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前編

微エロ有です、苦手な方はBrowser Backでお願いします。

コナー伯爵令嬢のパトリシアは自他共に認める才女であった。

学園での試験は常に五指に入っているし、学生の身でありながらすでにいくつかの論文を発表している。賛否両論はあるものの、若者らしい斬新な切り口で書かれたその論文が、将来を有望視される人物のひとりとして数えられるきっかけになったことは間違いなかった。

そのパトリシアの婚約者が今作の主人公、ブライス子爵令息、セドリック・ブライスである。


通常、子爵が領地を持つことはないのだが、ブライス家は珍しく領地を持っている。

それ自体は小さな土地であるのだが、国内のちょうど中心に位置している為、流通の拠点として重要な役割を果たしていた。そのため、子爵という決して高い身分ではないにも関わらず高位貴族ともそれなりの交流があり、婚約者にも伯爵令嬢という家格の高い令嬢を据えることができたのであった。





朝、パトリシアを屋敷まで迎えに行くのがセドリックの日課だ。伯爵邸に馬車が到着するとすぐ、家令の出迎えを受ける。

「セドリック様、おはようございます」

「おはよう。シアは四阿(あずまや)かな?」

セドリックの言葉に家令は困ったような顔をし、

「申し訳ございません、間もなくセドリック様がお見えになる時間だと、いつもお伝えはしているのですが」

「いいよ、俺が迎えに行く」

家令からパトリシアの鞄を受け取ると、勝手知ったるで庭園の方に回る。セドリックの予想通り、四阿(あずまや)ではパトリシアの黒髪が揺れているのが見えた。

「シア、おはよう」

セドリックが声をかけるとパトリシアは広げていた新聞から顔を上げた。

「まぁ、セディ。おはようございます、もうそんな時間なのね」

急いで新聞をたたみ、セドリックに駆け寄ると、彼の持っていた自身の通学鞄を受け取った。

「ごめんなさい、つい夢中になってしまって」

パトリシアは貴族令嬢にしては珍しく新聞を好んで読むのだ。時間も忘れて読み耽り遅刻することもしばしばあった為、こうしてセドリックが迎えに来るようになった。

正直、セドリックにとっての新聞など、なにが面白いのかさっぱり分からない代物だ。しかし、そのおかげでこうして毎朝パトリシアと登校できる口実ができたと思えば悪くない。

「行こう」

セドリックの差し出した手に彼女は躊躇なく触れ、はいと可愛らしく頷いている。

才女だろうがなんだろうが、パトリシアは間違いなくセドリックの愛する婚約者であった。


ふたりを乗せた馬車は学園に到着し、先に降りたセドリックはパトリシアにエスコートの手を差し出した。

セドリックはパトリシアの婚約者なのだから、それ自体はいたって普通のことだ。ただ、家格に差があるせいで、パトリシアがセドリックを従者のように扱っていると考える者もいた。

だからパトリシアは馬車を降りるときセドリックの手を借りるのを嫌がるのだが、かといって同乗しているセドリックがエスコートをしないというのもちぐはぐで、結局、パトリシアはセドリックの手につかまるしかなかった。

それでも彼女なりに考えはあるようで、いつもは人前でのスキンシップを恥ずかしがるパトリシアでも、このときばかりは積極的にセドリックに寄り添ってくれる。

「ありがとう、セディ」

馬車を降りたのだから彼の手はもう必要ないにも関わらず、パトリシアはセドリックの手を離さず、それどころか愛らしい笑顔を見せた。

婚約者からの愛情表現をセドリックが嫌がるはずもなく、ふたりは手をつないだまま校舎の中に入り、やがてセドリックの教室の前までやってきた。

「じゃぁね、セディ」

パトリシアは小さく手を振り、さらに奥に位置する教室に向かっていった。

彼女は各学年、十名しか入れない特進クラスに所属している。ちなみにセドリックはその次に優秀なクラス、準特進だ。


彼女の背中が見えなくなるまでそれを見守ってから教室に入ると、クラスメイトのデイジーが苦々しい顔で話しかけてきた。

「今朝も迎えに行ったの?」

デイジーは男爵令嬢で貴族位の中では最下層だった。他の学年の伯爵令息が彼女を見初めた為、その男と婚約を結んでいる。しかし、彼のデイジーへの愛情は空回りしているようで、彼女は婚約者からの好意を高位貴族からの押し売りのように感じており、素直に受け取れないらしい。

