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9話 探し人

 オリヴァーは金色の髪をもつ父と赤色の髪を持つ母、どちらにも似ていない真っ白な髪を持って生まれた。


 文献によると数百年前に存在していた『魔女』と呼ばれた者たちが同じ髪色をしていたようで、建国以前の祖先の血が隔世遺伝したものとされた。


 魔女が存在していた当時は、白い髪は得体の知れない恐ろしい者の象徴であったと書物に記されている。


 オリヴァーが誕生した頃にはもうそんな思潮は存在せず、むしろ神聖な生き物である神獣と同じ色だと尊ばれた。


 やたらと崇められることに疲弊する時もあったが、持ち前の社交力と回避力で難なく交わしていた。


 六歳になり、希少な光魔法が使えることが判明してからは、やはり白い髪は神聖で偉大な者の象徴だと妄信されるようになる。


 だが彼にはそんなことはどうでもよかった。

 光魔法に目覚め、自分の体に流れている魔力の存在を認識したと同時に、脳に膨大な情報が流れてきたからだ。


 一人の男の生涯の記憶。


 それが大波のように一気に押し寄せてきて、今の自分とは別の人間であった頃の感情を思い出した。


 一人の少女を深く愛していた前世の記憶は、昨日のことのようにしっかりと思い起こされた。


「……必ず見つけてみせるから」


 オリヴァーは決意を胸に抱いた。

 若干六歳にして、いつ再会できるか分からない初恋の君に生涯を捧げると心に誓う。



 それから一年後のとある日。

 オリヴァーは従兄弟であり親友でもあるクリフと、幼馴染みのナディアと茶会の約束をしていた。


 ナディアから友人を連れていきたいと言われ、快く承諾する。


 そうして四人で集まり茶会が始まった。


 ナディアの友人である少女は、紫紺の長い髪をハーフアップにした美しい少女だった。


「お初にお目にかかります殿下。ティレット侯爵家長女、エレノーラ・ティレットと申します」


 しっかりした口調で完璧な淑女の礼をとり挨拶をする少女。

 微笑み方から指先の動きまで、何もかもが計算し尽くされているような印象を受けた。


 教育が行き届いた高位貴族の娘といった、堅苦しそうな子が来たなと内心でがっかりした。


 オリヴァーは少しくらい無礼でも気さくに接してもらえることを好んでいた。

 クリフとナディアは無礼すぎるほどだが、畏まられるよりはいい。


 しかしせっかく来てくれたのだから楽しんでもらおうと、オリヴァーは積極的に話しかけた。

 エレノーラは彼の話に相槌を打ったり質問に答えたりするが、とにかく完璧で無難な反応。

 慎ましやかな性格らしく、自分からは話しかけてこない。


 オリヴァーはつまらないな……と落胆しながら接していた。

 しかしだんだんと彼女の受け答えや所作にぎこちなさを感じるようになる。


(なんかこの子、違和感あるなぁ……)


 変に思ったオリヴァーは、話すことをやめて無言でエレノーラをじっと観察しだした。

 そうすると彼女は徐々に青ざめていき、ポロポロと涙を零してしまった。


「え⁉ 泣いちゃった? なんで?」


 急なことに、いつも冷静で滅多に動じないオリヴァーは慌てふためいた。

 しかしそんな彼とは対照的に、ナディアとクリフは落ち着いた様子で苦笑いしていた。


「あーあ。三十分も持ちませんでしたね」

「相手は王子なんだもの、仕方ないわ。よく頑張った方よ」


 二人は最初から想定済みだったように淡々としている。ナディアはエレノーラの頭を撫でながら、慣れたようにハンカチを差し出した。


 エレノーラは受け取ったハンカチで涙を拭いながら震えている。

 しかし早く謝罪しなければと思ったようで、泣きながら途切れ途切れに謝ってきた。


「申し訳あり、ません……っ、私……お見苦しくて……本当に、うぅっ……申し訳ありません……」


 俯きながら謝罪を繰り返す姿に、一人の少女の姿が重なった。


「アデラ……」


 オリヴァーの口から自然と零れ落ちた言葉に、エレノーラは顔を上げて不思議そうな顔をした。

 クリフとナディアも顔を見合わせて首を傾げる。


「アデラって誰ですか? お知り合いですか?」

「あぁ、すまない。そうだよ。知り合いになんとなく似ていたからつい口から出てしまったんだ。大丈夫? エレノーラ嬢」


 クリフの質問をとっさに誤魔化して、労るように優しくエレノーラに話しかけた。


「あの、はい。だいっ、じょうぶ……です」


 どう見ても大丈夫ではなさそうな返事に、また一人の女性が重なる。

 オリヴァーは胸元を強く押さえた。


(この子は彼女の生まれ変わり……ではないか。少しも魔力を感じない)


