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2.脱走




 近づく足音にダリウスは玉座から立ち上がり、謁見の間の隅にあった飾り鎧から剣を抜き取った。鉄製ではあるが刃挽きの模造品だ。斬れたものではない。


「宝剣だけでも置いておくべきだったぞ。ロットナーめ」


 宝剣リュネット。すなわちラルシア帝国を治める皇族に代々伝わる宝剣だ。これを手にしたものがラルシアの皇帝であり、たとえその血縁にあろうとも、これを持たぬものは皇帝と認められることはない。まさに皇帝の証とも言うべき国宝だ。

 レオニアからダリウスが奪った形になっていたが、いまはもう手元にない。


 瞬間、けたたましい音とともに謁見の間の扉が開かれた。先頭にいたのはダリウスよりもよほど身なりのよい服装を纏った中年の男だ。目が憎悪にぎらついている。

 一方のダリウスは笑顔で両腕を広げた。


「これはこれはローウェン公。騒がしいが、本日は何用ですかな?」

「黙れダリウス!! 卑怯な騙し討ちで我が兄より皇帝の座を奪いし盗賊め!! 何が剣奴帝だ!」


 それは己が言い出したことではないと、ダリウスは内心ため息をつく。

 剣奴であった過去など、さっさと忘れたいというのに。


「ローウェン一族が玉座を奪い返す以外に貴様に(まみ)える理由などないわッ!!」


 よく言う。さして仲のよかった兄弟でもあるまいに。


「覚悟するがよいッ!! 貴様を剣奴へと戻し、再びコロセウムに閉じ込めてくれるッ!! ――捕らえよッ!!」


 ローウェンが抜き身の剣を振り下ろすと同時に、彼を取り巻いていた騎士たちが一斉に抜剣し、殺気を放ちながらダリウスへと駆け出す――が、そのときにはもうすでにダリウスは体勢を低くして彼らの中へと潜り込み、ローウェンのでっぷりした腹を下段から打ち上げていた。

 ドン、と鈍い音を響かせて、ローウェンが天井近くにまで舞い上がる。


 その早業に誰もが目を剥いた。騎士らが息を呑む。いつ踏み込まれたかさえわからない。ただ気づけば、自らの主が玩具人形のようにあり得ない高さにまで打ち上げられていた。

 敷き詰められた赤絨毯へと背中から落ちたローウェンが、小さく痙攣しながら血と胃液をどろりと吐き出す。


「おや、大公爵(グランデューク)殿は体調が優れぬらしい。客室にお連れしろ」


 騎士たちが呆気に取られた瞬間だった。

 ダリウスの足下に魔方陣が浮かぶ。赤絨毯から膝にかけ、徐々に上昇しながら。


「お? ようやくか。――ああ、キミ。そこのキミだ」


 片頬にだけ笑みを浮かべて、彼は先頭の騎士を指さした。


「このマヌケな大公爵殿が目を覚ましたならば伝えてくれるか? 玉座がほしくば好きにするがいい。ダリウス・マクスミランは今日を限りに退位する。……ああ~、もしも()()()()()()()()()()キミに譲ろう。座り心地は最高に、最低だ」


 迫り上がる魔方陣が彼の肉体を徐々に足下から消していく。世にも珍しき転移の魔術だ。


「クソみたいな椅子だよ。毎日毎日書類書類に視察視察。自由に外を歩くこともできん。まるで家畜だ。それでもよければ是非座ってくれたまえ」


 もはや胸から下がない。騎士からはダリウスを挟んだ位置に立つ別の騎士が見えている。それでもダリウスは饒舌に語り続けた。


「ああ、多少いいところもあったな。飯がうまい。剣奴時代の残飯とは大違いだ。だが温かいうちに食べられなかったのはいただけない。毒味のせいでようやく私のところに来る頃にはすっかりと冷め――……」


 言葉の途中で魔方陣は口の高さを超えた。次の瞬間にはもう、毛先も残っていない。

 謁見の間。あとには呆然と立ち尽くす騎士たちの姿のみ。


3話目も後ほど投稿予定です。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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