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2-1

 俺は『開かずの間』の扉を開けた。

「おはよう、ラフェ。大人しくしてたか。」

 テレビの目の前で釘付けになっていたラフェはこちらを振り向く。

「日生! この板は面白いな!」

「テレビね。あんまり近くで見てると、目が悪くなるぞ。」

 いや、魔王の娘も視力落ちたりするのか? まあ、いいや。

「気に入ったようでよかった。」

 昨日は成瀬先輩達に電話した後、クリームパンを餌にラフェを再びこの部屋へ連れ戻した。そこで待っていた成瀬先輩達とこれからの行動について決まりを作った。

まず、俺はラフェが魔界へ帰りたくなるように努力すること。そのためであれば、目立たないように配慮したうえでラフェの外出も許可された。ただし、ラフェを帰らせるための作戦については進捗状況を逐一報告するように念押しされた。

次に、ラフェはこの『開かずの間』で生活すること。ラフェの存在は隠されているから出来るだけ人目につかないほうがいい。成瀬先輩達にとってもこの学校内にいたほうが監視しやすいという事みたいだ。さすがに部屋に何もないのはかわいそうだから、使っていなかったテレビと読み終わった本、クレーンゲームでとったよく知らないキャラクターのブランケットなんかを家から持ってきた。食料としては水とクリームパンを用意しておいた。ラフェは初め、「話が違う!」と怒っていたが、クリームパンを渡してやると途端に機嫌がよくなった。

最後に、もしも万が一、ラフェが別の世界から来た存在だとバレる、あるいは誰かに危害を加えた場合、俺に罰が与えられる。高木先輩曰く、『一度飼うって決めたら最後まで責任を持つのが飼い主の役目』という事らしいが、俺の方が先輩達に手綱を握られているみたいだ。

「日生、これは何だ?」

 そう言ってラフェがテレビの画面を指さす。『行列のできるスイーツ店特集』で、映っていたのはシュークリームだった。

「シュークリームだよ。薄い生地の中にカスタードが入ってるんだ。」

 ラフェはよく分からないといった感じで首を傾げた。

「あー…、クリームパンの上位互換みたいな。」

「クリームパン!」

 その単語に反応して目を輝かせた。テレビでは女性アナウンサーが食レポをしている。

『サクサクのシュー生地にトロッと濃厚なカスタードクリーム。行列に並んででも食べたい美味しさです!』

「私、ここに行きたい! あっ、昨日のこと、怒ってるんだから連れていけ!」

「あって言ったろ、あって。」

 今思い出したみたいな言い方だったが、それを出されると弱い。店名で検索すると、学校から歩いて二十分くらいの場所だった。

「じゃあ、放課後な。それまで大人しくしてるんだぞ。」

「おー!」


 放課後、部屋の扉を開けるとラフェが仁王立ちして待っていた。

「遅かったな。早く行こう!」

「ちょっと待って。」

「どうした?」

 ラフェが首を傾げる。

 シュークリーム屋へ行くと決めた後、俺は成瀬先輩に連絡した。外出する時は行き先と目的を伝えるのが決まりだったからだ。目的は「故郷の味に近い料理を探して帰りたくなってもらうため」ということにしておいた。近くに高木先輩もいたらしく、絶対に目立たないようにと念を押された。

 ラフェは、中身はいきなり魔法だかなんだかで命の危機を与えるヤバい奴だけど、黙っていればただの美人だ。艶のある綺麗な黒髪、ワンピースから見える白くて細い手足。それに少し幼さのある整った顔立ち。最近テレビでよく見るアイドルグループの中にいてもおかしくない。俺も最初に見たときは可愛いとか思ってしまった。今は危険性が上回っているが。

