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4話 反省

 二時間ほどで茶会を終え、令嬢たちの馬車を見送ったエレノーラは屋敷へと戻った。


「うぅ……何とか終わった……」


 どっと疲れが押し寄せてきて、自室に続く長い廊下をゆっくりと歩く。

 過酷な労働を終えた後のような疲労感だが、手に持ったウサギのキーホルダーを眺めてふふと微笑んだ。

 縦長で見た目は少し変わっているが、瞳の部分に埋め込まれた金色の宝石が美しい。


 これはカレンから貰ったもの。

 茶会の最中に渡すタイミングを失ったようで別れ際になってしまったが、今月誕生日を迎えるエレノーラにプレゼントしようと持ってきていたらしい。


 鮮やかなオレンジ色のウサギは、他国では幸せの象徴として親しまれているそうだ。

 服装や持ち物には母から厳しいチェックが入るエレノーラに使える機会はなさそうだが、大切にしようと握りしめた。


 温かな気持ちになったのも束の間。前方から聞こえてくる荒々しい靴音に頬が引きつった。

 その場で足が動かなくなったエレノーラの元に、険しい形相の母が早足でやってくる。


「エレノーラ、見ていましたよ。侯爵家の娘ともあろう人間がカップを落とすだなんて見苦しい」

「……申し訳ございません。友人の声につい驚いてしまいまして……」

「言い訳は結構よ。今日は一人でしっかり反省しなさい。……分かっていますね?」


 エレノーラの母は鋭い目を向けた。


「……もちろんです」


 肩をすくめて小さく返事をすると、母はフンと鼻を鳴らした。

 そのまま立ち去ろうとした母は、エレノーラの手の中に視線を落とす。


「それは何かしら?」

「カレンさんからいただいたものです」

「…………そう。派手で下品な色。あなたには相応しくないわね」


 母は右手を前に出した。

 相応しくないという言葉に、エレノーラの心は凍りつく。

 母に渡すということは処分されるということ。


 それは嫌だ。反論するためにどうにか言葉を絞り出そうと肩に力を入れた。


「これは誕生日プレゼントとして、カレンさんがわざわざ────」

「お黙りなさい」

「っっ」


 エレノーラの訴えは冷たい声に遮断された。


「プレゼントだから何だというの? 相応しくないから必要ないでしょう」


 母はいつも自分の考えこそが正しいと、エレノーラを思い通りにさせようとする。

 娘の意見をまともに聞いたことなどない。


 エレノーラはいつも一度は主張しようと奮い立つが、すぐに心が折れてしまう。


 無言でキーホルダーを差し出した。


 受け取った母はそれ以上は何も言うことなく、来た時と同じようにカツカツと靴の踵を鳴らしながら去っていった。


 エレノーラは重い足取りで自室に戻った。


 ソファーに座って窓の外を眺めていると、ケイトがやってきた。

 左手にはランタンを携えている。


「……お嬢様。あの……」

「分かっているから大丈夫よ。行きましょうか」


 エレノーラは言葉が続かないケイトに笑いかける。

 そしてゆっくり立ち上がって部屋から出た。


 二人で長い廊下を半分ほど進み、左方にある壁と同色の扉の前で足を止めた。ケイトが扉を開けた先には、下へと続く薄暗い階段がある。


 ケイトは右手の人差し指をすっと立て、そこから魔力を放出した。

 ランタンに指先を近づけて明かりを灯す。


 先導して長い階段を下り、狭い廊下を進んだ。

 いくつかの扉を通りすぎて突き当たりまで来ると、ケイトは目の前の鉄の扉を開けた。


 ギイイと重量感のある音を立てて開けられた扉の先は小さな部屋。

 窓はなく、机や椅子といった家具どころか、照明器具すら見当たらない。四角いがらんとした空間が広がっている。


「お嬢様……こちらをお持ちになってください」


 ケイトはおずおずと手に持っていたランタンを差し出す。

 エレノーラは首を横に振り、それを右手で軽く押しのけた。


「ダメよ。あなたが叱られてしまうわ」

「ですが……」

「大丈夫。もう慣れているから必要ないのよ」


 エレノーラは軽やかな足取りで部屋の中に足を踏み入れ、正面の壁に背をつけて座った。


「……承知いたしました。ではニ時間後にお迎えに上がります」

「ええ、よろしくね」


 ケイトは一礼すると、ゆっくり扉を閉めた。

 明り取りの窓すらない重い鉄の扉が閉まると、室内は暗闇に包まれる。


 目を開けていても閉じていても何も変わらない。

 ケイトの足音が遠のき、やがて何も聞こえなくなった。


 静寂に身を委ねることにはもう慣れている。


 厳しい指導を受けるよりもこちらの方がいい。暗闇は怒声を浴びせてこないから。

 ただ静かに、時間が過ぎるのを待てばいいだけ。


 エレノーラはぼんやりしながらなんとなく右手を前に出し、人差し指を立てた。

 先ほど見たケイトを思い浮かべて意識を集中させる。


 しかし指先には何も変化は訪れない。

 エレノーラには自身の魔力を感じ取ることすらできない。


「やっぱりダメね……」


 小さく零すと、手は力なく床に落ちた。


 この世界に生きる人間のほとんどが、魔力という不思議な力を持って生まれてくる。

 血液が循環するように体の中を巡る魔力は、魔法という形に変えて体外に放出することが可能だ。


 幼い子供は体の内側に潜む魔力の存在になかなか気付けないため、成長してから魔法が使えるようになることが多い。


 それはせいぜい七歳までのことで、エレノーラのように十七歳を過ぎても使えない者は過去に存在した例がない。

 つまりエレノーラが魔力持ちでないことはほぼ確実ということ。


 それでも彼女は諦めることができずにいた。

 魔法が使えたなら、もっと自信を持って自由に生きることができるかもしれないから。


 気弱なエレノーラにとって、高位貴族の娘という肩書はあまりに重すぎる。

 それでもどうにか頑張れているのは、この肩書がなければ成し得ない大きな夢があるから。


 だけどそれが叶わなかった時のために、一人で生きていく術を身に付けたい。


 自立して生きていくために、手に職をつけられないかと挑戦したことは何度もある。

 しかしエレノーラが少しでも変わったことを始めると、母から細かなチェックが入り、叱責されてきた。


 勉学に励むことは禁止されなかったため、知識は人一倍蓄えている。

 それを生かした職に就こうと考えたこともあるが、いつも何らかの壁に突き当たってしまう。


 事務業務に就くためには文字入力をするための魔道具を扱う必要があり、魔力がなければどうしようもない。


 国の管理下に置かれている文官になるためには確かな身分が必要となるため、家を出てしまっては採用してもらえない。


 体は丈夫な方ではなく寝込むことも多いため、体力を必要とする職には就けないだろう。


 その他にも、生活に欠かせない魔道具を使うことができないなど、壁に突き当たっては諦めてを繰り返している。

 自立して何をするにも魔力は必要不可欠なのに、彼女は持ち得ていない。


 残酷な現実に打ちひしがれ、エレノーラは膝を抱えて顔を埋めた。

 今日は朝から精神をすり減らしていたので、体は休息を欲している。


 目を瞑るとすぐに瞼が重くなってきたので、そのまま眠気に身を委ねた。



 そうしてエレノーラはいつものように、辛く悲しい夢を見る。




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