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転生科医  作者: 蒼風信子
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つまみ食い転生者(5)

「お帰りがずいぶん遅いようでしたので、探しに行こうと思っていたんですよ。さあ、早く中に入ってください。今日はこたつで寄せ鍋です」

「………」

「ほれ。早くしろ。鍋が冷めてしまうぞ」

「心配しなくていいよ明石。ガスコンロあるから」


ユーオーディアと今日診た3人が、整理が行き届いた俺の部屋で、当然のようにくつろいでいる。こたつはもう四人に占拠されていて、俺はカーペットの上で凍えるような思いをしている。


「アラサー独身男性が女子高生と同じこたつに入るのは流石に許し難いので、先生はこれで我慢してください」

「はい、これがテーブルです」


それは、テーブルというにはあまりにも小さすぎた。小さく、狭く、背もたれが付いている…


「椅子だよ!」

「上に物を置けるなら、それはテーブルではないのですか?」

「んなわけがっ…」

「ところで、この部屋綺麗じゃありませんか?」

「…う」


…流石に無視はできなかった。ソファの上に置きっぱなしだった気がする服は、ベランダに干されている。散らばっていたはずの空き缶の類は、ゴミ袋の中にまとまっている。ずっと一人で住んでいると、どうも部屋が荒れがちになりがちなもので。戸棚の中やタンスに置いておくよりもすぐ手に届く場所におくほうが消費カロリーが少なくて済むから、わざわざものを仕舞う気にもなれずに、そこらへんに放っておくことが多くなる。そんな考えで生活しているうちに、動線が確保できないほどに部屋が散らかると、もう掃除しようなんて気持ちすら一切合切消えてしまう。


「色々なところに様々なものが放置されてあったので、食事を椅子に置くのでも全然構わないのかと。カップ麺の容器が床に落ちていたので、床で食べるのがお好きなのかと思いましたよ」

「…片付けてくれたんだな、ありがとう」


色々言ってやりたい事はあるが、部屋をここまで綺麗にしてくれたのは普通にありがたい。ありがたいのが非常に厄介である。彼女に借りを作ってしまったことよりも、凄まじく汚い部屋に住んでいたと言うことが、彼女を通じて世間に知られるかもしれないというのがとても厄介だ。それよりも何よりも一番最低最悪なのが、俺が世間から一生隠したかったフィギュアの収集趣味もバレてしまっているということだ。下手に動けばそれが公に晒されるのを恐れて生きていかなければならないのだ。いつも一緒に診療しているのだから、彼女は俺がこんな趣味をバラされたくない(たち)ということは悟っているはずだ。俺が今一番するべきは「なぜ、どうやってこの家に入ったのか」を問い詰めることに他ならないはずなのに、ユーオーディアとあの三人がこの部屋にいることが結構どうでも良くなりかける程には焦っている。弱みを握られていることに留意して様子を見つつ、理由を探り当てなければならない。


「ええ、まあ非常に汚かったですね」

「あのような場所でよく生活が保てたものだ」

「全然、別に良いんですよ。他に行くところもなかったんだし」

「見たこともないものが結構多くて、面白かったよ~」


あんなことを言って診療室を追い出した手前少し気まずい雰囲気になるかと思いきや、明石と眩星とアンドロイドは普通に応対してくれている。正直恨みごとの一つや二つ言われると思っていたが。


…にしても、本当に帰る家がないのだろうか。壮大な悪ふざけでないのなら、かなり手の込んだ寝床探しだったか。今日寝る場所を探して彷徨う浮浪者にしてはあまりに格好が整いすぎているから、三人とも家出でもしてきたのだろうか。集団で家出などあまり耳にしないけれど、仮にそうだとすれば寒さや雨風をしのいで眠る場所を見つけるという目的を見事果たしたわけだ。でも、なぜユーオーディアは彼らをここまで連れてきたんだろう。彼女にそんな義理はないはずだし、第一、俺は家の場所なんて教えてないのに…


「ぼさっとしていないでください、もう準備が済みましたよ」


しばらく使ってなかった食器と箸がこたつと椅子(俺だけ)に並ぶ。普段の生活の荒れっぷりを自省しろということなのだろうか。俺のやつだけなんかめっちゃボロボロだ。賃貸とはいえ家主なのに。そういえば今日は昼も控えめで、いつもより遅くまで働いたから、やたらと腹が減っている気がする。