一個人がそう捉えるのは良しとしても、他者も自分と同じだと判断するのはどうかと思う。

そう、デイジーは伯爵令嬢(パトリシア)に命令された子爵令息(セドリック)が毎朝早起きして迎えに行ってると考えているのだ。

パトリシアがことさらにセドリックとの良好な関係をアピールしているのは、周囲にこういう考えを持たれたくないからだった。

セドリックが物語に出てくる貴公子のように、甘い言葉をつらつらと述べられる性格であれば『愛する婚約者を迎えに行くなど、造作もないことだ』などというセリフを吐けたかもしれないが、生憎とそんな柄ではない。かといって、自分が望んでそうしていると明言するには気恥ずかしい。

だいたいこれはセドリックとパトリシア、ふたりの間のことなのだから外野は黙ってろと思う。それで結局、

「君には関係ないだろ」

と不機嫌に対応するセドリックであったが、デイジーはそれを良いように解釈し、

「高位貴族の方ってどうしてああなのかしらね」

と彼らへの不満に賛同するよう求めてくる。しかし、セドリックはパトリシアへの不満などこれっぽっちもないのだから、

「そうやって斜に構えずに、婚約者の好意は素直に受け取ったらどうだ?」

と反論してみせると、デイジーはムッとした顔をし、余計なお世話よ、と捨て台詞を吐いて自分の席に戻っていくのであった。



規模は違えど、どの教育機関にも共通の行事として文化祭というものがあり、セドリックが通う学園にもそれはあった。

クラスごとの出し物に参加する者もいれば、個人で楽器の演奏や演劇を披露する者もいる。セドリックのクラスは演劇に決まり、セドリックが主役を任されることになった。

その結果、休日はパトリシアがセドリックの練習に付き合うのが恒例となった。

「『えぇぃ、化け物め!』」

セドリックの演技にパトリシアは眉をしかめている。

「臨場感が足りないわ、もっとこう、忌々しい!って感じを全面に出してみたらどうかしら?」

勇敢な騎士が囚われの姫を救出しに行くというストーリーで、今、練習しているのは、騎士が魔の森で姫をさらった悪魔と対峙する場面である。

「忌々しいってどんな感情だよ、日常にそんな場面なんてあるか?」

セドリックの苦笑いにもパトリシアは真剣だ。

「イラっとくる感じ?相手は人ではないし、むき出しのヘイトでいいと思う」

パトリシアの提案にセドリックは笑った。

「リアルではイラついてもはっきりとは言えないもんな」

感情をそのままぶつけることは貴族にあるまじき、いや、平民だとしても、分別ある年齢になればそんなことはしないだろう。

「そう、だから日頃のうっぷんを晴らす勢いで。ね!」

パトリシアの大きすぎる賛同にセドリックは心配になった、彼女は普段から我慢を強いられているのだろうか。

特進クラスには公爵位や王太子もいる。そういう面々がまさか嫌がらせなどという低俗なことをするとは思えないが、それでも心配だ。

「シア、大丈夫か?」

「なにがですか?」

「いや、君が日ごろのうっぷんなんて言うから」

「なぁにそれ。あはは」

セドリックの心配にパトリシアは声をあげて笑った。

淑女は声を立てて笑ってはいけないとされている、それでも声が漏れてしまったということは余程面白かったのだろう。

大笑いしているパトリシアにセドリックは不貞腐れてみせた。

「なんだよ、ひとが心配してるのに」

「ごめんなさい、だっておかしくて」

「もうシアの心配はしないことにする」

セドリックの宣言にパトリシアは懇願する。

「許してセディ、あなたの気持ちを無碍にするようなことを言って、反省してるわ」

パトリシアはそう言ってセディの腕に手をおいた。

「心配してくれてありがとう。確かに多少の誤解は腹立たしいけれど、言い募るほどじゃないわ」

「誤解って君と俺の関係?」

セドリックの問いにパトリシアは肩をすくめてみせた。

「失礼しちゃうわ、子爵令息を従者扱いにしてる女だなんて」

「誰に言われたんだ?正式に抗議すべきだ」

婚約者への暴言を黙っていられるほどセドリックは大人ではない。しかし怒れる彼にパトリシアは首を振る。

「誰ということではないわ、一定数はそういう目で見てるって分かってるから。でも、それをなんとかしたくて」

