27.剣奴帝は覚悟を決めた
宝石化はダリウスだけではない。レニもだ。
「いつの間に――っ!?」
魔術を使われたか!? いや、そのような瞬間はなかったはずだ!
「うわっ、レ、レニが、レニがキレーな石になる! うわーっ、助けて、お客ぅ!?」
ランベールに飛びかかるべく膝を曲げたのが最後だった。動かなくなってしまったのだ。足が。剣を構え膝を曲げたまま、ぴくりとも。
ならばと剣を投げようとしたときに気づく。指先が宝石化している。腕は振れても柄を手放せない。どうやら宝石化は肉体の末端から進むらしい。
「ぐ……!」
ランベールは満足げに微笑み、興奮した口調で言った。
「陛下。いえ、剣奴王ダリウス・マクスミラン様。どうかその体勢、その憎しみを称えた雄々しき表情、そのままに。いままさに私に斬りかからんとするあなたこそ、剣奴王の称号に相応しき宝石像となりましょう。実に雄々しき姿ですぞ」
クソ、詠唱すらなかったぞ!?
ロットナーは言う。魔術とは、その影響規模が大きくなればなるほど、詠唱は長くなる。それをいくらかでも縮めるために、魔術師は古代文字の刻まれた杖というものを持つ。ロットナーは魔導銃というものを自身で開発したようだが、ランベールはさしずめ――。
足の悪さを補うための杖がそうか。
ならば。
ダリウスは身を屈め、低身長のためすでに腹下まで宝石化していたレニの首根っこを咥えた。やれる。まだ腰から上だけは動く。
「んぐっ」
「お? おお? この首を噛まれる感じ、ハハを思い出すな~。お客、レニのハハか!?」
「違うわッ!」
そうして動かない足を除いて腰から胴体、そして首を振り、思いっきりレニを口で放り投げた。
「んがぁっ!!」
「うわーっ」
レニはランベールの頭部の遥か上方を飛び越えて、やつの背後にべちゃりと胴体から着地した。少々痛かろうが、獣人というものは頑丈だ。
ランベールの視線はこちらに向けられている。新たに杖を使った形跡はない。これでレニは魔術の影響外に逃れられたはずだ。
「レニ、ロットナーを捜せっ!! 俺はもう動けんっ!! このことをやつに伝えろっ!!」
「はへ? でもレニ、足がキラッキラの宝石だからなー。走れんわ~」
妙だ。レニの足が戻らない。それどころか指先はもちろん、もはや腕の付け根あたりまで宝石化が進行しつつある。
ダリウスの脳裏に不安がよぎった。
まさか不可逆なのか。この魔術は。いや、いや、違う。永遠の魔術など存在しないと、いつかロットナーが言っていた。そんなものがあれば永遠の生命を持つ魔術師が存在しているはずだ。
考えろ。何か絡繰りがあるはずだ。
「無駄なことはおやめくだされ、ダリウス様。体勢が崩れれば宝石像の美しさにも支障が出てしまいましょう」
「やかましい! てめえのコレクションにされるくらいなら、変顔キメて固まってやらァ!」
「ほほ、それもまた一興。剣奴王の新たなる面ですな。悪くはございませぬ。あなた様が選ぶのであらば、甘んじてそれを受け容れましょうぞ」
「ぐ……っ」
ぴき、ぴき。
肉体のあらゆる部分から硬質の音が鳴り出している。足はもはや大腿部を超えて腰部まで宝石化した。腕も肘から先がもう動かない。レニはカーペットに転がったまま、首から下全体がすでに宝石化しつつある。先ほどまで発していた緊張感皆無な声も、ついに途絶えてしまった。
肉体が小さい分、進行が早いらしい。
「思考にて宝石化に抵抗する脳は、最後まで残ります。どうぞ後悔されませぬよう、宝石像と化す前に表情や仕草をお決めくだされ」
「必ずてめえを殺してやる――!」
「そう、その意気ですぞ、ダリウス様! 剣奴王たる雄に相応しき、怒れる表情! やはりあなたはその表情が最も美しい! ……足りぬ我が身の、大いなる憧れです」
大腿部から腰までが宝石化した。もう一歩も動けない。
「私は、あなた様のように生まれたかった」
「あ?」
「幼少期より走ることすらままならず、成長するにつれ肉体の様々な機能を失い、この年齢まで生き長らえたことすら奇跡と医療魔術師には言われる始末。当然、病床でも愛してくれたのは両親だけでした。そんな私を哀れんだ父に初めてコロセウムに連れられた日のことは、いまでも鮮明に思い出せます」
あいかわらずランベールは詠唱をしていない。雑談をしているだけだ。ずっと。
「そこで戦うあなた様は美しかった。野獣のように牙を突き立て、他の剣奴も、襲いくる魔獣も、その力で屠ってきた。その日の相手は人ではなく剣歯虎でした。覚えておいででしょうか。あなた様はやつめの牙を左手でつかみ、右手の剣でその素っ首を叩き落とした」
伏兵魔術師の存在も疑ったが、手練れなのか、あるいはそもそも存在しないのか、気配がつかめない。
「そうして雄々しく吼えたときに、私の心はダリウス・マクスミランに奪われたのです。人でありながら野生、野生でありながら理を持つ人。以来ずっとお近づきになりたいと願いながらも、父亡きあと、貴族派筆頭のローウェン公に逆らうことままならず。歯がゆく思うておりました」
無力な己に怒りが募る。目の前の狂人に憎しみが募る。募れば募るほどに、ランベールは歓喜する。それがまた腹立たしい。
「くだらねえな、ランベール! ダチになりてえならよ、んな鎖なんざ引き千切ってでもてめえの足で歩いてこい! 俺はてめえのことなんざ何も知らねえ! 一方的な愛情なんざクソ喰らえだ!」
少なくともロットナーは貴族派から睨まれるのを知った上で、王宮内で孤立するであろうことを理解した上で、知恵も力も貸してくれた。
だからあいつを信じた。親友だといまでも思っている。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。……それでも、私は……このような形でしか……」
腹まで宝石化したとき、ついに強靱なダリウスの心も折れる。もはや両腕すら動かない。
せめてランベールの望む怒れる剣奴王ではなく、助平に鼻でも膨らませた間抜け面をして固まってやろうと覚悟を決めた。
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