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第1話 苦労人の父と俺


 宝城里華との出会いに俺は特段ドキドキもしないまま、通常通りに帰宅した。彼女のような一軍女子は俺のような男には興味もないだろうし。


「ただいま」


「おかえり、圭。ご飯できてるぞ〜」


「ありがとう父さん」


 食卓に並ぶ二人分の肉じゃが定食。父さんはエプロンをささっと脱ぐと俺のために麦茶を入れてくれた。

 母さんが亡くなって5年。父さんは当時勤めていた証券会社を退職し、今は介護士として働きながら男で一つで俺を育ててくれている。


「圭、明日の夕方だけど早く帰って来られるか?」


「あ〜うん。明日は委員会ないし……どうして?」


「いやぁ、急で悪いんだが圭に会わせたい人たちがいるんだ。ほら、前から話していたろう? お父さんが真剣に将来のことを考えている女性がいるって話」


 肉じゃがつまみながら嬉しそうに話す父さんに俺もつられて笑顔になる。母さんを病気で亡くし、失意の底にいた俺たちは支えあって頑張ってきたのだ。俺は父さんが選んだ人なら反対する気はなかったし、もう高校生になったんだ。大人の一人として父さんの選択を応援したい。


 もちろん、人見知りの俺にとって新しい母さんとその子供が来るのはとても緊張するけれど……。


「わかった。で、どんな人なの?」


「そうだなぁ〜。弁護士をしているとかですごく忙しい人でな。出会ったのは老人ホーム。あちらの親御さんが入所しててね」


「弁護士……なんかすげー忙しそうじゃんか」


「忙しい人みたいだよ。でもすごく優しくていい人だ。きっと圭も気にいるよ」


「まぁ俺ももう高校生だし、卒業するまではお世話になるつもりで……。バイトもしようと思ってるけど家のことで手伝えることは今まで通りやるよ」


「圭、ありがとうな、いつも」


 俺と父さんは、母さんが亡くなってからずっと支えあってきたのだ。新しい母さんがきてもそれは変わらない。口に含んだ甘い肉じゃが、父さんの作る和食が好きだ。


「そういや、父さんって忙しい女の人好きだよな。母さんもだったし」


「そうかぁ? 介護士になる前は父さんだって証券会社でバリバリの営業マンだったんだぞぉ。まぁ、母さんには敵わなかったけど」


 俺の母さん石橋美佳いしばしみかは超売れっ子のボイストレーナーだった。数々の歌手のトレーニングやツアーに帯同していたりして、幼い俺にとっては自慢の母さんだった。ところが5年前、突然病に侵され旅立ってしまった。


「で、どんな人なのさ。息子にも見せてくれてもいいんじゃないっすかね?」


「はは〜ん、明日までお楽しみってことにしときたかったんだがなぁ」


 父さんはスマホを取り出しながら陽気に笑った。俺は新しい家族がいよいよできるのだと少し緊張感と、喜んでいる父さんを見る嬉しさ半々だ。


「正直、父さんが好きになって好きになってもらえる女の人ってどんな人なんだろう? って気になるんだよね」


「そうだなぁ、百聞は一見にしかずっていうしな。父さんが結婚したいと思っている人は彼女だ。宝城静香ほうじょうしずかさん。それで、隣に映ってるのが……」


「宝城里華」


 父さんのスマホに写っている美人な母娘はニューヨークタイムズスクエア前で楽しそうに腕を広げている。一人は聡明そうなスーツの女性、そしてその隣で微笑んでいる黒髪の少女には見覚えがありすぎた。


 学園の女王と呼ばれている宝城里華だった。


「なんだ、知ってるのか?」


「知ってるも何も……俺と同じ高校だし」


「あぁ、そういえば里華ちゃんは有舘高校ありだてこうこうに通っているって話していたな。そうそう、圭のことを話しているから知っているかも? もしかして既に学校で話したとか?」


 父さんは呑気に厚揚げにかぶりついたが、俺は気が気ではない。


——宝城里華と俺が……家族に⁈


「いや、そりゃあの人目立つから知ってるけど……ちゃんと話したことはないかも」


「里華ちゃんは早生まれだから……圭はお兄さんか。同じ歳の妹が急にできるなんて複雑かもしれないが、ゆっくり慣れてくれればと思ってる」


「が、頑張ってみるよ」


 俺は白米を結構多めに口の中に突っ込んで気持ちを落ち着ける。まさか、宝城里華が俺の義妹……⁈


 夕方、図書室であった彼女を思い浮かべる。流れるような黒髪、少し異国風の整った顔にあの不思議な色の瞳。気の強そうに跳ねた目尻に薄くてキュッと閉じた唇。自分がこんなにも詳細に覚えていることに気持ち悪さを感じつつも、彼女の美貌のせいだと心の中で言い訳をする。


「そうそう、言い忘れていたんだけど新しい家ができるまで明日から静香さんたちはうちに来てもらうことになってるから」


「父さん」


「ん? どうした? バイトの話か?」


「そういう……そういう大事なことは、前日にいうなってあれほど言ったじゃないか!」


 俺がわっとコミカルに叫ぶと父さんはケラケラと笑う。ちなみに、本気でやめてほしいと思っている。父さんのこの「サプライズ癖」には母さんも頭を抱えていた。本人に悪気がないのもまたタチが悪い。


「悪かった悪かった。今日は父さんが洗い物当番変わるよ」


「風呂掃除もな」


「圭は厳しいなぁ〜。まぁ明日に備えて仕方がない。父さんがやるよ」


 父さんに家事の全てを押し付けて、俺はベッドに潜り込んだ。明日から、宝城里華が俺の妹になる。その事実が着々と迫っている。

 学園の女王と呼ばれている彼女と一つ屋根の下での生活が始まり俺たちは家族になるのだ。


 こんな急展開、心がもたない……⁉︎


 結局俺は一睡もできないまま、スマホのアラームを止めることになったのだった。






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