26.悍ましき告白
見覚えのある顔だった。
貴族連中の中にいて、いつも遅れぬよう、杖をつきながら足を引き摺って最後尾を歩いていた痩せた小男。
カツン、カツン、と杖をつく音を響かせながら近づいてくる。やがて男はダリウスたちから十歩ほど離れた位置で立ち止まった。
ダリウスは喉奥から声を絞り出す。怒りを内包した声を。
「ジェラルド・ランベール……ッ」
「これはこれは。何者が忍び込んだかと思えば、マクスミラン皇帝陛下ではありませぬか」
萎れた年寄りのような声だ。そう変わらぬ年齢であるにもかかわらず、ひどく老けている。
ランベールはまるで待ちわびた級友にでも会えたかのように目を細め、嬉しそうに笑みを浮かべる。そうして胸に手をあて、恭しく頭を垂れた。
「このような僻地にまでいらしてくださるとは、恐悦至極に存じます」
「てめえ、この部屋はなんだ!?」
ランベールは悪びれた様子もなく、微笑みでこたえた。
「我が愛の結晶でございます。どれも美しゅうございましょう」
「ふざけんじゃねえッ!!」
ダリウスが抜剣する。
「返答次第によっちゃ、この場で裁かせてもらう」
「ふざけているだなどと、とんでもございません、陛下。あなた様の前で、そのようなことは決して」
「ローウェンの腰巾着が、よく言えたものだ!」
ランベールがきょとんとした顔で聞き返した。
「ローウェン公? ああ。亡き父と古くから交流の多い貴族派に身を置いてはおりますが、私自身、あの方には何の価値も見出してなどおりませぬ。私が忠義を尽くすお方は帝国内においてマクスミラン皇帝陛下ただおひとりでございます」
ダリウスには意味がわからない。末席とはいえ、貴族派重鎮にいながら、この男の言うことは。
「ならばその俺が問うているのだ。さっさとこたえろ」
「ええ、ええ。もちろんですとも。――私はただ、世界の育む生命すべてを愛しているだけでございます。ゆえにその生命にとって最も美しき瞬間を切り取り、刻を止めて永遠にして差し上げているのです。これが私が世界にしてあげられる、ただひとつの愛の形でありますゆえ」
ランベールが杖を持たない左手を広げて言った。枯れ枝のような腕だ。
「ご覧あれ。地を駆ける獣のたくましさ、囀る小鳥の愛らしさ、愛しき子を抱く母の美しきを。空行く翼は力強く羽ばたき、愛らしきは見る人々を笑顔にする。強き男らは肉体を誇示し、世にも珍しき竜は神々しく輝く。ああ、竜は未だおりませぬが。とりわけ、先日入手したそのエルフは美しい」
「ただの収集癖か。もういい。思ったよりくだらん理由だった。これ以上は聞くに堪えん」
殺そう。この男を。
剣の柄がぎしりと軋む。
「滅相もございません。収集癖などではありませぬ。健常なる者では家族や隣人のみにしか与えられぬ愛であっても、様々足りぬ身である私ならば、世界にまで目を広げられるのです。私はこの世界で生きる、ありとあらゆる生物を愛しく思うておるのです」
ああ、この男は狂っているのだなと、ダリウスは考える。
男性としての機能を失い、本来あるべき家族は作れず、何一つとして満たされぬままに行き場を失って、自らの裡で歪んでしまった様々な欲のなれの果てが、この狂った愛だったのだろう、と。
「哀れだぜ、ランベール。俺は貴様に同情する。だが、だからと言って許す気にはなれん」
抜いた剣の切っ先を、萎れた男へと照準しながら。
ランベールの口はさらに言葉を発する。
「そしていま何者にも負けぬ美しきを持つ素材が、自ら我が前にいらしてくださった」
息を呑んだレニが、ダリウスの足にしがみついた。
「レ、レニか!? レニ、かわいすぎたか!? か~っ! 照れるわっ! そんなんレニ照れるわっ!!」
けれどもランベールの萎びれた視線は、当然のごとくレニにはない。
この地下室に入って以来、じっと見つめてきたその視線の先には、常にダリウス・マクスミランという男がいた。
「剣奴王ダリウス・マクスミラン様。人間の雄の頂点とも言うべき美しき肉体を持つあなたが、自らこの部屋にやってきてくださった。これを運命と呼ばずして、何と言えましょう。ああ、惜しむ楽は十年前。前皇帝陛下を暗殺したあなたこそが最も美しかった。人でありながら野生。野生でありながら理を持つ人」
「あの場にいたのか……!」
「ええ。我が矮小なる身など、あなた様の視界にも入らなかったことでしょう。ですが、私は確かにあの場におりました。あなた様の強さ美しさに、ただただ視線を奪われました。あの瞬間を永遠にしたいと願いました。いや、いや。まだ間に合いましょう。あなた様は衰えてなどいませぬ」
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
ギラギラと、落ち窪んだランベールの目が輝いている。歓喜に――いや、狂喜にだ。
「皇帝陛下や剣奴帝ではない。剣奴王としてのあなたには、そのエルフにも劣らぬ輝きがございました。コロセウムでひと目お見かけしたときより、ずっとその肉体をお待ちしておりました。どうか、我が愛の証たる永遠をお受け取りください」
「気色の悪ィこと抜かしてんじゃねえ。……ッ、な――ッ!?」
ぴき、ぴき。
長い、長い話は、すべて時間稼ぎだったと、ダリウスが気づいたときにはもう遅かった。
彼の足はすでに、宝石化を始めていた。
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