお……オクサーナ……っ……!」
父はその場に膝をつき、肩を震わせながら佐奈の手を握り締めてきた。
「私の……私の娘……やっと……やっと……!」
いつの間にかその場にいた使用人たちも、涙を隠そうとせず、目頭を押さえながら静かに見守っていた。屋敷中に、喜びと祝福が満ちていた。
けれど、佐奈──オクサーナは、そのぬくもりに戸惑っていた。
(この人たちは……私の、新しい家族。わかっている。声でわかる。手を握っているのが父オスカー、抱きしめてくれているのが母カレン。温かい。うれしいし、ありがたい。それでも・・・)
心のどこかが、きゅっと締めつけられる。
(真一……陽菜……真人……。会いたい……)
同時に、この家の人々がどれだけ自分を想ってくれていたか、肌で感じていた。目覚めを待ち続け、希望を捨てず、愛を注ぎ続けてくれた。
(この家の娘として……生きていかなければならない。だけど……)
母カレンが、そっと優しく微笑んだ。
「…オクサーナ、おはよう」
その言葉に、オクサーナの胸がぎゅうっと熱くなる。
ゆっくりと、瞳に涙を浮かべながら微笑む。
戸惑いながらもオクサーナはコクンとうなづいた。
父と呼ぶにも、母と呼ぶにもまだ勇気がなかったが、新しい家族への第一歩でもあった。
こうして、少女は目覚めた。
それは、終わりでも始まりでもない。
──新たなる人生の、静かで温かな幕開けだった。