そこまで言ってパトリシアは口ごもった。彼女が飲み込んだ言葉はセドリックもきちんと分かっている。が、それを彼女に言わせたい。

「なんとかしたくて?」

「それは、その」

セドリックの見つめる前でパトリシアはみるみる顔を赤くしていく。その熟れたイチゴにそっと手を伸ばせば、それはますます赤くなった。

「なんとかしたくてシアはどうしたの?」

「分かってるくせに」

「分からない、分からないなぁ」

セドリックは大仰なセリフでそれを否定し、パトリシアの顔を覗き込むようにして視線を合わせた。

「シアの口から聞きたい」

セドリックからの熱い視線を受けたパトリシアからは危険なほどの色香が漂い、彼女はそれを溢れ出させるように囁いた。

「わたしたちは愛し合ってるってアピールしてるの」

「愛し合ってる?」

「そうよ」

「こんな風に?」

セドリックはパトリシアの肩に腕を回し、その唇を堪能した。それは恐ろしいほど甘く、その甘さが彼の脳内を犯していく。

「愛してるよ、シア」

セドリックの囁きはパトリシアを甘くとろける世界へと導いたのであった。



パトリシアの演技指導のかいあって、セドリックのクラス劇は大きな喝采で終わることができた。

一方、パトリシアのクラスはオリジナル曲を合奏したのだが、これも大きな反響を呼んだ。作曲したのは王太子のレイモンドで、美しい旋律を持つその曲はやがて舞踏曲へとアレンジされ、夜会で演奏されることが恒例となった。

そして隣国からの特使団をもてなす為の夜会でも、それは演奏されたのであった。

商売上、隣国とのつながりが深いブライス家の面々も参加していた。それはセドリックも例外ではなく、彼は婚約者のパトリシアをパートナーとして伴っている。


次期国王のあふれる才能に社交界の人々は称賛を惜しまない。

「レイモンド王太子殿下は素晴らしい才能をお持ちね」

「すでにいくつかの法案も提出されているとか。将来が楽しみですな」

噂の主は穏やかな笑顔を浮かべ、政界の重鎮と歓談をしている。しかし、本来ならば彼の隣には婚約者であるナタリー・ボールド侯爵令嬢がいるはずだが、その姿はなかった。

「ボールド侯爵令嬢は欠席なんだな」

「なにかあったのかしら?」

国賓を招いての夜会ならば王太子とその婚約者の参加は必須だ、それなのにナタリーがいない。セドリックはナタリーと、パトリシアはレイモンドと同じクラスだ。しかしこれといった話は聞いておらず、それ以上語る言葉もない。

やがてレイモンドが作曲した舞踏曲の演奏が始まった。待ってましたと言わんばかりに皆、ダンスホールへと足を向け、ふたりもそれに倣ったのであった。


何曲か続けて踊ったところでセドリックはパトリシアをダンスの輪の外に誘導した。

そろそろ疲れが出る頃だろう。女性は高いヒールを履いて踊らなければならない。仮に彼女がどれだけ鍛えていたとしても男性には及ばないし、ましてヒールという大敵がいるのだから敵うはずもない。

ふたりはすれ違った給仕係から飲み物を受け取り、それを持ってバルコニーへと出た。

周囲に誰もいないことでパトリシアの気が緩んだのだろう、持っていたグラスを一気に飲み干した。

「あー、おいしい!」

子供のようなことを言うパトリシアに苦笑しながらもセドリックは彼女の空になったグラスを受け取り、代わりに自分の分を渡す。

「シアはダンスは得意なほうだよな、それでもやっぱり疲れるのか?」

「ヒールじゃなかったら、永遠に踊ってられる自信はあります」

そう言って片目をつぶるパトリシアにセドリックは大げさに驚いてみせた。

「それは大変だ、シアのパートナーにふさわしく鍛錬をしなければ!」

セドリックのおどけるような口調にふたりはそろって笑い出した。

ひとしきり笑いあったところで、パトリシアが言う。

「こんな風に笑っていられるのもあと少しね」

その言葉にセドリックも頷いた。

「次の夜会は卒業パーティーか」


間もなく卒業試験を兼ねた学年末テストがある。そろそろ試験に向けた勉強を始めなければならない時期に来ている。試験にパスして卒業しなければならないし、卒業したらそれぞれの道へと進むのだ。

