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1.剣奴帝なる者




 誰かが言った。

 ――奴隷に皇帝など務まるはずがない。

 誰かが言った。

 ――暴力により奪った主権は、自らに対する暴力をも許容したも同然だ。

 彼は言った。

 ――クソ喰らえだ。


 破滅の足音が聞こえていた。

 宮殿そのものを揺るがす、いくつもの足甲(フルグリーブ)の音だ。鎧を鳴らし数百の騎士たちが押し寄せている。

 ラルシア帝国皇帝ダリウス・マクスミランは玉座に片膝を立て、草臥れた視線を謁見の間の扉へと向けていた。周囲には誰もいない。皇帝ただひとり。


 脳裏に浮かぶは過去、コロセウムの鳴動だった。

 命懸けで戦う剣奴らの死を望む貴族や豪商らが、歓声とともに踏み鳴らす下品な足音だ。いまも鮮明に思い出せる。生きるため檻の中で戦い抜いた、あの十年間を。

 多くの罪人をこの手で殺した。斬って、斬って、血の臭いが染みつき消えなくなり、心は徐々に死んでいった。


 その数が五百を超え、ようやく一度きりの機会がやってきた。

 コロセウムからの解放と、そして新たなる〝剣奴王〟としての称号授与だ。そのときにだけ、上級貴族であってさえ本来ままならぬ皇帝への謁見が叶うのだ。

 湯浴みをさせられ、着飾られ、ダリウスはその場に案内という名の連行をされた。

 当時の皇帝レオニア・ローウェンは十名ほどの近衛騎士に守られながら上級貴族を従え、彼の登場をいまかいまかと待ちわびていた。


 案内役の宮女が謁見の間の扉を開く。

 その瞬間、ダリウスは彼女らの頭を飛び越えて走った。近衛騎士が剣を抜く前にレオニアへと飛びかかっていた。宮女の髪挿しを手にして。

 皇帝という地位で惰眠を貪り、醜く肥え太った皇帝レオニアに、剣奴王となったダリウスの襲撃を防ぐ術はなかった。


 髪挿しでその首を貫き、驚愕する近衛の腰から剣を引き抜いて、ダリウスは近衛騎士や貴族らを威圧した。剣奴王の剣だ。誰もが自らの死を予感し、動けずにいた。

 逃げる宮女らの悲鳴に気づいた多くの騎士たちが、謁見の間へと押し寄せてくる。ダリウスは叫ぶ。胸の裡に培ってきた黒いどろどろした呪詛を。コロセウムで嗤っていた貴族らに向けて。


 けれども彼は剣を置いた。目的はもう果たしたのだから。

 本来ならばダリウスの物語(人生)はそこで終わるはずだった。


 だが収監され、しばらく経過したのちに彼を待っていたのは、奇想天外なことに、新たなる皇帝の椅子だったのだ。

 前皇帝レオニアはコロセウムの運営に夢中になる余り、平民以下の民から罪なき罪人を多く作り出していた。コロセウムに関わる帝国貴族や豪商らは当然のようにそれを黙認、民はいつ自らが無実の罪で収監されてもおかしくないと、常に怯えていた。


 それらの不満が皇帝レオニアの暗殺により爆発したのだ。民が貴族と国に蜂起した。

 結果としてラルシア帝国に唯一残った平民からなる政治機関〝ラルシア評議会〟は、レオニアの圧政から帝国を救った英雄ダリウスに皇帝の座を委譲することを決めた。

 ダリウスは剣奴から一転、以降十年間をラルシア帝国皇帝として生きることとなる。


 おもしろくないのはレオニアの下で甘い汁を吸っていた貴族たちだった。

 彼らはダリウスにコロセウムの復活を提言するも、当然のように却下される。それどころかダリウスは上級貴族へと集約していた富を税制改革により徴収し、平民以下へも経済が回るように政治体系を変えた。

 その裏には〝賢者〟と名高き宮廷魔術師ブレア・ロットナーの影があった。


 ロットナーの助けがあるとはいえ、激務は続く。

 やがてダリウスは自らの手とも言うべき剣を置き、慣れない政務に沈んでいく。


 この十年で平民以下の識字率を上げ、多くの仕事にありつけるようにした。貴族の優遇措置を軽減し、市場の活性化に尽力した。道路や河川を整備して流通を根本から見直し、同時に治水により農業への打撃を恒久的に防いだ。

 結果、流通は数年で倍に膨れ上がり、農業の収穫率も劇的に改善した。職にあぶれる者は大幅に減り、帝都は活気に満ちた。


 しかしこの間、上級貴族らは不満を溜め続ける。レオニアから受けた甘い汁を忘れられない彼らは税制改革の煽りを受けた貴族や帝国領内の地方領主に声を掛け、着々と財力を武力へと変化させていった。ダリウスやロットナーには気づかれぬよう、巧妙に。


 そして戴冠よりちょうど十年後の今日、自ら定めた国民の祝日に、この有様というわけだ。

 要するに貴族派の反乱である。

 だが皇帝ダリウス・マクスミランは(わら)っていた。堪えきれずに嗤っていた。

 ついに待ちわびた日が訪れたのだ。


 己はこの叛乱を歓迎する――!


2話目は後ほど投稿予定です。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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