表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/30

5.逃げる者は追わない派



 ダリウスが馬から下りる。

 エルフの少女はダリウスが自身を見ていることに気づくと、横転した荷台に慌てて戻ろうとした。そのローブのフードをダリウスがつかむ。


「待て待て待て待て。何もしない」


 くるり、振り返る。

 愛嬌のある大きな目だ。瞳は森の木々のように緑がかっていて、髪の毛は肩甲骨あたりまである絹糸のような銀色――だが、陽光を反射する箇所だけがプラチナのように金色に見える。年齢はエルフゆえに不明。人間にあてはめれば七歳八歳といったところか。


「ほんと……?」


 か細く震えた声だった。よほど恐ろしい目に遭ってきたに違いない。

 とんでもなく整った顔だ。まるで作り物のように。噂には聞いたことがあったが、エルフとはこれほどまでに人とは違うものなのか。


「ほんとだよ。かわいいお嬢ちゃん。ほら、おじさんの目を見てごらん? 森の湖のように透き通った綺麗な瞳をしているだろ? 湖だけに、(イケ)オジっていうんだぜ?」


 ニヒルな笑みを浮かべる。


「……あなたはロリコンですか……?」

「違うよっ!?」


 少女がダリウスをまじまじと見上げた。少し考えるような素振りを見せたあと、再びガサガサと荷台に戻ろうとする。ダリウスはフードをつかんで止めた。


「俺が悪党面みたいな行動やめろ!? 傷つくだろうが!?」

「……」


 ぶんぶんと首を左右に振った少女が、ダリウスの背後を指さした。

 それに釣られてダリウスが振り返ると、十数名の男らが抜き身の剣を持って近づいてきていた。

 どいつもこいつも足や腕を負傷し、怒り心頭といった顔色だ。不思議だ。ただ落馬させただけなのに。鍛え方が足りないのではないだろうか。

 ダリウスがエルフの尻を掌でポンと押して、横転した荷台の中へと戻す。


「やっぱ隠れてろ」


 少女は無言でガサガサと荷台の中へと戻っていった。

 なんか虫みたい。デリカシーに欠けるこの男は、彼女の背中を見つめながらそんなことを思う。

 ちょうどそのとき、ロットナーが戻ってきた。


「御者はどうだった?」

「だめだ。何かを言いたそうにしていたけれど、すぐに事切れてしまった。それよりさっき子供がここにいなかったかい? 御者の言いたかったことはその子のことかもしれない」

「ああ、荷台から出てきた。詳しくはあとで話す」


 賊から奪った抜き身の剣を肩にのせ、ダリウスは立ち上がる。賊の男らは荷馬車を取り囲むように、こちらを警戒しながらじりじりと展開している。

 どうやらやる気らしい。

 ロットナーが囁いた。


「もう一発でかいのをぶっ放すかい?」

「馬車の荷台をひっくり返す威力だろ。この距離じゃ殺しかねんぞ。ひとりずつ処理しようや」


 ましてや落馬程度で骨を折ってしまう程度の鈍くさい相手では。


「面倒だねェ」


 包囲網が完成したらしい。

 全員、黒布を目元を隠すように巻いている。どうやらあれが一派の証のようだ。一際大きな肉体をした男はうまく巻けなかったのか、首に巻いていた。顔面が丸出しだ。

 その男が口を開く。


「荷を返してもらう」


 地の底から響くような、だが掠れた声だった。


「そいつぁどれのことを言ってんだ?」

()()()だ」


 ダリウスが問う。


「そりゃ()()()もか?」


 大男の隣に立っていた別の男がニヤけながら言った。


「聞こえなかったのか? 荷台の中にあるものすべてと、おめえらが持ってるもの全部。それと逃がした馬の代金に壊された馬車の代金。ああ、払えなきゃ命でもいいぜ」


 下品な笑い声が周囲から何重にも耳に入る。

 そもそも荷馬車はこいつらのものとも思えないが、どのみち払えそうな額ではない。借金の形に財産を差し押さえることは法律で許されているが、当然、命は抵当にできない。

 ロットナーがそのような法律を作るわけがないのだから。


「だとさ。どうする、ロットナー」


 視線を送ると、ロットナーがすっとぼけた顔で肩をすくめた。

 その直後、とてつもない早業で魔導銃を持ち上げ、大男の顔面を打ち抜いた。強烈な風の弾丸を大きな頭部で受け止めた大男は、それだけで歯と血をまき散らしながら仰向けにぶっ飛ばされ、背中から地面に落ちて動かなくなった。