 中でも見た目で一番特徴的なのは目の色だ。赤なんて日本ではまず見ないし、これをどうにかしないと目立って仕方ない。放課後までその解決策を考えていた。

「外に出る前にカラコンをつけてもらおうかと思って。カラコンっていうのは…目に入れて使う、色のついた薄いシートみたいなもののことなんだけど…」

「目に入れる…薄いシート…」

 ラフェは怯えたように言葉を繰り返した。やっぱりダメか…

「じゃあ、サングラスにしよう。それなら目の赤さも目立ちにくいだろうし。」

 目の色は隠せても、有名人のお忍び休日感は出そうだけど、それくらいは仕方ない。

「目の色か? それなら変えられるぞ。」

「え?」

 ラフェが目を瞑る。そして再び目を開けると、黒色の瞳に変わっていた。

「ちょっと魔力を使っているからあんまり長い時間は出来ないが…」

「でかした、ラフェ! この部屋から出るときはいつもそれで頼む!」

「ま、まあ…そこまで言うなら仕方ないなぁ。」

 そう言って指で髪をくるくると巻いた。これで目立つ問題も解決。

「じゃあ、制服に着替えてくれ。扉の外で待ってる。」

 学校内で生活するからには必要だろうと、高木先輩達が女子の制服も用意してくれていた。今の時間はまだ生徒が多く残っているし、私服で校舎にいるところを見られたら騒ぎになるだろう。

