25.とりこぼしたもの
さほど深い階段ではない。
二十段あまりを下りきったところで扉があった。その鍵を剣で斬って扉を開いたとき、ダリウスは眼前に広がった地下室の光景に愕然とした。
壁際や天井にいくつも設置されている光晶石の光を反射して、あまりに多くの宝石像が並べられていたからだ。
「こ……こいつぁ……」
広く、そして丸い部屋だった。どこにも角がない。
目に映る光景は、先ほどの騎士の言った通りだ。
目眩がした。
木目まで見えるほど精巧に作られたテーブルまで宝石で、それぞれの席には人間だったらしき宝石像が着座させられている。女性や子供だけではなく、精悍な肉体をした若い男性像もあった。彼らの視線は、テーブル上に置かれたガラス瓶に収められている、小さな妖精の宝石像に注がれている。
周囲には野を駆けるようなポーズの鋭い牙を二本持つ剣歯虎が、そして天井からは翼持つは虫類、小型亜竜のワイバーンの宝石像が羽ばたくようなポーズで吊されている。
壁には宝石化させた魔物の首が飾られ、それを欲するように手を伸ばす人間の子供が置かれていた。足下には宝石の草花が生い茂っている。踏めば靴底が貫かれそうだ。
「レニ、足下に気をつけろ」
「うう……」
気を払いながら、歩を進めるほどに異様。
躍動的でいまにも動き出さんとする体勢の宝石像たちだが、しかし生命の息吹だけが存在しない。薄ら寒く感じられる。
給仕服の女性像がいくつか左右に並べられ、その中央向こう側には若い執事が立つ。互いの尾を喰らい合う大蛇に、鈍重な草食獣の背中に止まった数話の小鳥が、羽繕いをしている。
椅子に腰掛けた妊婦の足にすがりつく小さな子供を、夫のように側に立つ獣人の男が優しく見下ろしている。
「趣味の悪ィ人形ごっこだ。吐き気がするぜ」
「な、なな何がしたいのか、レレレニにはわからん」
「んなもん、わかってたまるかよ」
レニの尾が膨らんでいる。
怯えているのだ。あまりに異様さに。生きた宝石たちに。
ダリウスは少女の宝石像を、ひとつひとつ覗き込みながらシエルを捜す。
エルフは希少種だ。おそらく他には存在しない。それにしても人間だけでもこれだけの数だ。いったいどうやって掻き集めたのか。
円形の地下室の壁に沿って、慎重に歩を進めていく。宝石の草原の下は、分厚いカーペットだ。足音は響かない。ご丁寧に部屋の形に合わせて円形に作られている。
しばらく歩くと、所狭しと並べられていた宝石像が突然途切れ、そして――。
「――っ」
息を呑む。
地下室の最奥。まるで皇帝のごとく。
地面から数段上がった宝石の台座から、世界のすべてを見下ろすかのように設置された少女の宝石像が視界に入る。
ダリウスは走り寄り、悲痛に顔をしかめた。
「シエル!」
「……」
まだ完全には宝石化していない。
頭部。首から下は宝石になってしまっているが、右目と白金色の頭髪の一部だけが、まだ。
シエルの右目だけが動き、ダリウスの姿を確認したあと、大きく見開かれた。
つまりそうな喉から、かろうじて声を絞り出す。かろうじて。掠れた声を。
「た、助けに…………きた……」
だが、この状態。どうやって。もはや己に何ができるというのか。
その声を喜ぶようにシエルの右目がわずかに細められ、感謝を伝えるように一筋の涙がこぼれ落ちた。しかし声はない。表情の変化も。
もはや彼女を形作る大半が、宝石化してしまっているのだから。
「……」
「……だ、大丈夫だ。……どうにか、なる……。……俺が……どうにかする……」
気休めを口に出すだけで精一杯だった。
「……だから……あきらめるな……」
「……」
ぴき、ぴき。
小さな音を立て、右目が宝石化した。程なくして髪もだ。生きたまま宝石にされた。
動かない。呼吸もない。涙が一粒、宝石となって彼女の足下へと転がり落ちた。
ダリウスはただ立ち尽くし、目の前でとりこぼした命にしばし愕然とする。
レニが彼の足にしがみつき、必死で揺するまでは。
「お客! お客!」
「……っ」
気配――!
必死な声と気配に勢いよくダリウスが背後を振り返った。
そこには痩せた男が立っていた。年の頃はダリウスよりも少し上だろうか。頬は病人のように痩け、どす黒い隈に囲まれた目は深く落ち窪んでいる。
だが、その眼光だけは異様にギラついていた。
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