「それでは皆さん、一緒に食べようではありませんか」

「手を合わせてください」


示し合わせたように手を合わせ始める四人。手を合わせると鈍い金属音がするのはアンドロイドならではだろうか、部屋中に銃声のような音がベチーンと響く。少なくとも食欲を促進するような音ではなかった。小学生みたいなテンションで飯を食べるあたり、ユーオーディアも初期教練(AIの人格育成プログラムの一つ。人間でいう小学校の課程と類似する)が抜けきってないのだろう。律儀なものだ。とりあえず自分も付き合いで手を合わせる。


「「「「ゴチになります」」」」


4人の声がこだまする。というか『いただきます』じゃないんだ。なぜだかわからないが、俺の方を見てお辞儀をしている。謎の儀礼が終わると、四人は一斉に食べ始めた。


「時にユーオーディア、『ゴチになる』というのはどんな意味があるのだ」

「『ご馳走になります』という意味です。高い食事を奢ってもらうときに感謝の意を込めて使います」

「…へ?」


アンドロイドはおもむろに菜箸を取り出し、具材をつかむ。


「リンネはお金持ちなんだね~。こんなに良いもの食べられるなんて、羨ましいよ」

「牛肉か…西洋では好んで食されると聞いたが、一体どのような味がするのか」

「豚肉よりも歯応えがあって、美味しいよ」


こたつ周りを見回してみると、俺が今週末食べようとしていた取り寄せ食材や、ずっと前に買ったは良いものの冷凍庫の肥やしになっていた高級食品が、豪華絢爛(ごうかけんらん)と並んでいるではないか。瀛州(えいしゅう)産のA4等級神戸ケンタウルスビーフ、ウタリ首長国連邦産アイヌ黄金鮭のいくら、瀬戸外湾の亜音速マグロ…どれも最高級クラスの食品である。まさかこれを全て鍋に放り込もうとしているのではないだろうな…


「なっ、おい、何勝手に」

「どうせ食べないんでしょう?これ以上放っておいても冷凍やけして味が落ちるばかりですよ」

「別に今週末食べようと思ってたし!?なんでお前らに渡さないといけないんだ!!」


ユーオーディアはこちらがわめいているのも全く気にかけず、皿に盛られた解凍済みの牛肉を鍋へと豪快に入れ、土鍋の蓋を閉める。


「あ~~あ、入れてしまいました。ここからは早いもの勝ちですね」

「うぐぐぐ…このやろう…」


少しでも日々に彩りを持たせようと、少し高級な食材をちまちま買っていた。でも大抵週末はあまりにも身体が死んでいるから、高いものを食べようというモチベーションもあまり上がらなかった。だから買ったは良いものの食べない食材が結構増えていたのだ。で、週初めに食べなかったことを後悔して、月火水木金と過ごし、また食べない。この繰り返しでどんどん食材だけが溜まっていって今に至るのである。しかし調理されてしまった以上、今日は出来るだけ多く食ってやらねばなるまい。いや、食わねばならない。一応患者の扱いをしてやったとはいえ、今日のストレスの引き金を引いたのはこいつらではないか。たくさん食われたらなんか癪だ。俺が一番食って、一番満足感を味わってやる。


明石が箸を構える。流石に人間同様の掴み方はできないようで、指と指の隙間に箸を入れている。


「あ、なんかそれみたことあるなあ。指と指の間に刃物挟んでるやつ、アメリカの映画か何かで見たようn…」

「リンネ!」


眩星が話している途中にも関わらず、明石はまくしたててこちらを見つめる。


「牛の肉を独り占めしようとしているな!だがそうはいかんぞ!儂も食べてみたいからな!!」

「上等だよ…もう患者じゃないんだから容赦なくいってやるよ…」

「ふん、やっと本性を見せたか…しかしそのような邪悪な性根で儂に勝てるかな」


「そろそろですかね」


鍋が開くと同時に、芳醇な香りを(まと)う蒸気が部屋を対流し、みずみずしさと微かな温もりが全方位へと拡散していく。ネギ、椎茸、白菜、豆腐はすっかり整って、凛々しくも美しい様で艶めいているのがわかる。そう。高級牛肉がそれを成し遂げたのだ。止めどない油から溶出した甘々とした香りが蒸気の圧力を受けて気流に乗り、空間を素敵に包み込んだのであった。


(…見えたッッ!!)


一番大きい白菜の左隣に露出した大きな肉の塊。蓋と鍋の縁の間隙に、切り裂くような軌道で箸を突き入れる。箸も碌に持てないようなうさ公相手に、元卓球部の俺が負けるはずがないんだ。先手必勝、肉を掴んだ手応えをしかと感じる。高級牛肉は、俺が確実に頂いたッッ!


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