セドリックは子爵家を継ぐため、本格的に家業に取り組むことが決まっている。そしてパトリシアは彼と結婚して子爵家を支えるのだ。

彼女の出した論文はどれも経済学に基づいたもので、その知識は子爵領を盛り立てるのに活躍してくれるだろう。この素晴らしい才能をもっと伸ばしてやりたいセドリックは、さらに上の教育機関へ進学するよう勧めているが、パトリシアは首を縦に振ろうとはしない。

「俺が卒業したからといってすぐに父が引退するわけじゃない。父が当主なのだから夫人は母のままだ。君はまだ、君の好きなことをしていてもいい」

「そうはいかないわ、わたしはブライスのおじさまもおばさまも大好きなの。学費を出して頂く上に仕事を押し付けて、わたしだけそれから逃れるなんて駄目よ」

「でも君の学問はきっと子爵領に役立つよ、必要な投資だと両親も賛成してる」

セドリックは何度もそう言っているのだが、パトリシアは曖昧な笑顔をみせるばかりで承知しようとはしなかった。


この話をするべきタイミングなのかもしれないが、ここは夜会会場だ。美しく着飾っている婚約者とつまらない話はしたくない。

それを伝えるために彼女の髪に触れ、それに口づけを落とした。パトリシアの瞳を見つめればそこに映る自分が見えるようだった。

「好きよ、セディ」

彼の色香にあてられたパトリシアの可愛らしいセリフにセドリックは微笑んでそっと抱き寄せた。

「知ってる」

ここは誰にでも立ち寄りが許可されているバルコニー。だとしても、セドリックとパトリシアは婚約者同士であり、人目のある場所でのむつみあいも咎められることはない。

その事実に後押しされるように、彼は愛しい婚約者に口づけをし、彼女もまたそれに応えるように首に腕を回したのであった。




夜会の翌日から学園内の空気が一変した。セドリックとパトリシアが言っていたように、皆、試験の準備に入ったのだ。図書室で参考書を相手にうめいている者もいれば、教室で友人と勉強している者もいる。

それはセドリックもパトシリアも例外ではなく、彼女は今までより早く登校することにしていた。というのも、

「殿下の提案で勉強会をすることになったの。不得意な分野を教え合うのよ」

とパトリシアは言っている。しかしそれを聞いたセドリックは訝しく思った。レイモンドが首席でパトリシアが二位というのはここ最近の定番だ。このふたりに苦手な分野などあるのだろうか。

しかしレイモンドの提案だというのならセドリックが反対することはできない。学園内では身分差なく接して良いことにはなっているが、相手は王太子。彼がパトリシアと勉強したいと言えば、それに否やを唱えることはできないし、だいたいパトリシアより成績の劣るセドリックが、彼女に教えることなどできないのだ。

「そうか、じゃぁ試験が終わるまでは別々だな」

「ごめんね。でもわたし頑張りたいの、試験はこれで最後ですもの。一回くらい殿下に勝ちたいわ」

意気込んでいるパトリシアにセドリックは苦笑し、

「あまり無理はするなよ」

と言い、パトリシアは弾けるような笑顔で、

「気を付けるわ」

と言った。


それ以降、パトリシアとレイモンドが一緒にいる姿がよく目撃されるようになった。勉強を教えあっているのだから当たり前のことなのだが、事情を詳しく知らない者は、やはりそうだったかとしたり顔をしている。

以前から、レイモンドが本当に想っているのはパトリシアであり、ナタリーとは政略結婚に過ぎないのではないかという噂があったのだ。

確かに才あるレイモンドとの会話が成り立つ女性はなかなかいない。

凡人は一から順を追って説明してもらわなければ理解が追い付かないが、秀才というのは一のあと一気に五まで説明を飛ばしても分かり合えるのだ。レイモンドの側近である宰相令息ですら、ふたりの会話についていくのは大変だとこぼしているらしい。