 これだけ近くにいるのに何も感じない。


 魔力を持つものは七歳までに覚醒することが通常。

 だけどまだ魔力の覚醒が遅れているだけかもしれないと、淡い期待を抱いた。


 この日は一時間ほどでお開きとなり、また後日あらためて集まることが決まった。


 エレノーラとナディアが先に帰るのを見届けると、その場に残ったオリヴァーとクリフは二人で再びお茶を飲み始めた。


「あの子はオリヴァー様のタイプな気がしたので、ナディアに連れてくるよう言ってみたのですが、どうでした?」


 クリフは公爵令息らしからぬ下卑た笑いをオリヴァーに向けた。


「そうだね。すごく可愛いと思ったよ」


 悪そうな笑みに負けじと隙のない爽やかな笑みで返す。

 クリフは『ちぇっ』と言い、不貞腐れた顔で目の前のマカロンを一つ摘んで口に放り込んだ。


(さすが親友。侮れないな)


 オリヴァーは心の中で感心しながらも悔しいので、悟られないよう顔には出さなかった。

 メイドが新しく淹れたお茶を手に取り、優雅な所作で飲んだ。



 それから二週間後、さっそくまた四人での茶会が開催された。


「またお招きいただけて光栄に存じます、殿下」


 エレノーラは今回も最初の挨拶は完璧にこなした。

 しかしすぐにぎこちなくなり、椅子に座る際に膝をぶつけてしまう。

 その後は静かに三人の話を聞いていたが、震える手で取ったスプーンを皿の上に落とした。


 甲高い音が響き、三人は会話を中断した。


「大丈夫?」

「はっ、はいぃ……お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません…………あの、前回も失礼な態度を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした……」


 オリヴァーの声かけに、エレノーラは恐縮しながら謝罪し、肩をすくめてしまった。


「失礼なことなんてされていないから大丈夫だよ。ここでは気を張らなくてもいいから、自然体でいてくれていいから。泣きたくなったら好きに泣いていいんだよ」


 気を楽にしてもらおうとにっこり笑って言ったはずなのに、その言葉でエレノーラは前回以上に大粒の涙をボロボロと落とした。


「え? なんで!? 今のは笑うところだよね」


 またしてもオリヴァーは慌てふためいた。


 クリフとナディアにとってはいつもの光景なので、『あーあ泣かせちゃった』という冷笑をオリヴァーに向けた。


 エレノーラは自前のハンカチで目元を隠しながらしばらく俯いていた。

 どうにか涙が止まると、真っ赤な目をしながら小さく『申し訳ありません』と呟いた。


「気にしなくていいのよ。私たちはもう慣れてるし、オリヴァー様だってすぐに慣れるわ」

「そうですよ。それまではいつもスカしてるオリヴァー様の慌てる姿が見られて面白いですし」


 二人は王子に対して実に不敬な態度である。

 だがオリヴァーはこの気の置けない関係を気に入っている。


「クリフに面白がられるのは癪に障るから、次からは絶対に慌てないようにするよ」


 爽やかな顔で言葉に棘を含ませて言うと、エレノーラはハンカチで口を隠しながらクスクスと笑った。

 あまりに可愛らしいその姿に、オリヴァーはまたある少女の姿を重ねてしまう。


(この子だったらいいのに……)


