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4.暴走馬車






 ラルシア帝国の帝都から西へ徒歩三日ほど。そこに目指す温泉地であるエイラの村がある。一夜を野宿で過ごし、上がり始めた太陽の下、街道を行く長いコートを羽織ったふたつの影があった。

 ダリウスが隣を歩く相棒に、ため息交じりにつぶやいた。


「おい、ロットナー。えっちらおっちら歩いてねえで、得意の転移魔術でビューンと行けねえのかよ。互いにもういい歳だ。一瞬だって無駄にできねえと思うがね」

「いいね、その言い方。青春っぽくて。まあ若いのと違って先はないんだけど」

「第二のだからなー。ぶはははっ。……あ~野宿は腰に響きやがる」


 その皮肉にロットナーも笑う。


「私もだ。ふふふ」


 言い分はわからなくもない。夜はずいぶんと冷え込む。朝日がようやく射し始めたいまも、長いコートを羽織ってどうにかと言ったところだ。


「けれどあいにく、転移魔術はそんなに万能なものではないのだよ。出発点と着地点の両方に魔方陣の記述が必要でね。エイラの村にそんなものは描いていない。だから昨日キミの脱出が遅れたんだよ。私が安全な脱出点まで移動していたからね」


 昨日の夕方に合流した、帝都を見下ろせる丘のことだ。帝都防壁外までは巡回騎士もやってこない。


「それに距離にも制限がある。長すぎると時空の狭間でどっか消えちゃうしねえ」


 ダリウスが赤い短髪を掌で掻き上げて言った。


「怖えよ!? そういうのは先に言っとけ! つーか、思いの外使えねえな~」

「まあまあ。魔術なんてそんなもんだよ。ま、苦労も旅の醍醐味だ。その分辿り着いたときの酒や料理はうまくなり、温泉は疲れを癒す。何より女は一層美しく映える」


 両腕を広げて太陽に向かい、ロットナーは楽しげに朗々と続ける。


「それを心の拠り所にして進もうではないか!」

「ほ~んとにぃ? 期待しちまうよ、俺ぇ?」


 ダリウスがコロセウムに収監されたのは男盛りの二十歳だ。それから十年を剣奴として戦い抜き、さらに十年を皇帝として過ごした。

 女性経験の乏しさは言うまでもない。だがすでにその年齢のせいで、すっかりと初々しさは消えていた。ロットナーにはそれがおもしろい。さらには剣奴から剣奴王に留まらず、あまつさえ一国の皇帝にまで上り詰めたときたもんだ。

 なんたる奇想天外な運命か。

 ダリウスの人生を観察するのは、帝都で流行りの観劇よりもおもしろい。


「ほんとほんと。なんたって私は何でも知っている〝賢者〟だからね」

「胡っ散臭え~。一介の剣奴が皇帝にまでなれる世の中だ。肩書きに何の意味があるんだか」


 石畳の街道を、魔物革製の靴の足音を響かせてふたり歩く。

 この石畳は隣国の商人を帝都まで呼び込むため、ロットナーの発案でダリウスが命じて領内に敷かせたものだ。むろん財源は閉鎖したコロセウムの運営費用から捻出した。貴族からも少々搾り取りはしたけれど。


 街道の左右には昼夜問わず煌々とした白い光を放つ魔導灯が一定間隔で設置されている。これは多くの魔物が嫌う光属性の晶石を収めたものだ。

 おかげでダリウス政権下にあった十年間、帝都は外交によってずいぶんと潤った。ゆえに皇帝ダリウス・マクスミランの評判は、平民からは上々、貴族からは下々となったのだった。

 そんなことを思い出しながら歩いていると、遥か後方、帝都方面から一台の荷馬車がやってきた。


「お。ちょうどいいや。しばらく乗せてもらおうや。――お~い!」

「いい人だといいね……え……」


 ロットナーの言葉が途切れた。


「……なんか様子がおかしくない?」


 妙だ。繋がれた二頭の馬は全力で駆けている。ぐんぐん近づいてくる。

 それはダリウスやロットナーを目視できる距離にあってさえ、さらに車輪は外れんばかりに激しく回り。


「お~……い?」


 石畳を削る勢いで荷馬車が迫った。まるで減速などしていない。


「ぬお!? よよ避けろ、ロットナー!」

「おわあああ!?」


 同時に左右に飛びながら、ダリウスは目を見開く。

 通りすぎる荷馬車。御者席には首に矢を受け、かろうじて片手で手綱を握っている年寄りの姿がある。


「おいおい……」


 だがどうしようもない。人間が走って追いつける速度ではないからだ。


「見たまえ、ダリウス!」


 ロットナーの指さす先、やはり帝都方面から馬の一団がやってきていた。手には剣や槍、斧などの武器を持っている。


「追われてんのか!?」


 帝都の騎士団ではない。武器同様、その姿は均一のものではなく様々だ。

 賊の類だ――!

