イカヅチ
りんごぉ!
背中に節足動物の外骨格が出来上がって大変動きづらい。
「うごごごご、動けない……」
じたばたと暴れ回っていると、今度は足が昆虫の物のように固まっていく。
「蟻でも踏んだか?これは想定外に不便な事だな」
イシャが俺の背中や足に手を置いてくれて、体が人間に戻る、俺とイシャの体が入り乱れた結果いささかアンバランスではあるが仕方ない、ムカデよりは遥かにマシだろう。しかし背中が小さいので体が後ろに引っ張られて反るような体制になってしまう……痛たた
「まあ直視に耐える姿では無いな……ええい何とかなれ」
突然イシャが俺に抱きつき、俺の体が変形していく、何度やっても慣れない、自分の体がねじ曲げられるような不快な感覚から目覚めると……体が女の子になっていた!
「なんじゃこりゃぁ!!!ちょっと銭湯に行ってきていいか?」
「そんなこと言ってる場合なのか?」
非日常との遭遇の結果か、衝撃が体をめぐり頭がピリピリする……
「他にどんな優先すべきことがあるんだ!?」
何事にも優先度というものがあり時には他の全てを置いてでもやらねばならんこともある、それを1時間かけてイシャに説こうとしたその時だった。
「ドッペルゲンガー」
「「?」」
騒いでいて気づかなかったが人間が隣に居たらしい、モンスターに襲われる心配もない村の中でも全身に顔まで隠れる甲冑を着込んだ姿は正しく疲れ知らずの冒険者と言えるだろう、俺がこんな体になった原因である冒険者の存在に思わず萎縮する、もちろんこいつはあのワカメキラーとは関係ないのだが。
「ドッペルゲンガーじゃないんだ、俺はムラビト、このバケモノ村の村人だ、村にはモンスターは侵入出来ないはずだろ?」
まずは事情を説明しなければ、冒険者はモンスターを見つけると即座に戦おうとする訓練を受けているのだ、襲われかねない。
「イベントが起きれば安全エリアでもモンスターは発生する、そしてドッペルゲンガーはイベントでしか出現しない」
「そうなの?」
「そうだ」
わざわざイシャが肯定してくれた、なんてことしてくれるんだ、俺殺されないか?
しかしまだこの冒険者が俺を殺すとは限らない、冒険者は自分と極端なレベル差のあるモンスターを積極的に倒しはしないという研究結果が出ているのだ。
「ドッペルゲンガーはレア、まだ剥製に出来てない」
終わっている、剥製とはモンスターを石像に出来るというやり込み要素だ、集めても報酬などのメリットはない為真面目に集めるやつは限られている、そもそも好きなモンスターを死なない程度に痛めつけて生きたまま石像にして家に飾るというシステムそのものの倫理観がぶっ飛んでいる、剥製ってそういうもんじゃないだろ、冒険者とはおしなべて人格破綻者なのだ、どうせこいつもストーリー読み飛ばしながら魔物を殺しているタイプのサイコパスだろうし何を言っても無駄だ、逃がしてくれる様子じゃないしもう既に戦闘態勢に入っている、戦うしかない、イシャもそう思ったららしく俺たちは戦いの構えを取る。
蟻を踏んだからか雨が降り始めた。
【用語】
『安全エリア』モンスターが自然に出現しないエリア、プレイヤーの攻撃のダメージが誰にも入らないエリアと攻撃が禁止されているが一応可能なエリアの2種類がある、主人公の村は後者
『イベント』
運営によって提供される事件や現象、大抵はまずNPCに関係のあることが起き、それにプレイヤーが関われるようにする、という形が多い。
【モンスター】
『ドッペルゲンガー』イベント限定モンスター、強さはまずまずだが人に擬態して話をややこしくする、名前を借りているだけなので出会うと死ぬとかはべつに無い
【迷信】
『蟻を踏んだから〜』
アリ踏むと雨降るらしい、多分ガチ