表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生科医  作者: 蒼風信子
4/6

転生者は気楽でいいなあ(4)

「…なんでこっちにアンドロイドを寄越した。俺は人間とホムンクルスしか診れない」

「あー、あれな。すまんすまん。精神3科(機械式筐体式自由意思保有体のための精神・神経専科の別称。言い換えると、アンドロイドのための精神科のこと)のメカニックがちょうどたまたま全員で取り込み中でな。暇してる奴がお前しかいなかったんだよ」

「…しっかり法律違反だろ。無免診療じゃねえか!国立病院がそんな順法意識で良いのか」

「そういうお前だってカルテも書かずに帰らせて追いかけなかったよなぁ?」

「い、今はそんな話してない」


ジン・ヴィトゲンシュタイン総合病院のAI司令室管理センター職員、メルヴィン・ヴァイツゼッカー。医学部の同期だが、こいつは臨床医師にならずにAI系統を制御する医系エンジニアになった。大学時代に唯一、仲良くしていたと言えるやつだ。


「すげー変な患者だっただろ」

「ああ」

「だからお前で良いかなって」

「な!ん!で!そうなる!!」

「だってさあ、交通事故で搬送されて精神病の疑いが生じるとか、あり得ないだろ?ただの悪戯を運悪くAIが誤診しちまっただけだぜ」

「ほんとにな!!あー!!大変だったなぁぁ!!」

「だから精神科だったらどこに寄越しても良いと思ったんだよ。たまたま暇だったのがお前だったってだけ。口調もなんか時代劇テイストだったし、3人揃ってじゃないと診療受けたくないとか抜かしだすし。口裏合わせて何かしら悪ふざけしようとしてたんだろ」

「悪ふざけだってわかってたならさっさと帰らせてくれ!引き受けるこっちの身にもなってみろ!」

「何がなんでも診察受けたいって言って聞かなかったの!『ここ以外に頼れるところは無い~』なんて言っちまってさ。そんなに金を無駄にしたいなら好きにしろって思って、通しちゃったんだよね」


『ここ以外頼る場所がない』という言葉が、妙にグサリとくる。午後の激務で忘れかけていた、いや、忘れるつもりだった、昼過ぎの光景が脳裏に浮かび上がってくる。失意に満ちたうさぎの顔、打ちひしがれる少女の顔、姿を消したユーオーディア…いやいや、俺は悪いことはしてない。あんなのは俺をからかうための嘘だ。転生なんてのは全くあり得ない、起き得ないこと…


……仮に真実だとしても、俺に責任は…


「でも金なかったみたいだぜ?迷惑なやつらだよなー」

「…一体なんであんなことしたんだろうな」

「さあねえ、さっぱりだ。それよりユーオーディアに感謝しろよ?お前があっさり逃したからあの()がちゃんと、必死になって立て替えてやったんてたんだぞ」

「…!」

「あと一歩遅かったらトンズラされてたかもしれないんだからな!」

「…別に、金を払わせるほどの診療はしてないよ」

「お前さんの診療がどれだけ低質だろうと、AIも人間も稼働させるだけで金がかかるんだよ。次会ったらお礼しとけ」


AI管理センターを出たあと、結局酒を買った。ストレスが溜まるとすぐ買い物しちゃうの、良い加減どうにかしたい。後々から考えてみると、いらないものばっかりになってるんだから。財布出すの面倒だからって、すぐスマートウォッチで決済するのもやめたい。軽率にものを買ってしまう原因の一つだと思うし。酒なんて不味くて好きじゃなかったはずだけど、いつの間にか飲酒が日常の一部に組み込まれてやがる。いつからだっけな。忘れた。これも酒のせいかな。酒もやめたいな。


