居座り転生者(6)
「甘いな若造…」
「…っっ!?」
俺が確かに掴んだはずの肉は、明石の箸中にあった。いや、正確には…明石の箸に、肉が突き刺さっている。
「おぬしは肉を掴んだ時点で勝ちをを確信した。それがおぬしの甘さよ」
明石はそう言って箸を人間同様の持ち方に直し、大きな肉を頬張り始めた。こいつ、正確に肉を箸に突き刺すために、わざと箸を指の間に挟んでいたのである。よく見ると明石の手は普通のうさぎと異なり、人間同様の5本指をしっかりそなえている。箸が不自由なく扱えるようにする遺伝子操作を施しているのか。正直、ホムンクルスはこういうところがずるいと思う。
「うおーっ!!はふぅ!これはなかなか!!うまい!!ほへぁ!」
「ふ、ふざけるなあ!雰囲気に反してお行儀が悪いぞ!あとうさぎは草食だろうが!」
「関係なし!儂だって部屋の片付けを手伝ったのだ。これくらい許されて当然!ぐぇ!!」
「こんにゃろ~~~~!ぐぇ!!」
「「~~~~~~~っっ!!」」
ユーオーディアからのげんこつが、二人の頭をずしんと衝撃した。
「二人とも、いい加減にしないとつまみ出しますよ」
「ちょっと、おい!AIが人間を殴るのは色々まずいだろ!!あとここ俺の家だから!!」
「不意打ちなどと!卑怯だぞ!」
「紛争回避プラグインの最新バージョンが正常に作動したようです。喧嘩が勃発しそうになった時、頭上に非致死性かつ一過性の痛みを伴う非破壊攻撃を行うことで、いさかいをひとまず中断させます。教育的制裁の一環として国際的に認められた合法プラグインですから人権予備規定には抵触しません」
「儂は今やか弱きうさぎなのだぞ!もう少し労われれるべきだ!」
「サピエンスだろうとホムンクルスだろうと容赦はできませんよ。食事中の治安を乱す者には制裁が必要です。ましてや寄せ鍋などという火を常に扱う食事では、尚更敏感になるべきでしょう」
「俺が買ってきた食材なんだから、俺がたくさん食べるくらいいいだろ!」
「それはなんとも、残念でしたね」
そう言ってユーオーディアは、マグロの刺身を豪快に取り、ひょいと口に入れてしまった。
「これでやっとイーブンです」
「…あっ、あああああああああ!!」
ぬかった。明石との口喧嘩に夢中になっているうちに、3人はイクラとマグロをことごとく食い尽くしてしまっていたのだ。こたつの上には見るも無惨なイクラの空き瓶と、上質なマグロの油がふわふわと浮く醤油皿が残るばかりであった。
「あの、ごめんなさい!なんか今すごいお腹空いてて…」
「やっぱ転生するとお腹空くのかなぁ~」
「お、おお、俺の食材がぁぁぁ…」
「ちなみに、先ほどお二方が争い食べていたあの肉は、普通にスーパーで安売りされていたのを買ってきたものですが」
「「え!?」」
「高級牛肉はもう焼いて食べちゃいましたよ。お二人とも億年単位の長い歴史を持つ生命、生きた細胞組織の集合体でいらっしゃる割には、味覚や嗅覚が洗練されていないようですね。開発されて100年にも満たない私の擬似味蕾でも味の違いを検知できますよ」
「じゃああの感動は全部まやかしだったのかよ!!畜生!!」
「なんだ!嫌味か!嫌味なのか!!AIとやらは嫌味を言うのか!!」
「明石さんは部屋掃除の手伝いを全然しなかったでしょう。多くを望む資格はありませんよ。まあこれで診療代金の立て替え費用、掃除費用もろもろの埋め合わせはできた、ということにしておきます」
「くっ…」
それを言われてしまうと…ああ、何も口を出せない。されるがままだ。
「まあまあ、今から一緒に寄せ鍋すればいいじゃ~ん。僕まだ全然食べれるよ~」
「…そういえばユーオーディアさんとアンドロイドは、確か機械の体でしたよね?人間と同じ食事をするのは正直驚きました」
「あなたの言う「人間」というのは、ここでは「サピエンス」のことですね。この世界ではホムンクルスも、アンドロイドも全て人間なんですよ。現在はAIも条件付きで人権が認められていますね。アンドロイドには元々サピエンスに入っていた精神が込められていることが多いですから、サピエンス同様の食事をしたいという需要はかなり多いんですよ。私のは完全に趣味ですけどね。全然食事に興味がないAIもいます」
「へえー。そうなんですか。勉強になります」
「あ、忘れてた!僕熱いもの苦手なんだけど、鍋食べられるかな?機械は硬くて丈夫で冷たいんだから、火傷なんて気にする必要ないよね!?」
ああ、そうだった。どさくさに紛れられて忘れてしまっていたが、こいつらそういえばただの冷やかし連中だったじゃないか。職場なら住んでないからまだマシだが、このストレスの湧き出る泉みたいな奴らに唯一の安寧の地であるこの家を占領されるわけにはいかない。とにかく、家でまでこんな話は聞きたくはない!
