表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

19.孤児院の闇




 もう何度目だろうか。こうして魚屋の露店の前にあるこの橋を渡るのは。ただし今日は不良中年ふたり組だけではなく、ケット・シーの少女もいるけれど。

 昨夜の深酒のせいで、太陽はすでに高く。

 橋の手前。魚屋の露店の店主は今日も男性だ。当然だが痴女の姿はない。


「おい、ロットナー。今朝は朝食もなかったし、一尾ずつ食ってくか?」


 女将が姿を眩ませたせいだ。

 すでに凪の大海亭は無人となっている。


「レニ、おなかすいた~」

「挨拶を終えてからにしよう」

「んだな。焼き魚の匂いをさせながら飢えたガキどもの前に出るわけにもいかねえか」


 ロットナーが苦い表情でうなずいた。


「レニくんも、もう少し我慢できるかい?」

「よかろー!」


 いつものように、ダリウスが孤児院の扉をノックする。痩せっぱちの子供が扉を開けてふたりを確認すると、メルミィを呼びに礼拝堂奥へと戻っていった。

 しばらくすると礼拝堂奥の扉が開き、メルミィが出てくる。だがダリウスとロットナーを確認するなり、彼女はぎょっとした顔で立ち止まった。


「……」


 しかしすぐに気を取り直したように、ふたりの方へと歩いてくる。

 表情がやや硬く見えるのは気のせいだろうか。


「……あの、何かご用でしょうか?」

「あ~、いやなに、色々あって出発の予定が今日にずれ込んだもんでな。それで旅立つ前にもう一度シエルと……――」


 ダリウスが顔をしかめて苦笑いで言い直した。


「――その、いや、シエルのことをメルミィさんにお願いしようと思って……」


 ダリウスの言い訳に、ロットナーは肩をすくめた。

 見ている方が恥ずかしくなる。やはり思春期の少年のようだ。だが、これでは埒もない。


「まあそういうことです。ところでメルミィさん。シエルはいまどこに?」

「…………シエルでしたら、今朝から買い物に出てもらっています」


 わずかながら、間があった。

 メルミィを見るロットナーの表情が変わる。軽蔑の視線にだ。

 失敗したのだ。夜だ。昨夜だった。宴会などしている場合ではなかった。夜はないと思っていたのに。

 そこに気づかぬダリウスが、鼻の下を伸ばしながら尋ねる。


「帰ってくるのはいつになる? よ、よかったら俺たちもここで待たせてもらってもいいか?」

「……少し遠いところまでお願いしたので、夕刻以降になります。申し訳ありません。今日旅立たれると知っていたら、このような買い物をお願いすることはなかったのですが……」


 ダリウスが慌てて首を振った。


「いやいや、俺たちも言わなかったからな。一昨日ここを出たあとに突然決めたんだ」

「そう……でしたか」


 メルミィは唇に手をあて、沈痛な面持ちでいる。


「どうする、ロットナー。夕刻まで戻ってこねえんじゃあ、待っててもしょうがねえ。逆に日暮れまでに次の宿場町に辿り着けなくなっちまう」

「いいや、待たせてもらう。ここでだ」

「あ? なんでまた……」


 メルミィの左目が微かに震えた。


「シエルミルはもうここには戻ってこられない。そうなのだろう、メルミィさん」

「……っ」


 今度はあからさまに顔をしかめる。

 ダリウスは意味がわからず、ロットナーとメルミィの間で視線を右往左往している。

 そしてロットナーは、その言葉を吐き捨てた。


「彼女を誰にいくらで売った?」

「なんのことでしょうか?」


 ロットナーが、それまで自身の背後で小さくなっていたケット・シーの子を押し出した。レニは何とも言えない表情で、静かにメルミィを見上げていた。

 あれだけ元気なレニが、挨拶をしようともしいない。ただ少し怯えたように、衣服からはみ出した尻尾を膨らませているだけで。


「いやなに、一昨日の時点ではね、私もただ警戒していただけだったんだ。シエルミルはエルフだ。その身柄は大金になる。食うに困るような寂れた孤児院なら、里親制度に隠して人買いに売ってしまっても不思議ではないからねェ」

「な――っ!?」


 ダリウスが目を見開いた。


「おいおい、何言ってんだ、ロットナー!? メルミィさんがそんなことをするわけないだろ?」

「そうですよ。何を仰っているのか、わたしには――」

「――凪の大海亭」


 ロットナーの一言で、メルミィが口をつぐむ。


「メルミィさん、あんた、女将にレニを売ったね?」

「……いいえ、里親として出しただけです」

「おや、おかしいな。女将は私たちにこう言った。レニは孤児院から買い取った、と。――そうだよねェ、ダリウス?」

「あ、ああ。確かにそう聞いた……が。や、そいつぁ口の悪い女将がそう言っただけで、実際には里親制度を使用したんじゃねえのか?」


 けれどもロットナーはメルミィを睨みながら言う。


「制度には必ず帝国政府への届け出が必要だ。評議会にでも問い合わせれば、制度が実際に使用されたかどうかなんてすぐにわかることだ」


 ただの脅しだ。その言葉に嘘はないが、政府に問い合わせれば貴族派の大規模な追っ手が派遣されるし、評議会に問い合わせても引き戻されてしまう。だから実際にはあまり使いたくない手ではあったけれど。それでも。

 メルミィの顔色が蒼白になっていく。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] さすがロットナー! [気になる点] 、、、女将はこいつらヤベー奴等だってことで、レニ置いてってないですよね!? [一言] レニが料理を例えてくれる癒しを待ってますw
[一言] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ レニの件もありますが、メルニィと初対面の時に孤児院の工面に苦慮し疲れた感じを醸し出しつつ「神はいつも不在……。そうかもしれませんね。」的な事を言っていたので、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