21話 前世⑦ 消えないで
気弱なアデラは人と接することがとにかく苦手だった。
町ではローブのフードを目深に被って、ビクビクしながら買い物をし、人目を避けるようにヴィンスの後ろに隠れていた。
フードの下では幾度となく泣き、つい魔力を漏らしてしまうことも多い。
「いつもご迷惑をおかけしてすみません」
「大丈夫。気にしなくていいんだよ。ほら、こうやって光で包み込めば誰も傷つかない」
「……ありがとうございます」
彼女を赤い魔力ごと光で包んであげると、いつも心地よさそうに微笑んだ。
自分がいれば彼女が人を傷付ける心配はない。
友達ができればもっと楽しいだろう。
町の人と仲良くなれるよう間を取り持とうかと申し出てみたが、今のままひっそり過ごしていたいと断られた。
アデラは言葉を付け足すように『ヴィンスさんが会いに来てくれるから寂しくありません』と恥ずかしそうに言った。
可愛さに耐えきれず、おかしな声が出てしまうのはいつものことだ。
二人で買い物をして、森で山菜を採って、一緒に食事をして。
アデラが真剣にポーションを作っている様子を寛ぎながら眺めたり。
そうやって一緒に過ごす日が増えていった。
「暇ではありませんか? その、私と一緒にいても楽しくないでしょう」
「そんなことないよ。君が生き生きとポーション作りをしているところを見るのが好きなんだ」
そう言うとアデラは頬を赤くして俯いて、嬉しそうに顔を綻ばせた。
彼女は魔物の素材を売ったことで、数年は働かなくていいほどのお金を手にしている。
時間と手間がかかるポーション作りをする必要はもうないのに、人の役に立ちたいと言いながら作り続けていた。
もちろんヴィンスも冒険者としてしっかり働き、国から依頼される重要な案件も全て謹んで受けた。
長期の遠征に出かけることもあり、その度にアデラは大丈夫だろうか、早く会いたいと想いが募った。
彼女は何を贈ってもいつも嬉しそうに受け取ってくれたが、魔石を受け取る時は一際瞳を輝かせて喜んだ。
「こんなに貴重なものをいただいていいのですか?」
「もちろん。君に喜んでもらいたくて持ってきたんだから。君が少しでも幸せな気持ちになれるならそれでいいんだ」
「……ありがとうございます。本当に嬉しいです」
アデラは魔石を集めることが本当に好きなようだ。
ずらりと魔石が並ぶ棚を眺めることが、彼女の数少ない娯楽だった。
(いつかすごい魔石を渡しながらプロポーズしたら、受け入れてくれるかなぁ……)
ヴィンスは彼女との将来を真剣に考えるようになった。
アデラと出会って半年が過ぎた頃。
ヴィンスはとある山に存在する邪竜討伐を国から命じられた。
数日に及ぶ遠征を経て、難なく邪竜を討ち取る。
仲間と手分けして素材を回収し、また数日かけて町に戻ってきた。
王城の王の間にて、国王の御前で跪いて討伐完了を報告した。
その場で褒美は何がいいかと問われ、悩むことなく邪竜の魔石が欲しいと申し出た。
そんなものが手に入る機会なんてもう二度と訪れない。
アデラが喜ぶ顔が頭に浮かぶ。
国王は娘である王女との婚姻を勧めてきたが、自分には身に余る名誉ですときっぱり断った。
王女が自分に気があることは薄々感じていて、町でも噂されているのは知っていた。
だけどその気持ちには答えられない。
心に決めているのは、ただ一人。
きっぱり宣言すると、国王は渋々ヴィンスの申し出を受け入れてくれた。
その場で邪竜の魔石である青い石を褒美として手渡される。
ヴィンスは両手を前に出し、光沢のある白い布に載せられた石を布ごと受け取り、その場を後にした。
王の間を出ると、石を布で大切に包んで懐にしまい、すぐにアデラの元へと向かった。
(受け入れてくれるかなぁ)
出会ってまだ半年。早い気もするが、もういい気もする。
自分の気持ちはとっくに本人にバレていると思うから。
そして彼女も自分を想ってくれているはず……と感じるのは自惚れではないと信じたい。
緩む顔をどうにか引き締めながら、森の中を駆け抜けていく。
そうして辿り着いた小さな家の前で、ヴィンスは顔を蒼白にして立ち尽くした。
白い肌を全て露にしながら地面に座り込む少女。
彼女の周りには何も存在せず、どこまでも黒く染まった地面と舞い散る灰。
力なく俯きながら涙を流すその体を包むように、光の輪が幾重も浮かんでいる。
見たこともない紋様に埋め尽くされた光の輪からは、膨大なエネルギーを感じる。
白い肌から光の粒子が舞って、サラサラと砂のように崩れて消えていった。
アデラが消えてしまう。
「っっ、ダメだ」
ヴィンスはとっさにアデラに向けて光魔法を放った。治癒の光でどうにか癒し、崩壊を止めなくてはいけない。
しかし彼の力は膨大なエネルギーの前では無力で、光の輪に触れるとすぐに消えてしまった。
何度放とうともヴィンスの魔法は全て消えてしまい、彼女の体も消えていく。
「……あぁ、ダメだよアデラ。お願いだから消えないで」
ヴィンスはその場に膝を付き、涙を流しながら懇願した。
「君に伝えたいことがあるんだ。これからもずっと一緒にいたいんだ」
どれだけ話しかけても何の反応もなく、陽の光すら反射しない淀んだ赤い瞳に彼は映っていない。
「ア……デラ」
震える声で名前を呼んだ。愛しい少女は最後に悲しそうな笑みを浮かべて、光の粒子となって消滅した。
コロン、と三つの小さな塊が地面に転がり落ちた。
少し離れたところに転がった赤くて丸い二つのものは、邪眼である瞳。
そしてヴィンスの目の前に落ちた紫色の角ばったものは魔女の核だ。
魔女の核からも少しずつ光の粒子が舞い始めた。
ヴィンスは慌てて手に取って、胸の前で強く握りしめる。
「────ダメだ。消えないで」
これさえあれば、まだ彼女が復活する道は残されているかもしれない。
だから消えないで。
核を光魔法で包み込む。それでも崩壊は止められず、サラサラと粒子が落ちていく。
このままでは消えてしまう。
どうにかして守らなければ。でもどうやって守ればいい?
