その価値ある金貨はまるで蜃気楼のように
何もかも歪んで見えるほどの熱気が当たりを包み込んでいる、私は『ウェネト砂漠』の中心にそびえ立つ塔型のダンジョン、『蜃気楼の塔』の入口の階段に腰掛けてもう2時間もただ待ち続けていた。
雲をつきぬけて伸びる塔は見上げてもその頂上を覗くことは出来ない、なにしろ砂漠のどこにいてもこの塔は見えるほどだ。
しかしその規模と裏腹にこのゲームで一二を争う不人気ダンジョンである、現に今イシャと共にこの塔を攻略しようという人間が一人もいないほどである。
ダンジョンに即席のパーティを組んで挑みたい場合には、ダンジョンの前で仲間を探すのがこのゲームの定番なのだがまさかそういった人間が1人も居ないとは、私はまたため息をついた、1時間ほど前から遠くに見える人影、確実にこちらに向かってきているのだがあまりにも速度が遅い、少なくとも進んでいることは確かなのだが、いやわかっている、彼らの速度は実際にはそう遅くは無いのだろうが、待ち遠しく、遅く感じてしまう、私が干からびる前に早く来てくれ…
『蜃気楼の塔』はこのゲームのバージョン1.0に存在したダンジョンだ、その頃は今よりもダンジョンの数がずっと少なかったにもかかわらずその時から群を抜いて攻略する人が少なかった、その理由は単純でこのダンジョンには何も無いからだ。
このダンジョンに入ると3×3の形に部屋が配置されており、そのどこかにある魔方陣を探して乗ると上の階にワープする、するとまた3×3の形に部屋が配置されており延々とその繰り返し、全ての部屋には必ずモンスターがいるがそれらを倒しても何もドロップしない、宝箱が設置されていることもない、登れば登るほど敵が強くなり、最後には敵から逃げながら魔法陣を探す羽目になる、結局50回ワープしてたどり着く最後の大部屋でボスが待ち受けているのだが、それを倒しても塔から追い出されて意味不明な文章が表示されるだけで何かある訳じゃない、攻略しても何も形に残らないからこのダンジョンは『蜃気楼の塔』という名前なのだと考えられている。
「まさか蜃気楼の塔の前で他のプレイヤーを見ることになるとは思いませんでした、パーティーメンバーを探しているのですか?」
ダンジョンのことを考えていた間にいつの間にか人影は近づいてきていた、3人でパーティーを組んでいるようだ、今話しかけてきた法衣を着た男、大剣を担いだ赤毛の男、指輪を付けた小柄な魔術師の少女。
「そうだ、私の名前はイシャ、金貨を稼ぎにここに来た、目標は1億だ、君たちのパーティーに入れてくれ」
「えっと……蜃気楼の塔がアイテムのドロップしないダンジョンだということを知っていますか?」
「知っている、だが私はこのダンジョンには何かが隠されていると思っているんだ」
当然だろう、攻略する意味が無いダンジョンなんてあるはずがない、仮にあったとしてそれが何も修正されずに残されている理由も無い、絶対に何かがある、そう考えているプレイヤーは少なくない、ただ不確実な上に蜃気楼の塔は難易度の高い上道中に実入りが無い、攻略することがまだ見ぬ報酬に見合わないというのが多くのプレイヤーの見解だろう、だからこそ4シーズンもの間手付かずの秘宝に期待してイシャはここにいる、1億金貨分ぐらいの価値のある何か、有ってくれ、頼む。
「面白いですね、私たちは金貨が目的では無いので協力出来るかもしれません、ちょうど蜃気楼の塔の人数制限は4人ですし、パーティーを組みましょう」
「よろしく頼む、神聖魔法使いのイシャだ」
「奇遇ですね、私も神聖魔法使いの『Gy』剣士の方は『メイ』、魔術師は『狩るる』です」
「よろしくなあ!」
剣士の男はこの炎天下に似つかわしくない快活さを披露して見せた、それに対して魔術師の少女は軽く会釈をして見せただけだった、いかにも熱で頭をやられてそうなぐったりした顔をしている。
「さあ行きましょう」
Gyの先導のもと私たちは蜃気楼の塔に侵入した。
赤茶けた石造りの塔に入ると少なくとも直射日光に当たることは無くなりいくらか暑さがましになった、当分太陽にはうんざりだ、中は照明は無いが魔法の明かりが浮かんでおり暗くはない。
「キキッ!」
今鳴いたのはモンスター、『ミラージュ・レッド・バット』だ、数体まとまって歓迎してくれた。
蜃気楼の塔は他ダンジョンより極端にダンジョン内のモンスターの強さの変化が激しい、1階に出現するコウモリはそれを示すかのように貧弱であり、狩るるが素手で叩き落としているほどだ、私も魔力の消費を抑えるために雑に手で払ったところ、ぶつかって直ぐにコウモリは霧散した、そんな調子だから全てのコウモリが消えるのに1分もかからなかった。