「絶対覗くなよ?」

 ラフェが口を尖らせて言う。

「誰が覗くか。」

 俺の言葉を聞いてラフェは扉を閉めた。しばらくすると制服に着替えたラフェが出てきた。着方は成瀬先輩から教わっていたのか。

「やっぱり何でも似合うなぁ、私。」

「はいはい。」

 うっとりとしているラフェの首元に手を伸ばす。ネクタイは上手く結べないらしい。生徒指導に見つかったら面倒だしな。

「これでよし。行くか。」

「おう!」

 校舎を二人で歩いていると数人の生徒とすれ違ったが、誰も気に留める様子はない。上手く溶けこんでいるみたいだ。

「私、ここの生徒に見えてる?」

「みたいだな。」

「さすが、魔界第二十四代王ムグゥッ…」

 俺はラフェの口を手で押さえた。

「それはまじでやめてくれ。」

 そんなこともありながら校門を突破した。

「日生! あのシュークリーム?はどこにあるんだ。」

「ここからニ十分くらい歩いたとこだな。あー、そこの信号を右だ。」

 地図アプリを確認すると、あとは道なりでつきそうだ。

「りょーかい。」

「ん? 信号は分かるのか?」

「当たり前だろ。」

 んー…魔界の当たり前はよく分からないんだけど…イメージで言えば、

「もっとなんか…こう、マグマが吹き出してたりとか、紫色の液体が流れてたりとか…」

 ラフェは俺を小馬鹿にするように笑った。

「ふっ。いつの時代の話をしているんだ。そんなのは、ひいおじい様が統治されていた頃に整備されたぞ。」

 そう言って、歩きながら近くのビルを指さす。

「あれに似たような建物はある。信号もある。飛行者と歩行者を分けないとだからな。ああ、人間は飛べないんだったか。くふふ。」

「ラフェも飛べるのか?」

 そう聞くと、途端にラフェの表情が曇った

「まだ…でも! あともう少しすれば、私だって父みたいな、魔王の娘にふさわしい立派な羽が生えるはず…!」

「そうか。」

 魔王の娘っていう肩書も大変なんだろうな。

「まあ、態度は一人前に大きいし、それに見合った羽がじきに生えるんじゃないか。」

「…態度が大きいっていうのは余計だが、励ましとして受け取っておく。」

 気づけばビル街を抜け、河川敷に出ていた。歩道には等間隔に木が植えられていて、所々に咲いている白い花を見ると、これは桜か。

「この花…」

 ラフェが呟く。

「ん?」

「なんか懐かしい感じがする…何でかは思い出せないけど。」

 そう言って口元に手を当て、考える素振りを見せた。

 これはチャンスかもしれない。桜を見せてやれば、それがきっかけで故郷を思い出して魔界に帰りたくなるかも。時期的にもそろそろ満開になるだろう。

「じゃあ、今度この花がたくさん咲いてるところに行ってみるか。」

「いいのか? お前、意外といいやつだな!」

 ラフェが嬉しそうに笑う。

「そりゃ、どうも。」

 魔界に帰すためだからな。

 川沿いを歩いていると、カーブを曲がったところで奥に行列が見えた。アプリを確認すると、やっぱりあの行列が目的の店らしい。

「ラフェ、あの並んでる店がそうだ。」

「こんなに並んでるのか!?」

 ラフェは目を丸くした。

「まあ、今日テレビに出てたし、元々が行列店らしいからな。」

 店の近くまで行くと、三十人くらいは並んでいそうだった。

「魔法で店を十個くらいコピーして作ってやればすぐ食べれるか…?」

「やめろって!」

 危ない危ない…こいつの思考回路を侮ってはいけなかった。

「どうする? 結構待ちそうだし、やめておくか?」

「いや、やめない。これを食べるためにここまで来たんだからな。」

「そうか。」

 俺達は最後尾に並んだ。店からは生地の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

「ぐぬぬ…恐るべし、クリームパンの上位互換…」

「それ、パン屋の前では絶対言ったらだめだからな?」

 列が進み、俺達の番が近づいてきた。店先の看板を見ると、定番のカスタードの他にもチョコレートやストロベリーなんかの変わり種もあるらしい。

「色々あるんだな…! 私は一種類ずつ!」

「いや、高木先輩達からもらった予算の範囲内でお願いしたいんだが…」

 ラフェにかかる分のお金は支給してもらえるらしい。俺としてはありがたいが、お金の出どころは…余計なことは知らないほうがいい。

「ケチ!」

 ラフェは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 その時、俺達の後ろに二人組の男が入ってきた。割り込み…だよな。

気になって後ろの様子を気にしていると、割り込まれた女子高生達が男に声をかけた。

「ちょっと! 割り込みやめてください!」

「割り込みだなんて人聞き悪いなぁ。俺らは仲間と合流しただけだよ。な、相棒?」

 そういって男の一人が俺と肩を組んできた。はぁ…?

 男の口元は微笑んでいるが、目は笑っていない。話を合わせないと後でどんな目に遭うか…後ろの子達には悪いけど、ここは「はい」って言うしかない。巻き込まれたときは流れに身を任せる、だ。

「は…」

「違うぞ! 私達はこんな下衆の仲間なんかではない!」

 俺の言葉を遮るようにラフェが言い放った。

 男達がラフェに近づく。

「ああ? 何言ってんの?」

「下衆、だと?」

「ああ、そう言った。」

 ラフェは自分より大きな男たちを相手に、一歩も引く様子を見せない。

 俺は茫然として声が出なかった。心臓がバクバクと早まっているのが分かる。ラフェは、一体どうしようっていうんだ…

「お嬢ちゃんは俺達が手を出さないって高をくくってるんだ? そんなことないよ。なんたって俺達は下衆らしいから、ね!」

 そう言って男の一人が腕を振りかぶった。まずい…!

「あ?」

 男は俺を睨みつける。俺は咄嗟に男の腕を掴んでいた。

「ちょっと! そこで何してるの!」

 その時、向こうから声が掛かった。見ると自転車に乗った警察官だった。

「ふんっ。」

 男は腕を強引に振りほどいた。バランスを崩して俺は地面に尻もちをつく。

「行くぞ。」

 そう言って男達は去っていった。

「大丈夫ですか?」

 近くに来た警官は俺に声をかけた。

「ああ、はい。助かりました…」

 警官がいなくなった後、ラフェはニッと笑った。

「日生、まあまあかっこよかったぞ。」

「お前は危なすぎる! あのまま男に殴られてたかもしれなかったんだぞ!」

「私が人間ごときに負けるとでも?」

 そう言って不敵に笑った。

「でもまあ、もし日生が止めてくれなかったら、あいつの頭にうさ耳を生やして、語尾が『ぴょん』になる魔法をかけてやろうと思ってたから、あいつにとっては日生が止めてくれてよかったんじゃないか?」

「なんだよ、それ…」

 俺なんかが止めに入らなくても大丈夫だったってことか。ははっと笑うと、一気に疲れが押し寄せた。

「なんか猛烈に腹減った…」

「そのためのこれ、だろ!」

 ラフェはキラキラとした瞳で店を指さした。

「ああ…そうだったな。」

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