消えないように、粒子が散ってしまわないように、何かで包み込まなければいけない。
ヴィンスは必死に頭を働かせ、本能的に、直感的にあることを閃いた。
(よし……!)
これしかない。絶対に上手くいく。
根拠のない自信がみなぎってくる。だから大丈夫。
気合いを入れて大きく息を吐く。
そうして彼は少しも躊躇うことなく、手の中の紫色の核を──────
飲み込んだ。
***
「…………へ?」
オリヴァーの話を涙ぐみながら真剣に聞いていたエレノーラは、まさかの告白に気の抜けた声を出した。
「飲み、込んだ……? え? 私の核を……?」
「うん、そう。さすがに大きすぎるかなと思ったけど、気合で何とかなったよ」
てへっと可愛らしく笑いながら、オリヴァーはとんでもないことを告白した。
つい数秒前まで真面目な顔をして、目に涙を溜めて重苦しい空気を漂わせながら話していたというのに。
「あの、そんなものを普通の人間が飲み込んで無事でいられると思えないのですが……」
「そうそう。だから死にそうになっちゃってさ」
オリヴァーはなんてことないちょっとした失敗談のような軽さで答えた。
彼は何とも軽い口調で話の続きを始めた。
魔女の核を飲み込んだヴィンスの体を襲う、灼熱に焼かれるような痛み。
内蔵も肉も骨も、何もかも全てが内側から焼かれていく。
目や鼻、口から噴き出るのは大量の血。
(これはさすがにまずいな……)
ヴィンスは焦った。
どうにかして拒絶反応を治めなければ。
光魔法で体の内側を治癒しても全く効果がなく、手持ちの魔力回復ポーションしか今は頼れるものがない。
ポケットからそれを取り出そうとした彼はハッとなった。
また直感的にあることを思い立ち、これしかないという根拠のない自信が涌いてくる。
ヴィンスは懐から邪竜の魔石を取り出した。
アデラに贈るつもりでいた、強大な魔力を秘めた青い石。
ただのポーションよりこちらの方がいいに決まっている。
彼の本能はそれしかないと告げていて、迷うことなくそれを飲み込んだ。
魔女の核によって焼かれていた体の内側は、邪竜の魔石によって凍りついていく。
「ぐっ……」
彼の体の中では、強大な二つの力が反発し合う。
魔女と邪竜が狭い空間で全力をぶつけ合い、死闘を繰り広げているような状態だ。
その余波で体の内部にダメージを負ったが、直接自分を攻撃されているわけではない、とばっちり程度のもので済んだ。
これなら光魔法で治癒しながらどうにか耐えられる。
そして十数分後。ぶつかり合っていた二つの強大な力の輪郭が曖昧になり、境界をなくして徐々に交ざり、溶け合った。
ヴィンスの体に、完全に融合した二つの力が染みていく。
彼の体を優しく包み込み、彼の体そのものを新しい生き物に作り変えるように。
力がしっかり馴染んだ頃には、彼の髪は雪のように白くなっていた。
魔女の核から脳に流れ込むのは膨大な情報。
ありとあらゆる知識や魔法の原理、様々な情報が押し寄せてくる。
それらに紛れて、アデラが最後に抱いた想いや意思が静かに流れ込んできた。
ヴィンスへの想い、他の女性への嫉妬。自分への嫌悪感。
────大好きだから、同じ世界にはいられない。
どうか自分の消えた世界で幸せになってほしい。
アデラは転生魔法で来世に望みをかけて、この世界から消えてしまったと知った。
「……そっか。君はもうとっくにこの世界にはいないんだ」
必死にアデラの核を守ろうとしたけれど、彼女の魂はもうここには存在していなかった。
なんだ、そうか。
そうとなれば、彼がすべきことは一つしかない。
魔女の知識を手にした今なら、彼女と同じことができるはず。
それを成し得るための膨大な魔力も手に入れた。
「待ってて。必ず見つけてみせるから」
そして、今度こそ幸せにしてみせる。
ヴィンスは強い意志を込めて転生の輪を作り出した。
必ず彼女と同じ年、同じ季節、同じ場所に生まれ変われるようにと願いを込めて、光の輪に紋様を書き連ねる。
ありったけの魔力を注いで発動させた転生魔法が、彼の体を包み込んだ。
指先から光の粒子になり消えていく自分を冷静に眺める。
良かった。成功したようだ。
アデラが消えた時と同じ様子に安堵しながら、彼はヴィンスとして生きる世界を捨てた。