「…ユーオーディア、こいつらの茶番につきやってやる必要はないよ」
「…んなっ、なんだよそんな言い方ないじゃないか~!」
「部屋の掃除をしてくれたことには感謝してる。でもこれを食い終わったら帰ってくれ」
「………」
「なんだよ、何が不満なんだよ!ここでは患者扱いなんかしないからな!」
「…おまえさぁ、病院にいた時もそうだったけどさぁ」
「ほら、わかったらさっさと食って帰ってくれよ」
「僕が話した時だk」
「あと、ユーオーディアにはきちんと状況を説明してもらうからな」
「話 遮 っ て ん じ ゃ ね え よ ぉ ぉ ぉ !!!」
意味不明に突然キレ始めたアンドロイドは、俺に向かって拳を振おうとした。鍋の香りがどこかへ飛んでいくほどの風圧。やばい、死ぬのか…
「はあ」
弾丸がコンクリートに当たったような、遠くまでとどく鋭い金属音が部屋中に響いた。
「んにゃああああああああ!!!!ああああ!!!」
ユーオーディアは冷静沈着に鍋の蓋を持って、アンドロイドから飛んでくる拳の先に据えていた。アンドロイドは鍋の蓋を勢いよく粉砕するとともに、指を押さえながらごろごろ転がって悶絶している。
「分かりました。では、鍋でもつつきながら状況説明といきましょう」
「お…おい!ちょっと冷静すぎない!?俺の鍋蓋めっちゃ砕けちゃったよ!?」
「致し方ありません。生命と鍋蓋なんて天秤にかけるまでもないでしょう。第一、あなたが人の話を聞かないから怒ってしまったのですよ。精神科医のくせに、まともに会話もできないのはいかがなものかと。仮にも彼は部屋をお掃除してくれたんですから、もっと思いやりを持って対応してあげても良いでしょう」
うーうー唸って転がっていたアンドロイドは、きゅいんとモータ音をたてて起き上がるなり、恨みがましく不貞腐れた様子で答える。
「…真面目に取り合ってくれないなら、また殴るから」
「ストレートに武力で脅すじゃん!!」
ほんとに、なんなんだ。通常のアンドロイドにはリミッターが取り外しできない所に備え付けられており、それは神経系に直結している。アンドロイドの場合中身はAIではなく人間だから何かにキレることはまああるだろうが、他人を殴ろうとしたときは自動的に筋繊維への直通回路が遮断されるので、そもそもカッとなって殴るなんてこと、機能的に不可能なはずだ。
「…まあ、さっきのアンドロイドさんの質問に答えますと、温度と味の間には深い関係がありますから、味覚システム付きのAIには温度センサーは付いているはずですよ。機械式のセンサーなら、生物の細胞でできたセンサーよりは熱による破損に敏感にならずに済むと思いますから、少し熱い鍋くらいなら食べられると思います」
「じゃあ…食べてみようかな…」
アンドロイドは箸を取り、鍋から牛肉を取り出して口に入れた。
「…食べれる!美味しい!」
「ご機嫌は治りましたか?じゃあみなさん、早速先生にあの話をしてあげてくださいよ」
「ふん…聞きたかないね。今日、俺は君たちのせいでめちゃめちゃな一日を過ごすことになったんだからな」
「へぇ……?そういえば、奥の部屋には可愛らしいお人形さんがたくさん飾られていたようでしたねえ」
「…!」
「ナースの格好をした、ね…」
「……!!」
「私は特に気にはしませんよ。そういえば、看護AIは定例会議において、興味深いとおもった日常の出来事についてスピーチする機会があります。AIの人格形成が健全に行われているか定期検査のようなものですね。今回の件は非常に興味深く感じられたので、『労働環境と成人男性の倒錯趣味の関連性を示唆する一時例』…などと銘打って、発表でもしますかね」
「儂も一時期、短歌に凝っていた時期があってな。それをユーオーディアに話したら、おぬしが持っている人形一体一体について歌を詠んで、歌集にして配ろうと勧められたのだ。もちろん詠み人は全ておぬし名義で、全部恋の歌にするつもりだ」
「別に特段悪いことをしてるわけでもないんですから、もっと堂々としてていいんですよ!そういえば奥の部屋に可愛いお人形さんと未開封のお人形用のナース服がありましたけど、リンネさん、もしかしてナースになりたかったのでは!?ナースのお人形がたくさんあったのは、感情移入するためなんでしょ!?俺も女の子になってしまったので、ご一緒に女性の装いを学ばせてください!!」
「………頼む…勘弁してくれ……」
「リンネくぅ~ん!どぉ~~するぅ~~?」
「わかった!!わかったよ!!聞くよ!!」
「あ…はい!わかりました、じゃあ順を追って説明しますね…」