23.威光は健在
「――お?」
一階は使用人らの部屋や厨房のようだ。ダリウスの姿を見るなり、給仕服や執事服姿の使用人らが悲鳴をあげて逃げ出した。
それを追わず、玄関口から左右に伸びる階段を駆け上がる。
貴族の館というものは、往々にして階上に主の寝室を設置する。探すべきはランベール伯爵の寝室だ。普通に考えればシエルはそこにいる。
「……」
痛々しい姿を想像すると胸を締め付けられるが、だからこそ急がねばならない。
二階――。
けたたましい足音を響かせて赤絨毯の敷かれた廊下を走り、鎧に身を包んだ騎士たちが数名やってきた。すでに抜剣している。
どうやら庭園に出ていた五十名余りの慌て者たちとは違い、それなりに経験を積んだ騎士のようだ。戦う準備を終えてから出てくるあたり、荒事にも慣れている。
だが――。
レニを手で押して背後に追いやり、ダリウスは何ら変わらぬ歩調で数名の騎士らに歩み寄る。口元に笑みを浮かべ、抜剣しながらだ。
対面するフルフェイスの奥からくぐもった声がした。
「何者かは問う必要はない。殺せ」
外とは違い狭い廊下だ。三名同時はもちろん、二名同時に襲いかかるのも難しい。そう判断したダリウスは、先頭のひとりの剣をかいくぐって躱し、二人目の騎士の鎧の胸あたりを左の掌で押し上げた。
「――っ!?」
ぶわり、と宙に浮いた騎士を、そのまま赤絨毯へと背中から叩きつける。
「ぐぁ……っ」
苦悶の声が響いた直後、三人目がダリウスの首を目がけて剣を薙ぎ払った。その斬撃を右手に持った剣で下から上へと弾き上げる動作に連動させて、胸鎧とガントレットの隙間、魔物革で繋がれた可動部へと切っ先を入れる。
ずぐり、と肉を裂く感触がした。
「痛ぁッ!?」
貫かれた騎士が思わず取り落とした剣をダリウスは左手で拾い上げ――ながら、背後から斬りかかってきた騎士の剣を振り返りもせずに右手の剣で受け止めた。
「な――っ!?」
左手に持った剣で、背後の騎士のグリーブ――その可動部を斬り裂く。
「~~ッ!?」
激痛に声もなく、騎士は自らの得物を投げ出して足を押さえ転がった。
ダリウスは余裕の表情で、うずくまる騎士らを見下ろす。
「平和な時期が長かったからか、なっちゃいねえなァ。騎士を名乗る割にゃ練度が甘すぎらァ」
これではコロセウムでは三日と生きられまい。
そんなことを考えて、鼻で笑う。
呆然と彼を見上げる三名のうち、背中から叩きつけられて未だ無傷だった男の喉下へと、切っ先を突きつける。言うまでもなく胸鎧とヘルムの隙間だ。
「昨夜ここにエルフのガキが連れてこられたはずだ。死にたくなきゃその子のいる場所を教えろ。ああ、ランベールの寝室でも構わねえぜ」
「ハッ! 帝国騎士たるもの、簡単に口を割ると――」
切っ先が皮膚を貫いた。肉を裂き、血管の手前でぴたりと止める。
「問答をするつもりはねェ。おっと、後ろのふたりも動くなよ。こいつの喉を掻き切るぞ」
腕を貫いた騎士と、足を斬った騎士が、歯がみして同時に剣を足下へと置いた。
「なぁに、そう心配すんな。ここだけの話だが、話したところで、おまえらがランベールから罰を受けることはもうねえ」
わずかな逡巡ののち、騎士のひとりが上擦る声を出す。
「こ、殺す……つもりなのか? ランベール様を……? 貴様、何者だ……!?」
「殺すかどうかは出方次第だ。だが最低でも失脚はしてもらう。立場ある人間が人買いをしたんだ。裁かれて当然だろ。それが帝国の法だ。貴族だろうが領主だろうが例外はねえ」
騎士が呻くように言った。
「無理だ。ランベール様はメルキス領を長く統治されてきた大貴族。叛乱が起き皇帝不在となったラルシア帝国にはもう、貴族派の重鎮を裁く力はない。評議会では、国内で領主を裁くための武装蜂起はできまい」
「……力ならある。目を開け。俺をよぉく見ろ。おめえも騎士の端くれなら、この顔に見覚えがあるはずだ」
しばらく間があった。
朝靄が徐々に晴れ、窓から日が射し込む。
腰砕けになっていた騎士が、照らし出された顔に大きく息を呑んだ。
「う、嘘だ……。け、剣奴帝――い、いや、皇帝……陛下……? そんな、まさか……!」
「内緒だぜ。いまはどっちかっつーと剣奴王の方に戻ってるもんでな」
にんまり笑ったダリウスは、片目を閉じて唇の前で人差し指を立てた。
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