28.満たされる渇き
その瞬間――。
突然、ロットナーの大声が円形の部屋で反響した。
「ダリウス! 肩がまた動くのであれば、足下に剣を突き立てろ!」
「――!」
判断は一瞬。
なぜ? などと考えはしない。
反射的だった。この世で最も信頼する友の言葉だ。一瞬の疑いもない。
「おお――!」
ダリウスは柔軟な肩を強引に回し、順手で持った剣を足下のカーペットへと突き立て、倒れ込みながらそれを引き裂いた。
「なんだと――っ!?」
ランベールの表情が歪んだその瞬間だ。
透明な空間にヒビが入り、グラスが砕けたような音が鳴り響いた。だが、実際の空間に変化はない。それでも確かに。
最初に小さな小鳥が動いた。羽ばたこうとして失敗し、草食獣の背から転がり落ちるも、地面で再び羽ばたき、ついに天井近くにまで飛び立つ。
ランベールが歪んだ表情で頭を抱えた。そうして弱々しい声を震わせる。
「ああ、ああ……。わ、私の愛の結晶たちが! な、なんということをしてくれたのだっ!」
どんどん宝石化が解けている。
「お、お客……」
レニが動き出す。宝石化が徐々に戻っていっている。
だが上腕から先、大腿部から先の宝石化が残ったままだ。それでも獣人は四肢を使って立ち上がり、ふらふらとこちらに歩いてきた。
「来るな! 先に逃げろ、レニ!」
小動物からだ。彼らは動き出し、パニック状態で地下室内を走ったり飛んだりしている。
宝石化はいずれ解ける。だが、これはまずい。大型の魔物や魔獣が動き出せば、人々の宝石化が解けてもとんでもない被害が出る。
ダリウスは大声で叫んだ。
「ロットナー! どこにいる!? 人々の形をした宝石像を運び出せ! 子供が優先だ! 急げ!」
「もうやっているよ!」
パニックになって走り回る小さな魔物らが、ランベールの足にぶつかった。ランベールはよろけて転び、宝石でできた杖を手放す。
「わ、私の杖が――ああ! た、立てない。ああ、ああ……」
ランベールが地を這いながら、杖へと近づいていく。
「お? ……ほいなっ」
だが伸ばした手よりも先に、レニが杖を蹴って遠ざけた。
そのままダリウスの前まで駆け寄ってくる。
「どーだ、お客! レニ活躍だー!」
「馬鹿野郎! 先に逃げろって言ったろうが! 大型の魔物が動き出したら――っ」
「うー?」
ぐっ、知能が……!
そもそも、あの杖はおそらくただの歩行用だ。古代文字が表出していない以上、魔術とは関係がない。いつまた宝石化が始まるかわからない。
とにかくいまはシエルを抱えて――! 早く、早く戻れ!
だが手足の宝石化は焦りとは裏腹に、ゆっくりと解除されていく。ダリウスの恵まれた体格が裏目に出てしまっている。
「ダリウス様!」
背後からシエルの声がした。
「シエル、戻ったか!」
「は、はい。ですが、これは――」
室内はもはやパニック状態だ。小型の動物、魔物や魔獣が駆け回り、半身の宝石化が解けた人々は恐慌に陥り、大型の魔物や魔獣は、未だ解けぬ宝石化に対し怒り吼える。
やつらが動き出せば、この部屋は血の海と化すだろう。
シエルが宝石化した足を引き摺りながら、ダリウスの左腕の下へと潜り込む。少し首を傾げたあと、レニも同じく右腕の下へと潜り込んできた。
「お運びします!」
「レニもー」
ふたりの少女に引き摺られながら、ダリウスは転んだままのランベールに視線を向ける。両者の目が合った。
ランベールが弱々しく震える声を出す。
「どうして。どうしてみんな行ってしまうのだ。肉体の持つ最高の瞬間を永遠のものにしてあげられるというのに……。なぜみんな、私の愛を拒絶する……」
「でっけえお世話だからだよ、馬鹿野郎。愛なんざ俺も未だによくわかっちゃいねえけどよ、与えるもんじゃねえのかよ」
「私は永遠の美を与えたんだッ! 私が生涯一度たりとも持ち得なかったものをッ、彼らに与えたんだッ!! なのに――」
ダリウスが首を左右に振った。
「逆だ。てめえは奪ったんだ、ランベール。自分の最高の瞬間なんざ、自分自身で決めりゃいい。てめえの時間が止まっちまってるからってよ、勝手に決めつけて他のやつらの時間まで止めてんじゃねえよ」
「……」
「いいか、よく聞けランベール。――俺らァ、まだまだこっから先があんだよ! これまでよか最っっっ高に楽しい人生が待ってる! 歳食ったって、毎日笑って泣いて飯食ってりゃ、最高だろうがよ! ……てめえのしてきたことなんざ、ただのでっけぇお世話なんだよ!」
その言葉にランベールが目を見開いた。
「いまが、この瞬間こそが、最高ではなかったということか……」
「あったりめえよ。生きてる限り最高が続くんだ。だからよ、おめえも罪を償ったら、今度はしっかり目ぇ見開いて、こっから先の俺たちを見とけ。見守ることも愛だぜ。そして、そういう人生も、きっと楽しめる。くかか、ちょいと老人みてえだけどな」
少し照れくさそうにそう言って、ダリウスはランベールへと宝石の手を差し伸べる。
「つかめ、ランベール。来い」
まだ間に合う。誰も犠牲者は出ていないのだから。
ジュリアス・ランベールはまだ誰も殺してはいない。
「これが……与えられるということ……。……しかし……私は――」
だがその瞬間、走り込んできた剣歯虎がランベールの首筋へと喰らいついた。ランベールは悲鳴すらあげることなく、目を細めながら瞬時にしてその死を受け容れる。
血飛沫が弾け飛び、シエルが息を呑んだ。
小さなエルフに視線を向けて、死の間際にランベールは微笑む。
「いいんだ……。もう……。すまなかった……。……悠久を生きる……美しき少女よ……」
死を受容したランベールの瞳はとても穏やかだった。
最期にようやく、彼の渇きは満たされたのだから。
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