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第2話 宝城母娘と俺


 授業の内容も稔のゴンプラ話すらもまともに入って来ない1日はまるで突風のように過ぎ去った。気がつけばもう帰り道を歩いている。


「まさか、成績優秀、容姿端麗、多くの男子が玉砕したと言われているあの女王様が義妹とな。一度、うちのクラスのイケメン陽キャくんが彼女に告白した場面を見たんだけど、リカ様は冷酷な目で一言……『キモ』って、俺ったら恐ろしくて漏らすところだったぜ」


「まじか……やっぱ容赦ないんだな」


「けど、家族には優しかったり?」


「稔、茶化さないでくれよ〜」


「けどさ、それって実際気まずいよな」


「稔……お前はわかってくれると信じてたよ」


「あの宝城里華がなぁ。側から見ればうらやまけしからん案件だが実際はめちゃくちゃ気を使うだろうし、少しでも嫌われれば親まで失うことになるかもって思うとなぁ……お陀仏お陀仏」


 稔は手をこすり合わせると哀れみの視線を俺に向けた。よく、混浴の温泉では女性が入ってくると男性陣が逃げ出す……なんて言われていたりするがまさにその気分だ。

 イメージでは羨ましいような状況でも実際に事が起こると、変態以外の男性はそれに対して「嬉しい!」とは思わないのだ。


「俺は新発売のゴンプラの塗装があるからさ。まぁしばらくは忙しいけど話ならいつでも聞くぜぇ」


「いい友達を持ってよかったよ、俺は。じゃあ、また明日」


「検討を祈る!」


 稔の背中を見送って、俺は玄関のドアを開けた。父さんの「おかえり」という声、玄関には女性のハイヒールとローファー靴。既に宝城母娘は到着しているようだった。


「ただいま、あ……えっと」


 ダイニングへ行くとテーブルには、スーツを着た美人な女性と宝城里華が座っていた。母親・静香さんがすっと立ち上がると笑顔で「こんばんは」と話しかけてくれた。


「こんばんは、石橋圭です」


「圭くん。はじめまして。宝城静香です。こちらは娘の里華。里華、ご挨拶は?」


「初めまして……じゃないよね。私は宝城里華。よろしく」


「よろしく……お願いします」


 ぎこちない挨拶。美人母娘に見つめられ、失礼とは理解しながらもまともに目を合わせることができない。この二人との生活が今日から始まるのだと思うと緊張と気まずさで吐いてしまいそうだ。


 特に、里華がじっと自分を見つめてくるので視線を上げることができない。彼女はどんな表情をしているんだろうか? その瞳にはどんな感情が宿っているんだろうか?


「石橋くん、この前はありがとう」


「へっ?」


 里華の思いがけない言葉に驚いて声を上げると、彼女の綺麗な瞳と視線がぶつかった。俺が恐れていたような嫌悪とか恐怖とか不安とかネガティブな印象はなく、ただ純粋に少しだけ喜びが見えたような気がした。


「ほら、図書室で会ったでしょう? 私、あの本探してたんだ」


「怠惰の歌?」


「そう。最近ドラマやってたじゃない? ほら人気アイドルがヒロインを演じて話題になった。そこから気になってて……けれど引っ越しも控えていたし買うのはな、と思ってたから図書室で見つけられてよかった」


 優しく微笑む彼女に俺は相槌を打ちながら学校での彼女の印象と今目の前で話している彼女の印象に強いギャップを感じていた。

 女王と呼ばれ、多くの男子たちから憧れの眼差しを向けられてもなおクールで近寄り難い雰囲気のある彼女が、好きな本についてほとんど初対面の冴えない俺に笑顔で話してくれているのだ。


「面白いシリーズだよね、怠惰シリーズ」


「石橋くんも好きなの?」


「うん。全巻持ってるかも」


「そっか、じゃあ買わなくて正解だったかも? うふふ」


 柔らかく笑った彼女は口元を手で隠し目を細めて肩を揺らした。その姿があまりにも可愛らしくて思わず見惚れてしまう。

 目の前にいるのは、イケメン陽キャくんを「キモ」と冷酷に突き放した女王様のはずだ。けれど、彼女は俺との話で楽しそうに微笑んでいる。


「圭くんは大学についてはどう考えてる?」


「ちょっとママ、いきなりそんなこと聞かなくても」


「里華、圭くんは大事な息子になるのよ。しっかりと意思を聞いておきたいと思って」


「もう、石橋くん。気にしないでね。ママ、結構うるさいから」


 そういえば、静香さんは弁護士だと言っていたような。優秀な人だからこそ受験事情が気になるのだろう。


「俺は……あまり優秀じゃないので自分の実力で入れる大学に入学して……その間にやってみたいことを見つけて就職をと思ってます」


「わかった。まさるさんと私といつでも頼ってね。再婚するにあたって圭くんも里華も不自由はさせないと誓ったの。年頃の二人を私たちの勝手に巻き込んでしまって……」


 静香さんは申し訳なさそうに言いつつも父さんと頷き合った。親のこういう場面を見るのはゾワっとするが、父さんが幸せならそれでいいかと笑顔で返事をした。

 俺は、宝城里華が自分が想像したような人間ではなかったことに安堵しつつもこれからは彼女と兄妹として暮らしていく緊張感は解けないままだった。


 なぜ俺の心が少しざわついているのかといえばそれは、彼女と視線があったときに感じたわずかな違和感が原因だ。


——うっとりしたような、少し甘いような女性特有の目線を感じたような


「じゃあ、今日は父さんがトンカツを作っちゃおうかな!」


「あら、じゃあ私も一緒に。子供たちはゆっくりお話でもしていたらどうかしら? せっかく今日は時間があるのだし」


 静香さんのキラーパスに俺と里華は顔を見合わせた。そして、里華が口を開く。


「じゃあ、ご飯できるまでの間に石橋くんに荷解きと本棚の組み立てを手伝ってもらおうかな? いい?」


 そう言って、さっさと階段の方へと行ってしまう里華。呆然とする俺に父さんがキッチンから顔を出していった。


「圭、里華ちゃんのお部屋は3階だよ。工具箱玄関にあったかな? 手伝ってあげたらどうだ」


「わかったよ」


  これから家族になるのだから部屋に二人きりになることになんの疑いも持たないのが普通だと言い聞かせ、俺は工具箱を手に3階へと向かった。



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