11.そそくさと立ち去る
ロットナーがメルミィに片目を閉じて見せる。
「ああ、いまのは失言だ。秘密にしておいてくれたまえ」
「は、はい」
「それに、仮にご本人であらせられるとしても、宝剣を持っていない時点でもうただのおじさんだ。――そうだろ、ダリウス?」
「そもそも別人だ。名を告げるたびにごちゃごちゃ言われて面倒臭いったらありゃしねえ。端金で身代わりなんざ引き受けるんじゃあなかったぜ」
ぽかんとした顔でダリウスを見上げていたシエルが、小さく「へ~か……」とつぶやいた。ダリウスが苦い顔をする。
そもそも皇帝として生きた十年間、ほとんどの政治活動はロットナーが行っていた。ダリウスがしたことと言えば、それを許可して自身の名で執行することだけだ。替え玉だというなら、実質それは最初からの話である。
むろん、帝国がこうなればいいだのああなればいいだのといった話し合いは、ふたりの間で幾度となく繰り返されてはきたけれど。
「そ、そうですか……。事情はわかりました。それで、先ほど仰っておられた〝事件〟とはどういったものでしょう?」
「ああ、街道で賊が商人の馬車を襲っていたのを偶然見かけてな。そいつらを追い払ったらこの娘が荷台から出てきた。他に生存者はねえ」
ダリウスの雑な説明に、メルミィが眉間に皺を寄せる。
「それでうちの孤児院にその子を預かってほしい、と?」
シエルが再び頭を下げた。
「ああ。俺たちゃ家無しの旅人だ。それにさっき話した事情のせいで危険もつきまとう。それと――」
ダリウスがロットナーに目配せをする。ロットナーが言葉を継いだ。
「少し問題があってね。この子は――」
ロットナーの手がシエルのフードをつかみ、わずかにずらす。
瞬間、メルミィが両手で口を抑えて目を剥いた。
少女の髪の隙間からは、長い耳が覗いている。
「……エルフ……!?」
「ま、そういうわけなんだ。だから預けるといっても、他の子のように彼女の親が見つかるまでとかの期限が設けられないんだよ。それに里親を捜すにしても慎重にならざるを得ない。エルフを求める変態貴族なんて掃いて捨てるほどいるからね。そんなわけで色々と難しいところ、というわけなのだよ」
ダリウスが視線を逸らせたまま、唇を尖らせる。
「あ、あんたは、その、優しくてよさそうだ。問題を押しつけるようで悪いんだが、頼めるなら俺はあんたに頼みたい。もちろんこの孤児院に余裕がないのはわかっている。断るなら断ってくれても構わない。その場合、あんたは今日ここで話したことを忘れてくれ。俺たちは別の街に行って他の孤児院を探すから」
「はあ……」
メルミィが口元に手をあて、視線を斜め下へと向けた。何かを思案しているような仕草だ。
「あまりよいとはいえない暮らしでもよければ、わたしは構いませんが……。――えっと、あの、ダリウス様とロットナー様は、いつまでエイラにご滞在されるご予定ですか?」
「そいつぁ気の向くまま――」
言いかけたダリウスの言葉を遮るように、ロットナーが笑顔でこたえた。
「明朝にはもう発つつもりだよ。――そうだろ、ダリウス?」
「お、え? そう……だったか? ああ、俺はどちらでもいいぜ」
「まさか。メルミィさんともう少しお近づきになりたかったのかい? さっきから彼女に向ける視線が熱っぽいように見えるのだが」
ダリウスがメルミィに視線を向けて、慌てて首を振る。
「バ、バカか! そんなわけねえだろ!? 変なこと言うなっ!! ったく!」
ロットナーが笑顔でうなずく。
「というわけだ。我々は帝国を一刻も早く離れなければならない急ぐ旅をしている。今晩からこの子をよろしくお願いしたい。ああ、人手が足りないと言っていたね。彼女は見た目ほど幼くはないから、何なりと手伝わせてやってくれて構わないよ。――そうだね、シエル?」
「はいっ。わたし、がんばりますっ」
シエルがコクコクと何度もうなずいた。
ダリウスが咳払いをして、シエルに言った。
「明朝、出発前に一度様子を見に来る。そのときに気が変わったら言え。しばらくなら連れ回してやっても構わん」
「はい。ありがとうございます。ダリウス様」
「おお。じゃあな。――よろしく頼む、メ、メルミィさん」
「ええ。お手伝いの手が増えるのは孤児院としても助かります」
ロットナーが先に踵を返し、孤児院から出て行く。
ダリウスは一度だけ振り返ってシエルとメルミィに視線を向けると、軽い会釈をしてロットナーを追うのだった。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