 そう思うと、胸の奥がツキリと傷んだ。


 それからというもの、四人で会う機会が増えた。

 気楽に過ごせる友人たちとの時間は楽しく心地よい。

 どれだけ忙しい時でも、無理やり時間を作って茶会を開いた。


 エレノーラは回を重ねることに自然体で過ごせるようになっていた。

 自然体といっても彼女の場合はすぐにビクッとなり、カタカタと震え、目尻に涙を溜めることだが。



 一年、二年と経った頃には、オリヴァーは光魔法をある程度扱えるようになっていた。

 エレノーラといえば、魔力なしであることがほぼ確定だった。


 九歳を過ぎてから覚醒したという前例は少ない。

 エレノーラがオリヴァーの探し人である可能性は、成長するにつれてどんどん低くなっていく。



 よく晴れた日の午後。

 いつものように四人で茶会を開き、他愛のない話で盛り上がっていた時だった。


 不意にナディアが興奮気味に大きな声でエレノーラに話を振り、エレノーラはビクッとなって持っていたカップを手から滑らせてしまった。


 床に落ちたカップは大きな音を立てて割れた。

 エレノーラの手には熱い紅茶がかかったが、彼女はそれを気にする余裕もなく青ざめた。


「──っっ、申し訳ございません……!」

「あっ、ダメよ」

「危ないから触ってはいけない」


 エレノーラは涙目で、混乱気味に素手で破片を拾いだした。

 ナディアとオリヴァーはすぐに警告したが手遅れだったようで、エレノーラは『痛っ』と言いながら左手を胸元に引っ込めた。


 指先から血がポタリと落ちる。


「あーあ……ほら、手を出して」


 オリヴァーが呆れたように目を細めて優しい声で言うと、エレノーラはおずおずと手を差し出した。

 彼は右の手のひらから白い光を出し、エレノーラの手を光で包み込んだ。


 熱い紅茶が跳ねた手の甲の赤みが消え、指先の切り傷が塞がっていく。

 その様子をエレノーラは目を丸くして眺めていた。


「……ありがとうございます。稀少な光魔法を初めて拝見しましたが、とても綺麗で素晴らしい力ですね」

「……初めて、か」

「え?」

「何でもないよ。大事なさそうで良かった」


 オリヴァーは落胆する気持ちを悟られないよう、にっこり笑った。

 エレノーラは彼に触れられた手を右手でそっと握り、顔を赤くしていた。


「本当に綺麗でした……」


 小さく聞こえたその言葉に、胸がズキリと痛んだ。


(記憶がまだ戻っていないだけならいいのに……)


 エレノーラに魔力が覚醒する可能性は、まだほんの僅かだが残されている。


 いつしかオリヴァーは前世でのことをエレノーラに話すようになっていた。


 もちろん前世ということは伝えない。

 幼少期の淡い思い出として話し、その相手を探しているということだけを伝えた。


 エレノーラはオリヴァーの話を真剣に聞いていたが、聞き終わるといつも、『早く見つかるといいですね』と憂いを帯びた表情になった。


 自分ではない別の少女との思い出話に肩を落としているようだ。


 違う、そうではない。君だったらいいと思っている。


 そう伝えたくて堪らなくなり、だけどそんなことは許されないと言葉を呑み込んだ。

 それからはもう、オリヴァーはエレノーラに前世の話をすることをやめた。


 十二歳、十五歳と成長し、それでもエレノーラの魔力が覚醒することはなかった。


 相変わらず四人で過ごすことが日々の楽しみであったが、クリフとナディアは十五歳になった年に婚約をした。


 驚きはしなかったが、自分たちはもうそんな年齢なのかと漠然と思った。


 エレノーラは変わらず四人でいる時は自然体で過ごしていたが、学園でいる時やパーティーに出席する時は、凛と美しく堂々とした姿で臨んでいた。


 オリヴァーは彼女が人目のないところで泣いているのを知っている。


 本当は大勢から注目を浴びることが怖いのに無理をして、どうにか自分を奮い立たせて頑張る彼女のことが愛しくて堪らない。




 婚約者を作ることなく、オリヴァーは十七歳になった。


 王族としては異例で、父に王太子の座を弟に譲ると申し出たが、即座に却下されてしまった。


 彼には前世から心に決めた人がいる。


 どうにか見つけ出し、今度こそ幸せにすると心に誓ったが、いつしか、この世界のどこかで幸せでいてくれたらそれでいいと思うようになっていた。


 それを確かめることができたなら、行き場のない想いを消し去ることができる気がする。

 そしてオリヴァーとして生まれ変わったこの人生で、新たに芽生えた淡い想いを育むことができるのに。


 どうにもできない歯がゆさに苛まれていた。


 オリヴァーはここ数年、前世の夢を見ていない。

 記憶が戻った時に抱いた強い想いは薄れ、エレノーラへの想いばかりが強くなっていく。


 もういいだろうか。

 過去のことは忘れ、今の幸せを掴んでもいいのかもしれない。


 彼女もそれを望んでいた。


 エレノーラに自分の想いを伝えよう。

 そう決心した一週間後。

 自身の十八歳を祝うパーティーが開かれる前日に、オリヴァーは夢を見てしまった。


 泣きながら消えていく少女の夢。

 自分が消えた世界で幸せになってほしいと、儚い願いと彼への強い想いを残して、目の前で消滅してしまった少女。


 その時の光景や抱いた強い感情が、昨日のことのように鮮明に蘇ってしまう。



「……ダメだ。私だけ幸せになるなんて許されない」


 明日伝えようと決めた想いは、再び胸の奥へと押し込んだ。





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