 荷馬車の速度以上の速さでぐんぐん近づいてきている。

 ならばどうするか。言うまでもない。考えている暇もない。

 何せダリウスはもう地を蹴っていたのだから。


「おらよ――ッ!」


 一団が通り過ぎる瞬間、ダリウスは街道の真ん中へと駆けて跳んだ。次々と賊らしき男らが通り過ぎていくのを空中で見ながら、最後尾の男の馬へとかろうじて取り付く。

 男が驚愕に目を見開いた。


「なっ!? てめ、何者――」

「剣と馬、もらってくぜぇ」


 言うや否やダリウスは男の腰から剣を引き抜き、あっという間に彼を馬から蹴り落とした。剣を口に咥えて右手で手綱を握り、その場で旋回するように馬を走らせながらロットナーへと左手を伸ばす。


「――ッ」

「……っ」


 ロットナーがその手をつかんだ瞬間、片腕で引き上げて後方に座らせ、馬の腹を蹴った。


「勘弁してくれたまえ。私はキミと違って荒事は苦手なのだが」


 ダリウスは咥えていた剣を左手の中へと落とし、ニヤけ面で言う。


「そのよく回る口を閉じとけ。舌を噛む。いや、やっぱあれだ。――殺さん程度に魔術をぶちかませ。馬車は巻き込まんようにな」

「なんと注文の多い」

「できるだろ?」

「当然。だが口の出番はないね。私にとっては詠唱など、もう古くさい儀式にすぎない」


 ロットナーは懐に手を入れる。引き出されたのは杖――ではない。細長い筒に握りと引き金のついた金属製の物体だ。


「魔導銃という。まだ試作段階だが、杖と同じ機能がある。詠唱は不要だ」

「そんだけペラペラ喋ってたら詠唱してるも同然だろうが」

「わはは、自慢くらいさせてくれたまえよ。せっかくのお披露目なのだから」


 馬は駆ける。荷馬車を追う賊の一団を追って。


「もっと近づけたまえ。距離があっては威力の精度が下がる。馬車を巻き込みかねん」

「無茶を言うな! こっちゃふたり乗りだぞ! 馬がバテたら引き離される一方だ! 撃て、もう撃っちまえ!」

「仕方ない。巻き込んだときは一緒に謝ってくれよ」


 そうつぶやいた直後、ロットナーが引き金を絞る。


「風精弾――!」


 途端に騎馬の一団の中心から不自然な突風が上空へと渦巻きながら凄まじい勢いで噴き上がった。街道周辺の砂利や草木を巻き上げ、騎馬の一団をも浮き上がらせる。驚いた馬が足を空転させ、男らが次々と落馬していく――が。


「おお。どうにかうまくいったようだ」

「さっすが……あ?」


 街道が緩やかな左カーブに差し掛かり、荷馬車の荷台の左車輪が浮き上がって――そのまま凄まじい音を鳴り響かせ、荷台が倒れてしまった。

 飛び出した荷物が散乱する。


「おいおい……」


 落馬し、呻く男らの真ん中を堂々と馬で駆け抜けながら、ロットナーは虚空を見上げた。


「いまの、私のせいかね? 宮廷魔術師辞めちゃったし、弁償はもう無理なのだが。お給料はまだもらえるかい? 皇帝陛下殿?」

「俺だってもう文無しだよ! 言ってる場合か! ロットナー、おまえは御者の無事を確かめろ!」

「はいはい」


 速度を落とした馬からロットナーが飛び降りた。ダリウスは横転した荷台へと馬を寄せていく。客車でなくてよかったと心から思う。


「はぁ~……」


 胸をなで下ろす――が、その直後、彼は目を丸くした。

 なぜなら荷台の幌の隙間から出てきたものは、木箱に入った果物でも鉱石でもなく、輝く太陽の光のような色の髪から長い耳を生やした、小さく幼いエルフだったのだから。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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[気になる点]  剣を咥えて、普通の話しことばというのは、少々違和感があります。
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