第一話 ──光の中で、もう一度
続きです。読んでもらえたらうれしいのですけれど・・・
──目が覚めた。
……いや “ 覚めてしまった ” と言うべきなのかもしれない。
こんなにも優しくあたたかな世界に目覚めてしまった自分が、あの世界のすべてを置いてきた気がして──少し、怖かった。
まぶたを開いたその瞬間、私の視界を満たしたのは、見たことのない天井だった。透き通るような白い天蓋、その内側にあしらわれた銀糸の刺繍は、星空のようにきらめいている。息を吸うと、ほのかに薔薇と薬草の混ざった香りがした。
重たい。体が、まるで自分のものでないかのように、鉛のように動かない。
それでも私は、なんとか首だけを動かして、周囲を見回す。
柔らかなカーテンに囲まれたベッド。高級そうな家具。壁紙には、蔦のような模様が優雅に這い、窓の向こうには、塔のような建物と広がる青空。
──ここは、どこ……?
ゆっくりとカーテンの隙間から手を伸ばす。差し込む光があまりにも暖かく、懐かしくて──なぜだろう、涙がこぼれた。
「……あ……れ……?」
か細い声。自分の声とは思えないほど、幼く、弱々しい。
私はベッドからそっと降りる。床に降りた瞬間、足がふらつき、そのまま膝をついてしまった。小さな体。少し離れた壁際の鏡に映った自分の姿に、私は息を呑む。
……小さい。
鏡に映る少女は、三歳か、せいぜい四歳。白い寝間着をまとい、金色のふわふわした髪を揺らして、涙を流している。
──これが、私?
まるで夢のようだった。でも、これは夢なんかじゃない。
……転生。あの死の先にある、もう一つの人生。
まさか、本当に……。
「ママ……?」
その声に、私は一瞬で振り返った。
そこには──光があった。
まばゆい輝きの中から、ゆっくりと少女の姿が浮かび上がってくる。柔らかな光の衣をまとい、白金色の髪を揺らしながら、彼女はそっと私に微笑んだ。
「ヒナ……?」
「うん。やっと……ママ、起きてくれた」
私は、声も出ないまま、陽菜を抱きしめた。全身が震えて、涙がとめどなく流れた。
「ヒナ……ヒナ……! 会いたかった……!」
「ママ、ママ……大丈夫? 苦しくない?」
「……うん……苦しくない、今、すごく……幸せ……」
小さな体を腕に抱きながら、私は確かに感じていた。これは夢なんかじゃない。陽菜のぬくもりが、体の奥まで染みわたるようにあたたかい。
「ママ、気づいてなかったと思うけど、ずっとそばにいたんだよ」
「……え?」
「ママはこの世界で生まれ変わった時から……すごく体が弱くて。お医者さんには『もうだめかもしれない』って言われてた。でも……私が、ママを守るって決めたの。神様から“ナビゲーター”っていう、大切な役割をもらったの。光の精霊として、ママを見守るおしごと!ずっとそばにいたんだよ」
「……ずっと、見守ってくれてたんだね……」
「うん。だから、ママがちゃんと目を覚ましてくれて……すっごく、すっごく嬉しい!」
私は何も言えなくなって、ただ陽菜の髪をなでた。
「ママ、体が小さくなっちゃったのはね、多分、やり直したかったからだよ。魂がそう願ってたんだと思う」
「……そうかもしれない。全部、やり直したかった。家族と、もう一度……」
「だから、ママは今“オクサーナ・ミラーノア”っていう名前なの。ミラーノア伯爵家の一人娘。今は3歳で、来月で4歳だよ!」
「オクサーナ……名前まで、すっかり別人になっちゃったのね」
「でも、中身はママのままだよ。魂は、ちゃんとママなんだもん」
「ありがとう……ヒナ。あなたがいなかったら、私、今ここにいなかった……」
「ううん、ママはがんばったよ。私たち、また会えたよ」
陽菜の瞳がうるんでいた。
「……ねえ、パパとマサトも、いるの?」
私が尋ねると、陽菜はうれしそうにうなずいた。
「うん、いるよ! パパは“ゴッドフリート・シュピーゲル”って名前で、この世界じゃ侯爵家の令息。今は10歳くらいかな? マサトは植物の精霊として転生してるの。今はパパと一緒にいるわ。神様からママがもうすぐ生まれるけど、すごく病弱だからって言われて、私急いで飛んできたの。真人もきたがったし、パパも助けになるなら二人で行ってほしいって言ってたんだけど、パパのことも心配だからって、真人と相談して私だけ来たの。」
「……生きてるんだね。2人とも……」
「うん、パパはね、ママが生まれてくるのをずっと待ってたの。しかも、ママが生まれてすぐ、パパが6歳のときに婚約を申し込んだんだよ」
「えっ!? ちょっと待って、真一が6歳でプロポーズ!? ど、どんなロマンチストよ……!」
「違うよ、愛だよ! 愛!」
陽菜はにこにこと笑う。その姿に、私もつられて笑ってしまった。
「……もう一度、家族で暮らしたいね」
「うん。今度こそ、絶対にずっと一緒だよ。ちゃんと神様たちが見守ってるから」
「ヒナ……」
「ママ、次にパパに会ったら、びっくりしないでね?」
「なんで?」
「……すっごくイケメンだから!」
「えぇ……! それ、ちょっと照れるかも……」
「でも中身は、真一さんそのままだよ」
「なら、きっと、また好きになるね」
ベッドの窓から、あたたかな光が差し込んでくる。手を伸ばすと、その光がまるで祝福のように、私たちを包みこんだ。
──今度こそ、守ってみせる。
──もう一度、この家族で、未来を歩いていくために。
私は陽菜の手を握った。
「ありがとう。私、ちゃんと生きるよ。今度は……もう二度と、誰も失わない」
「うん、ママ。みんなで、一緒に笑おうね」
静かに、物語が動き出す。
まだ出会っていないけれど、確かにそこにいる、かけがえのない家族たち。
新たな世界での人生が、ここから始まる──。
ちなみにパパとまさと君、しばらく出てきません。今は再会した母娘を温かく見守ってやってください。
パパ「俺の名前、いかつくないかい??」
真人「…大丈夫だよ?」
パパ「(なんですぐこたえてくれなかったんだ・・・)」