 手にしていた大曲剣(カトラス)は、一度も振られることなく街道に転がっている。

 ロットナーが楽しそうに口を開いた。


「頭がでかいからあてやすかった」


 ダリウスが額に手をあて、呆れたように言う。


「……おまえ、俺よりだいぶ気が短えよな」


 ロットナーは悪びれた様子もなく、キョトンとした顔をした。


「いやいや、私は臆病でねえ。話が通じないなって判断したから次の段階に進めただけだ。どうせ早いか遅いかの違いだろ」

「それを気が短えっていうんだ。もしかしたら説得に応じるかもしんねえ――」


 その言葉が終わる前に、怒声を上げて男たちは剣を構えて一斉にふたりへと襲いかかってきた。


「ほらね」

「ああ、まあ……」


 剣の間合いまで入れば魔術師など恐るるに足らず。それが剣士界隈の常識だ。魔術師は最小威力の魔術であっても、至近距離で放てば自身をも巻き込んでしまうからだ。

 数名を接近前にロットナーが倒すも、多くが抜けてくる。ロットナーが剣の間合いに捉えられた。

 だが。そう、だが。ここには、もうひとり。


「ぬんッ!!」


 風を纏うような銀の一閃――!

 ダリウスが振るった剣の一撃が、同時に三人の武器を薙ぎ払う。バギャっと凄まじい金属音が響き渡り、受け止めた勢いで男らが後方へと大きく吹っ飛んだ。


 剛力。それはもはや人間の範疇を超えている。

 距離が開いた瞬間、風の弾丸が三人の男らの胸部中央を穿つ。骨の砕ける音を響かせながら口から血を吐き、男らは背中から街道へと叩きつけられた。


「さすがは剣奴王」

「いやヌルィわ。ブランクが十年あったって、この程度の賊は相手になんねえ」


 振り下ろされた剣を下段から叩き上げて空中を舞わせ、強力な蹴りで距離を押し放す。その胸部に風の弾丸が名中した。


「そもそも賊ってのは弱者を相手に武器で脅して金品を奪うことが専門の、剣士としちゃあハナタレ以下だ。ヘタすりゃ殺しすらしたこともねえ。てめえの命を懸けてコロセウムで戦ってた剣奴と比べてみろ。屁でもねえ」


 ロットナーの背後から薙ぎ払われた剣を振り返りもせずに、自身の剣ではじき返し、手首を返して剣の腹でその頭部を叩く。ゴッ、と鈍い音がして、男が力なく膝から崩れ落ちる。


「わはははは、違いない」


 男らの剣を嘲笑うかのようにヒョイと躱したロットナーが、軽く後退しながら風の弾丸を放つ。腹を穿たれた男は笑える勢いで地面を何回転も転がって気絶した。

 半数ほど倒したあたりで形勢をようやく理解したのか、賊の一派が後ずさる。


「逃げるなら別に追わねえぞ~」


 ダリウスがそう言った瞬間、彼らは悲鳴をあげながら背中を向け、一塊となって逃走を開始した。ダリウスの隣でガチャンと音が響く。


「~~♪ ~~♪」


 鼻歌交じり。ロットナーが一丸となって逃げる男らの背に向けて、威力を上げた魔導銃の銃口を向けた。そうして躊躇いもなく引き金を絞る。

 細い筒の先に魔方陣が浮き上がり、そこから風の大魔法が放たれた。荷馬車の荷台を巻き上げた竜巻だ。


 渦巻く突風と化してふたりのコートの裾を大きくなびかせたそれは、逃走する賊の一団の背後から襲いかかり、彼らを空高く舞い上げて――……地面に叩きつける。

 ロットナーが魔導銃をくるくると取り回して、コート裏、腰のホルスターへと収めた。

 呆れたようなダリウスの視線に、ロットナーは言い訳をすべく口を開く。


「追わないが、撃たないとは言っていない」

「……なるほど。ひどい理屈だ」


 もはやふたりを除いて、街道に動く影はなかった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あれ、賢者って、、、 [一言] 賢者って、、、 賢い者って書くよね、、、 だから追わないとは言ったけど、撃たないとは言ってないよってことかな、、、 言葉ってムツカシイヨw
[良い点] 新作投稿ありがとうございます&連続更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 寂しい青春時代を取り戻さんとするおっさん二人組の気ままな度になる筈が初っ端から蹴躓いてトラブルに巻き込まれる辺り、きっとそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