にしても、ユーオーディアは俺に失望して帰ってしまったわけではなかったのか。まあ確かに、そんなのAIがやるにはあまりに感情的な行為だ。なまじ若い人間女性のような容貌をしているから、どうしても行為の一つ一つにはらはらしてしまうというか、一言一句、一挙手一投足に「さりげなく俺を突き刺してくる棘」がないかと探してしまっている。若い女性にきついことを言われる度に、学生時代の権力体制(カースト)で一番下にいたことを思い出してしまうから、敏感になっているのだろう。これも悪い癖だ。


つまり彼女(便宜的にそう呼んでおく)は、俺が彼らを追いかけないことを見越して、診療費を確実に徴収するために自ら赴くほうが効率的・論理的だと演算したということか。でもあんなおふざけで国立病院を使うような奴らに情けをかけて、診療費を立て替えてやったのはどうしてだろう。あと、金の問題を解決したらすぐに帰ってきてもよかったのに、なんで早退したんだろう…


ああもう、やっぱり愛想尽かされてんじゃん。でも、もとよりAIに愛想なんてないか。


そんな色々なことを考えながら歩いていると、いつの間にか家の前だ。カップルがアパートのエレベーター前で戯れあっていたから、のそのそとした足取りで階段を登る。俺が帰ってくる時はなぜいつもエレベーター前にカップルがいるのか。俺を待ち伏せしているのか。俺を嘲笑ってそんなに楽しいか…いやまあ、そんなはずはないんだが。でも万が一、億に一つでもそんな企みがあったとしたら癪だし、第一あんなところに割って入ったら気まずいだけだから、階段を使うしかないんだよな。金曜の夜だってのに、全くワクワクしない。どうせくたばったように寝るだけなんだから、自由なようで不自由な週末だ。


…ああ、どうせなら転生してみたいな。だいぶ前に小説で読んだやつ。酒を気絶するまで呑んで、起きたら別の世界にいる、みたいな。大した努力もせずにイケメン有能になれて、都合よく俺のことを好きになってくれる可愛い女の子がどこからともなく出現して、持ち前の知性と判断力と、溢れんばかりの才能を駆使して社会の重要問題を容易く解決する、みたいな。きっと異世界転生が俺の人生の全ての問題を解決してくれる。異世界転生したら人生ウハウハに違いない。第一、本当に異世界転生した奴は精神科なんて来ないで、前世で培ったスキルを活用しまくって無双するに決まってるよなあ。本当に異世界転生してたら戻してくれなんて言わないよなあ。


……まあ、実際そんな酒の飲み方したら、数日後遺体で発見されるだけだろうけどな。家には誰もいないし。


なんてことをぐだぐだと考えて階段を歩いていたら、いつの間にか自分の部屋に到着していた。今週も色々あったなあ、特に今日。少なくとも来週はもっと穏やかな日々を送りたいもんだ。一応言っておくか。ただいm…


『どがっっっっっっっっっ!!!!!』


指紋認証開閉式のドアノブを捻ったと思ったら、とてつもない勢いで金属製のドアが開き、俺の顔面を強打した。


「~~~~~~~~!!!!」

「あ、お帰りなさい」

「痛ってえな!危うく異世界転生するところだったぞ!」

「何言ってるんですか」

「何ってそりゃ…」


「…………え?」

「早く上がってください。夕飯ができてますよ」

「あ、リンネさんお帰りなさい」

「鍋ができておるぞ」

「いい加減お腹すいたよ~」


「…ええ? え?? いやいや、え?君たちなんでここにいるん……」

「でさ、これ何~」

「おや、これは髪がピンクの女の子の模型でしょうか。随分可愛らしい格好で、先生のご趣味がうかがえますね。おや、何か字が書いてありますね。『汽水域な彼女☆磯野もくずちゃんヌードルストッパー 2006 bishoujo expo edition』…」

「あああああああああああああああ!!!!ああああああああ!!!!!」

「あ、あとこれ!これなんすか?『乙女な少女♡ぷあぷあ☆まりこちゃん1/7ダイキャストフィギュア』…」

「ヒョオオオオオオオオオオオオオ」


酒の入ったレジ袋を落とす。今夜もまた、寝られる気がしない…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