其の壱拾参 下
「よ、景。」
「ん、ああ。勇か。」
夕食も終わって喉が渇いていたとき俺の部屋に来たのは顔を青く腫らした勇だった。
・・・ご愁傷様。
それにしても蟹は美味しかったなぁ。峯下先輩には悪いけど、あんなに久しぶりに食べたよ。
「お前まだ風呂入ってねぇだろ。入ろうぜ。」
「ああ。」
普段ぞんざいに扱ってはいるが、特に勇のことが嫌いなわけでもないのでOKを出した。
カミツキ! その壱拾参 下ツ巻 「帰宅部大合宿会 一日目 下」
ということで今、露天風呂にいて、勇はなにやら鼻息を荒くしている・・・。お前まさか・・・・・俺はそっちの気はないぞ、ノンケだ。
「おおいっ!それはねぇ。絶対にねえよ!」
勇に聞いてみたら違ったらしい。安心した。
「・・・じゃあなんでそんなに興奮してんだ?」
「当たり前だろ、ここの隣は女風呂・・・。
きっと洗いっことかしてるんだろ、ぐふふ・・・。」
さりげなく勇との距離をとる。
こいつとは一緒にいてはいけない気がする・・・否、一緒にいてはいけない。
「ぐふふふふ、景、行くかい?
天国が待っているぞ。」
「遠慮する。」
「そうかいそうかい、じゃあオジサンは天国に行くからな。ぐふふふふふふ。」
そう言うと勇は何故か危ないオジサンになって天国・・・ではなく地獄へと向かっていった・・・
勇は塀をよじ登る。そして、頂上までたどり着くと・・・矢が飛んできて射落とされた。・・・凛がいたかな。
しかしあきらめず今度は塀を外回り(露天風呂の外のほう)して行こうとするが・・・矢が飛んできて海へと真っ逆さま。
凛、やりすぎじゃ・・・ないな。妥当な制裁だ。でもどうせ凛のことだから水着は着ていただろうけど。
「ねぇ、景いる?」
「ああ、いるぞ〜。」
凛が塀の向こうから話し掛けてきた・・・もとい、叫んできた。
何か後ろで(勿論、凛のだ。)峯下先輩が大声で「凛ちゃん、すごいねー」とか言っているが気にしない。
「勇、落としちゃったけど、どうする?」
「どうせ海岸線に打ち揚げられているから後から探しにでも行くか?」
「そうするわ。」
ということで、今日の予定に『勇捜索』が加わりましたとさ。
「凛、いないな。」
「いないわね。」
現在時刻、22:54
「どうする、もう帰るか?」
「そうしましょう。」
二人して即決。哀れ勇、君のことは忘れないよ・・・
すると旅館に帰ろうとすると何か軟らかいものを踏んだ。
「なあ、この物体って勇か?」
「ん、そうじゃないの?」
そっけない反応を見せる凛、どうでもいいのか・・・まあ、俺としてもどうでもいいが。
「連れてこうか?」
「私としてはどうでもいいんだけど、一応引き摺って行こうかしらね。」
引き摺ること確定なんだ、もう少しマシな扱いは・・・無理だね。
「景、行くわよー。」
そう言うと彼女は勇の服の襟首を持ってずるずると勇を引き摺りながら旅館へと引き返していった。
哀れ勇、本当に引き摺られて帰っていく、しかも海に落ちたせいで体はびしょ濡れだし。
そんなことを考えながら旅館に入ると・・・
「う゛〜・・・」
なにやら顔を真っ赤にして呻いているアマがいた。
「どうしたんだアマ?」
「ん〜、景か。
なんだか上せたみたい〜。」
そう言ってアマはソファーに体を預ける。
上せた・・・ああ、一時間温泉に入っていたのか。
「お前でも温泉で上せるのか?」
「まあね〜、サウナとかなら大丈夫だと思うんだけど〜。」
「何が違うんだ?」
「さあ?」
そう簡素な答えをするとすぐソファーに身を預けてしまった。
本当に堪えたらしい。
「早く部屋に行って寝たほうがいいぞ。」
「ん〜、あと少しここにいたいけど・・・
凛、呼んできてくれない?」
「ああ、分かった。」
アマが風邪引いても困るので凛にメールを送る。
するとその後すぐに凛が来て、アマを連れて行ってくれた。
・・・俺も部屋に帰るか。
部屋に帰るとまたもや勇が気持ち悪い笑いを浮かべて舞っていた。
そう、待っていたのではない。舞っていたのだ。
「やほ〜、景。
早速だが俺は女子の部屋に突撃するが一緒に来るか?」
「行かない。」
「そうか〜、確か女子の部屋はこの階の上だな。
ちょっくらいってくるぜ!」
そう言うと勇はすぐさま部屋から出て廊下を走って行った。
するとそれと入れ替わりに男子の先輩が入ってきた。
「やあ。」
「は、はい。」
「この際だから聞くけど、君の名前は何?
僕は椎名夏樹だよ。」
「俺は清浦景です。」
この先輩は椎名先輩というらしい。
「ところで、さっき廊下を走っている子を見たんだけど誰?」
「ああ、窓を見ればわかると思いますよ。」
そう言って先輩と二人で窓の外を見てしばらくしていると・・・勇が降ってきて、海にダイブ。
「・・・・・」
「・・・・・あいつ女部屋にいったんですよ。」
「で、落とされた?」
「そうです、大体は。」
「・・・・・そうか。」
どうやら納得してくれたらしい。
「それじゃあ、俺は捜索しに行くんで。」
「ああ。」
そう言って廊下に出る。
はぁ、外は冷えるだろうな。
・・・・・喉渇いた。