噂のふたりが並んで談笑している姿は、まるで一枚の絵画のようにしっくりとくることはセドリックも認めている。

だとしても、パトリシアの婚約者はセドリックであり、彼女が愛しているのは自分だとセドリックは信じていたが、それが揺らぐような事態が起こったのだった。


もともと、クラスが違うパトリシアとセドリックが学内で会うことはあまりなかった。それでも移動教室に向かう途中や下校時に偶然、会うこともある。そんなときはちょっとした会話をし、別れるのが常であったのだが、ある日の廊下でパトリシアはあからさまにセドリックを避けたのだった。


午前中の授業が少し早く終わったセドリックはクラスメイトと共に食堂へと向かっていた。前から集団が歩いてくるのが見え、それが特進クラスの面々だと気づくと同時にパトリシアにも気が付いた。

彼女はレイモンドと共に先頭を歩いており、彼との会話に夢中になっているようだった。そのパトリシアより先にレイモンドのほうがセドリックに気づき、彼女にそっと耳打ちした。はじかれるようにセドリックのほうを見たパトリシアは明らかに動揺したのだ。

ちょうどそこが分かれ道だったこともいけなかった。あろうことか彼女はセドリックのいる方ではなく別の方向へと逃げるように走っていってしまい、それをレイモンドが追いかけていった。

「パトリシア嬢!」

周囲にレイモンドの声が響くというこの事態に、唖然として立ち止まってしまったセドリックは、彼のクラスメイトから気の毒そうな目を向けられてしまう。

特進クラスの面々はさすがというか、内心では驚いただろうがそれを表に出してはならないと教育されている高位貴族の令息令嬢だけあって、何事もなかったかのようにすれ違い、そのまま廊下を歩いていった。

「あー、セドリック。気にするな」

そう言って彼の肩にクラスメイトのひとりであるジェフリーが手を置き、セドリックはそれで我に返って、

「そうだな、食堂に急ごう」

と言ったのであった。

しかし、その出来事はあっという間に学園内で広がってしまい、セドリックがパトリシアに捨てられる日も近いとささやかれ始めたのであった。


そんな中で迎えた卒業試験。思うように集中できなかったセドリックではあったが、それでも十五位という過去最高の成績を収めた。

貼り出された順位表にセドリックはこっそりため息をつく。トップは王太子であるレイモンド、二位がパトリシア、三位は宰相令息だ。そのあとは側近候補やレイモンドの婚約者といった錚々(そうそう)たるメンバーが続いている。


「相変わらずだなぁ」

セドリックと共に順位表を見に来たジェフリーが言う。

彼の言っている『相変わらず』は、相変わらずパトリシアが二位であることを言いたいのだろう。

結局、パトリシアは最後までレイモンドを超えることはできなかった。いや、しなかったのかもしれない。パトリシアの二位という順位はもはや彼女の定位置だ。それはレイモンドに華を持たせる為、わざと次点に甘んじているのではないか、という噂がまことしやかにささやかれるほどであった。

そして噂のふたりは順位表の前で互いの健闘を労っている。

「とうとう殿下に一歩及びませんでした」

「いつパトリシア嬢に追い抜かされるのか、わたしはいつも冷や冷やしていたよ」

ふたりの仲睦まじい様子に周囲は目くばせをしあい、いたたまれなくなったセドリックはジェフリーを残し、先に教室へと戻った。


クラスのほとんどが順位表を見に行っている為、教室の中は閑散としていた。その中でナタリーがひとり、ぽつねんと席に座っている。

彼女の周囲にはいつも誰かしら令嬢が護衛のように貼り付いているのだが、このときは誰もいなかった。セドリックは彼女の近くの席であることもあって、なんとなく話しかけてみた。

「ナタリー様は順位表をご覧にならないのですか?」

するとナタリーは少しうつむいて、

「結果は分かっておりますもの。殿下が一位でパトリシア様が二位でしょう?」

と言う。セドリックにはなんとなく彼女の心情がわかるような気がして、それには答えず、

「ナタリー様は十位でしたよ、わたしは十五位です」

と、それぞれの順位を述べるにとどめた。

ナタリーはなにか言いたげな顔をしたが、彼女と親しい令嬢が教室に戻ってきた為、セドリックとの会話はそれで終わりとなった。

お読みいただきありがとうございます、後編は一時間後の21時に投稿します。

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