22.血も涙もない作戦
外れた正面扉から、わらわらとランベールの護衛らしき男らが溢れ出してきた。
思っていた以上に数が多い。五十名はいる。剣はさておき、厄介なことに魔術の杖を持っている者もちらほら見える。
「ロットナー、時間はどれくらいある?」
「ブレッドロアの騎士団駐屯地は都市近郊だ。だが騒ぎがあればすぐに駆けつけられる距離だから、せいぜい日が昇り切るまでだねェ」
すでに朝陽は靄を映し出している。
「いくらもねえじゃねえか。どうすんだ、五十人はいるぞ。全員殺すわけにもいかねえし」
殺してよければ、ダリウスにとっては不可能な数ではない。だが主義に反する。
この上、ブレッドロアの駐屯騎士たちが数百名規模で駆けつけてきたら、もはや手の打ちようがない。領主の館の一大事では、少人数という可能性もないだろう。
中央にいた男が剣を抜いて叫んだ。
「貴様ら、どこの手の者だ!? ここをどなたの館と心得る!?」
ロットナーが魔導銃を構える。
館の護衛らは左右に大きく展開している。どれだけ出力を上げても、一撃で一掃とはいかないだろう。
「なぜこたえぬッ!!」
包囲網が徐々に縮まってくる。
殺気が膨張した。
「しゃあねえ。できるだけ減らすか」
「待ちたまえ、ダリウス」
駆け出しかけたダリウスを手で制し、ロットナーが早口で言った。
「私が中央のみを大きく穿つ。キミはそこを突破し、館の中に突入したまえ。おそらく半数以上がキミを追う。だからレニくんは私といた方がいい」
「……いや、それなら俺と一緒の方が安全だ。たったいま、ちょいと思いついたことがある」
「レニ、もてもてかあ。いい女で、困るなー」
そんなケット・シーの少女を無視して、ロットナーがダリウスに問いかける。
「キミが思いつくなんて珍しいな」
「うるせー。俺だって色々考えて生きてんだ」
「なんか嫌な予感がするのだが……」
「十中八九うまくいく。まるっと任せとけ」
ロットナーが少し考えるような素振りをみせたあと、諦めたようにつぶやいた。
「ここで大々的に正体を明かすとかは勘弁してくれたまえよ。評議会に居場所が判明してしまう。馬で追われたら逃げ切れない」
「わーってるよ。おめえはおめえの作戦通り、魔術をぶっ放せ」
「ふむ? わかった」
じり、じり。
縮まる包囲網は、もはや十数歩の距離にまで迫っている。
中央の男が剣を振った。号令だ。
「捕らえろ! 逆らうようなら殺して構わん!」
包囲網を形成していた男らが一斉に抜剣しながら地を蹴った。魔術師たちが炎の塊を杖から生み出した瞬間、ロットナーの魔導銃が凄まじい風の弾丸を射出する。それは馬車をひっくり返したときと同様に恐るべき竜巻と化し、包囲網の中央にいた男らを一斉に空中へと巻き上げた。
魔術師の炎など、秒ともたずに消し飛ぶ。巨大な竜巻が、不自然に霧散した瞬間、雨雪のように武装した男らが空から降ってきて地面に叩きつけられた。
いまだ、とダリウスは声を雄々しき声を発する。
「うわーっ、見ましたかぁ、ランベール伯の護衛のみなっさ~ん! 門を壊したのはこの凶悪な魔術師でぇーす! こいつがひとりでやったのを俺は見てましたぁ~! 危険人物だから早く捕らえてくださぁ~い! 俺はたまたま通りがかっただけの一般人で~す! ほら、子連れだし無害!」
「……ダリウスゥゥゥーーーーーッ!?」
「ぎゃああぁ、こっち見た~! 目がまともじゃないっ! 視線で殺されるぅ! 助けて早くぅ~!」
ぎょっと目を見開いたロットナーへと、残る三十名あまりの視線が注がれた。怒りと殺気の交じった恐るべき視線だ。
ダリウスがにんまり笑って小さく手を振る。
「んじゃ、十割そっち行くと思うが、あとよろしくなっ」
「……」
ロットナーはくるりとその場に背中を向けた。
「覚えていたまえよ」
「いいから、とっとと逃げろ。シッシ!」
ロットナーが顔をしかめて走り出す。
「逃げたぞ、追え!」
便乗したダリウスが、ロットナーの背中を指さしながら叫んだ。
「そうだ、追え追えぇ~!」
街の方へとスタコラ走り出したロットナーを追って、まだ動ける三十名ほどの男らも走り出した。剣を振り回し、魔術をぶっ放しながらだ。
それらが見えなくなってから、ダリウスは悠々と、壊れた扉から館の内部へと踏み入っていく。残っていた数名は剣の腹で叩いて気絶させる必要があったけれど。
小さなケット・シーがダリウスを見上げて言った。
「さてはお客じゃない人、血も涙もないな?」
「そうだが、今頃気づいたのか? つーか、あの程度でロットナーがくたばるわけがねえしな。せいぜい楽させてもらおうや。くかかか」
レニはなぜかダリウスの笑い方を真似る。
「くかかか。しどい。見直したぞー、お客」
「それを言うなら、見損なった、な」
玄関口には弓を引く聖女の宝石像が飾られている。戦乙女像だろうか。被ったハーフヘルムの飾り羽根まで宝石でできている。よほど名のある名匠が彫ったものだろう。生命の息吹を感じられるほどに美しく、神々しい。
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