「さて、イシャさん、私たちは探索の無駄が出ないように部屋を渦巻き状に外から回っています、それでいいですか?」
「構わない」
他の部屋に移動できる左右と真ん中の3つの扉のうち、左を選んで進むようだ、真ん中の扉を選んで3x3の中心の部屋に入るとルート次第で魔法陣を見つけられなかった時に1度通った部屋をもう一度通らなければ行けない可能性が生まれる、つまり一筆書きで効率を重視するならGyの提案する方法が良いだろう。
私達はそれから10回層ほどほとんど消耗もなく進んだ、ほとんどは剣士のメイ1振りで薙ぎ払っていく、敵が時折一撃では倒れなくなったあたりで殺風景でなんの変化もなく扉と魔法陣しか現れなかったダンジョンに異物を発見した。
それは時折他のダンジョンでも見つけられる『神秘の泉』だ、いつも通り部屋に突入すると動く人骨のモンスター、『ミラージュ・レッド・スケルトン』とこの神秘の泉があった、しかしいつも通りスケルトンを倒したところ泉が突然真っ赤に染まったのだ。
「これは一体どういう現象なんでしょうね、返り血とでも言うことでしょうか?」
返り血が溜まる神秘の泉にて問う声の主はGyだ、3人は驚きもせず靴を脱いで泉にちゃぷちゃぷと足だけ浸かり始めた、既に何度か体験しているのだろう、私もご同伴に預ることにする、興味深いことに気持ち悪い赤色の泉は、しかし何の問題もなく効果を発揮した、神秘の泉は体力を回復させる効果があるのだ、魔力には対応していないようだが、そして普通こんな色じゃない。
「少し休憩していきましょうか」
とGyは言う、私を含めた3人は特に反対する理由もなかったので彼に同意した。
「このダンジョンに来るのは初めてじゃないのか?」
「今回で二回目ですね、前回は律儀に戦い続けた結果36階層ほどで戦闘を続行していると踏破できないと判断し撤退しました。」
「そうなのか…話題を変えるが、ここのモンスターは倒しても返り血を流さない、この泉の変化は興味深いな」
私は素朴な疑問を口にした、Gyも頷く。
「実は私はパーフェクトプラネットのストーリー考察を行っているギルドのリーダーなんです、『完璧書院』と言うのですが」
それについては聞いた事がある、ボス等からドロップする書籍を買い集めているギルドだ、そのような認識を話すとGyは満足気に微笑んだ。
「私は蜃気楼の塔攻略後に表示される文章を読むためにこの塔を攻略しています、どうも目撃談にバラツキがあるようで、実際に見なければ信憑性のある情報を載せられないと思いまして、しかし貴女の目的が叶う可能性も大いにあると思います」
「蜃気楼の塔に何かが隠されていることに同意してくれるのか?何か根拠があるのか」
「はい、創世の記録の断片の仕様は知っていますね?その章数は実装されたバージョンに対応している、現在私たちが集めている1章のページは1枚が欠けているのですがバージョン1から存在したダンジョン及びボスはもうここしか残っていない」
どうやら『完璧書院』の活動はかなり活発なようだ、創世の記録は1章毎に数百ページあるはずなのだが。
「つまり断片クラスの超豪華な報酬があるかもって訳だな!分配はどうするんだ?」
「私には必要ありませんよメイと狩るるとイシャさんで3等分なさっては?」
「私もいらない、2人で分けて」
「えぇ!?2人ともまじかよ!じゃあ俺とイシャさんで1対1ってことで」
トントン拍子に話が進んで、私にとってそれなりに好都合な結果になった。
「ありがたい話だ、だが本当にそれが見つかるとも限らないぞ?メイさんと狩るるさんは何故このダンジョンへ?」
「俺は2人と遊ぶためだな!今は3人!」
「私は魔術の要素集め、もしかしたら幻覚を見せる要素があるかもしれないと思って」
このゲームの魔術師は特殊な環境に身を置き、要素を抽出し自分のものにすることでその要素を魔術に適用できるようになる、そしてそれを組みたてて魔法を発動する、という仕組みらしい、なるほど蜃気楼の塔はいかにも異質な環境だ、他では得られない魔術要素を手に入れられるかもな。
「もうこんな時間か、今日は40階層程度の戦力を分析したいんです、そろそろ行きましょうか」
そう言ってGyは進む準備を始めた、私たちはそれに追随する。
泉はいつの間にか元の色に戻っていた。
【システム】
『神秘の泉』浸かると体力魔力全て全回復する便利なヤツ
『要素』魔術は要素を組みたてることで効果を発揮する、例えば『炎』『球形』『投射』等の要素を組み合わせて『飛来する火球の生成』を発動したりする。同じ環境からどんな要素を獲得できるかはプレイヤーの感受性次第であり、組み立てる能力も当然人によるので魔術師が使う魔法は多種多様である。




