29.チャチな永遠
足も、肉体も、男性機能も足りなかった哀れな魔術師の最期に、ふたりの少女は視線を逸らす。その背中をダリウスが軽く叩いた。
「行くぜ。シエル、レニ。急がねえと大型の魔獣が動き出しちまう」
「……はい」
「おー」
シエルとレニに肩を借りながら途中まで来て、宝石化が完全に解けたところで逆にふたりを両脇に抱え込んだ。
「ひゃん! ダ、ダリウス様……!?」
「舌噛むから黙ってろっ!」
そのまま魔物らが入り乱れながら暴れる空間を走り抜ける。
爪が頬を掠め、魔物や魔獣が全方向から襲いかかってきた。ダリウスはそれらをステップのみで紙一重で躱しながら、全力で駆ける。
翼持つ四肢。合成獣の噛みつきを跳躍で躱して脳天を踏み、飛び越える。
「――っ」
瞬間、息を呑んだ。
上空。大型魔獣ワイバーンの影に飲まれたのだ。剣を使うにはふたりを放さなければならない。だが、そのような暇などもう――。
三人に襲いかかるワイバーンが、突然何かに打ちつけられたかのように吹っ飛んだ。
地上へと続く扉の前で、ロットナーが魔導銃を構えている。
「ナイスタイミング! 助かったぜ、ロットナー!」
「急げ、ダリウス!」
魔導銃での援護射撃だ。
そうして三人が宝石像の間から出口の階段に飛び込んだ瞬間、ロットナーが扉を叩きつけるように閉ざした。
四者が同時に階段に崩れ落ち、安堵の息をつく。
だがダリウスは、その次の瞬間にはもうロットナーの襟首をつかんでいた。
「ロットナー、人間は全員運び追えたのか!?」
早すぎる。常識で考えれば、まるで時間が足りなかったはずだ。宝石像の間には、相当数の像があったのだから。
だがロットナーは口元を曲げて笑う。
「当然だろ。私を誰だと思っているんだい。ラルシア帝国にその人ありと謳われた〝賢者〟だぞ。人間はもちろん妖精まで、無害なものは片っ端から〝転移〟させたよ。……おかげで魔力がすっからかんだ」
「……! ああ、その手があったか!」
納得した。同時に安堵も。ロットナーの固有魔術が転移でよかった。本当に。
妊婦や子供を魔物の暴れるこの部屋に閉じ込めていたのならば、この疲れた肉体を引き摺ってもう一度突入せねばならないところだ。生存の可能性は皆無であったとしても。
「キミたちを逃がすために、脱出用の魔方陣を街中に作っておいたのが功を奏したよ。まさかこんなに多重発動で転移させないといけないとは思いもしなかったけれど」
「何だよ。偶然の産物かよ」
「当然だろう。――ま、何にせよ結果オーライだよ。お疲れさん、ダリウス」
「ありがとよ、ロットナー」
互いに片手を挙げてタッチを交わす。
「今回の一件、評議会には私の方からまた書面で報告を入れておくよ。いつまでも領主不在というわけにはいかないからね。今度はよい領主を選んでもらいたいものだ」
「一応言っとくが、俺はランベールを殺してねえぞ。むしろ助けようとした。結局魔物に喰われちまったけどな」
あの瞬間、死を選んだのはランベール自身だ。選んだというよりは受け容れた、か。
ぐじぐじと胸が疼く。
結局ジェラルド・ランベールは悪人だったのだろうか。己の欲望のためのみに、人々を宝石化していたのだろうか。
いまとなっては、もう――。
「ま、仕方がないと思うよ。さすがに今回はね。さて、と。そろそろこの館から脱出したいところだ……が」
「上は大騒ぎになっていたりするのか?」
ロットナーが肩をすくめた。そうして唇を曲げて嫌味をつぶやく。
「かなりね。どこかの誰かさんの浅知恵のせいで、私はひとりでランベール伯の私兵を片っ端からぶっ飛ばしながら、街中を走り回る羽目になったんだからねェ? んん? それで自分が死にかけてたんだから、救いようがないねェ? ダリウスくぅ~ん?」
「す、すまん。反省してる」
「ま、今頃は郊外に駐屯していた騎士団も到着しているだろう」
階段に腰掛け、ダリウスはうなだれる。
背負った扉の向こう側では、魔物や魔獣の殺し合いが展開されていることだろう。先ほどから剣呑な鳴き声と悲鳴、そして震動が断続的に続いている。
「増援まで到着済みとは。勘弁してくれ」
「ちなみにここはまだ安全だ。戦乙女の宝石像にされていたお嬢さんは逃がしてしまったけれど、台座で階段だけは塞いできたから。誰も私たちがここにいることには気づかない。館中を捜し回っているだろうけれどね」
やけに静かだと思っていたら、階段に腰を下ろしていたシエルとレニが、互いにもたれかかるように寄り添いながら眠ってしまっている。
「……あー、お疲れのところ悪ィんだが、もう一転移頼めるか?」
「空っぽなんだって。魔力が。すでにかなりの人数を転移させたのだぞ」
「そこをなんとか。こっちはもうガキふたり抱えて追いかけっこする体力なんざねえよ」
宝石化は恐ろしいほどに体力を使うものだったらしい。考えてみれば自分の肉体を無機物である宝石へと変質させるのだ。当然と言えば当然か。
ロットナーが苦笑いでつぶやく。
「せめてもう少し休憩をくれ」
「わかったよ。――そういえば、どうして絨毯に剣を突き立てたら、宝石化が解けたんだ?」
ロットナーが口髭を指先でしごきながら事も無げに言った。
「それなら簡単だ。部屋の形状を見てすぐに推測できた。部屋全体の足下に巨大な魔方陣が描かれていて、雑にカーペットで隠していただけだろうとね」
魔方陣の外周というものは例外なく丸い。すべての魔力を余すことなく循環させ続ける形状でなければいけないからだ。
そう前置きをして、ロットナーは説明する。
「魔術ってのは私のように繊細なんだ。魔方陣の傷一つ、詠唱の一文字の違いのみで発動しなくなったり、まるで別物の魔術が発動したりする。況んや、剣の傷など以ての外だ」
ダリウスは疲れたため息をついた。
「……宝石化は結界内のみか。ずいぶんとチャチな永遠だな。ちなみに奴さん、ラルシア帝国の〝皇帝陛下〟には興味なさそうだったが、肉体美を誇る〝剣奴王〟の宝石像だけは、どうしてもほしかったらしいぜ」
悪友はいつものごとく、大仰に仰け反りながら容赦ない言葉を発する。
「おお。それはまたずいぶんと趣味の悪い男だねェ」
「くかか、まったくだ」
不良中年ふたり組、ここへ来て朗らかに笑うのだった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
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ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
最終話は数日おいてから投稿する予定です。
続けるかどうかはすみません、未定となります。




