転生自己嫌悪(3)
3人の間に動揺が走ったのが、手にとるようにわかった。うずくまっていた明石も起き上がり、こちらを見つめてくる。眩星は目をギョッとさせ、絶望的な表情を見せている。アンドロイドは諦めずに、自分の主張を伝えんとする。
「えええ!ちょっと待ってよ、僕の話を聞いて!!お山を仲間とかけっこしてたら、滑り落ちちゃって…あまりに痛くて眠っちゃったんだよ!地面がゆらゆらすると思って目覚めたら、薄暗いトラックの荷台の中だったんだ!」
「お願いです!!俺たちを元の世界に戻してください!!異世界転生しちゃったんです!!この世界には魔法だってあるんでしょ!?色々頑張って、どうにかなりませんか…」
眩星が必死そうな目で訴えかけてくる。一瞬うろたえたが、ここで下手に出るわけにもいかない。
「それはできません」
「……!!」
「…いいですか、私は精神科医です。もちろん大学で医学を全般的に学んだ上で実習も長時間にわたりしたわけですから、体のどこかしらに不調があるなら原因究明に努めることぐらいできます。だが、あなた方はどこも悪くないんだ。搬送段階で機械があなた方の健康状態を調べ上げました。結果は至って健康、しかしAIによる予備診断では病的な妄想症状が疑われました」
「…なるほど、ここに来たときに妙に身体を調べられたのは、そのような意味があったか」
「なんだよそれ…ちょっと失礼じゃないか」
「そこで私はあなた方の精神状態を観察した上で、『精神に異常はきたしていない』と判断したわけです。思考・判断は明瞭、言語の使用も一貫性があり、場当たり的な妄想の兆候も見られない。あなた方もそう、思っているのでしょう?自分たちは至って正常だと。だとしたら私にできることなどありませんよ。あなた方はもう健康なんですから」
「ああ至って健康だ。治療など求めていない。我々が求めているのは、それぞれが元々居たところに帰る方法だ」
「……周到な茶番劇を見せられているなら、また話が変わりますけどね」
「…聞き捨てならないな、その言葉」
「あなた方の主張が妄想でないとしたら、嘘でしかありえないんですよ。考えてみてください。初対面の人間がいきなり『別の世界からやってきた』なんて言うんですよ。病的な妄想でないなら手の込んだ悪ふざけだ。信じろと言う方が無理があるでしょう。どれだけあなた方の主張が明瞭であってもね」
「我々は皆、事実を話した。嘘をついたものは誰一人いない。悪ふざけであるはずもないのは無論だ」
「…万が一にそれが事実だとしても、それを解決するのは私の仕事ではない」
明石はこれを聞くなり、無言ですっくと立ち上がりこちらに背を向けた。
「何か手がかりがあるかと思っていたが、無駄足だったようだな」
「帰る」
「あっ!ちょっと待てよ!どこに行くんだよ!」
「ひとりぼっちは流石にまずい!置いていかないで~~!」
明石につられて、他の二人も一緒に診療室をドタドタと走り出て行ってしまった。最後までうるさい連中だった。
「はぁ~~~…」
「良かったんですか、これで」
「…良くないよ、でも精一杯の最善だ。あんな奴ら相手にしてられるか」
そう、これが今の俺の精一杯。精神科医として出し切れるベストだ。
「あ…そうそう、私、今日は早退しますね。用事があるので。スペアのAIは先程手配しました」
「…え」
「では」
「……っておいっ!ちょちょちょ」
振り返るとすでにユーオーディアの姿はなく、自分の膝あたりを見つめて再び深いため息をつく。やはり、あんな形で診療を中断して、患者を帰らせたのはまずかったか…もっと話を聞いてやるべきだったという意思表示だろうか…
いや、これではいけない。私は自分の精神を安定させるために、過去の患者をいちいち振り返らないことに決めたのだ。特に転生だとかのたまう奴のことなどすぐさま忘れるべきだ。だって患者ですらないんだから。関わり合うだけ、時間と医療資源の無駄なんだから。
正面に向き直る。
「戸籍コード HT-nur-GW203348-ε、第5種第3等級特務AI、イリース・ゲラスタンツェンであります!!現時刻13時34分23秒よりユーオーディア・カルディナーレの代行看護師業務を勤めさせていただきます!!」
「うわ!!!」
本当に今日はびっくりすることが多い。AIだから情報受信から行動までが素早いのは当たり前なんだが、まあ、なんとも早すぎる代行が来た。
「動揺が見られましたが、問題がおありでしょうか!!」
「ない!ないからその…もっとその、静かにしてくれないか」
「…了承いたしました!」
「…」
ユーオーディア以外のAIはこんな感じの指示を出すとたいてい何も喋らなくなる。これは能力差別だと取られかねないのだが、そんなだからいつまでも第三等級(看護AIの階級で二番目に低い)なんだと思う。ユーオーディアだったら人間をビビらせるような登場の仕方しないし、戸籍コードから名乗ったりしない。あいつだったら、もっと簡潔にスムーズに自己紹介を済ますし、人間っぽい素振りもできるし、動揺しているように見える相手にいきなり質問しない…あいつだったら…
はあ、自分が嫌になってくる。理屈ばかりの偉そうなことを言って、俺は役にも立たず患者から逃げた。彼らが悪戯でここに来たのであろうと、俺が彼らの心の深層を汲み取る努力を放棄してしまったことに変わりはない。そんな無能な俺は、頼ってくれたあの3人の力になれなかったどころか、ユーオーディアがせっかく寄越してくれた代理の粗を探しては心の中で八つ当たりする始末だ。無能なんだから、そんな神経質になっている暇なんてないはずなのに。「最善を尽くした」だなんて言い訳に過ぎない。最善を尽くしてあんなお粗末な診療しかできないんだったら、診療を求めている人のニーズを満たせないなら、自分のメンタルも維持できないなら、精神科医なんてやめたほうが社会のため…
「ただいま診療予約が2件入りました!推定診療終了時刻は18時23分35秒です!定時を超えてしまう可能性が高いので代行を用意することもできますが、いかが致しますか?」
「…ああ、いらないよ…」
とにかく、仕事をこなして今日の忌々しい記憶から、すぐさま逃げたかった。家に帰っても独りだ。定時に家に帰ったらどうせ忘れられずに思い出して、しまいには眠たくなるまで酒を入れて、最悪な土曜の朝のできあがりだ。どうせならヘトヘトになるまで働いて、屍のように自然に寝付ける可能性に賭けよう。そっちの方がお金も貰えるしいくらか健康な気がする…
結局その日は定時を二時間ほどオーバーして、20時半くらいに診療棟を後にした。これが本当の退院である。体調はしっかり悪くなった。仕事をすると多少精神が高揚するのを感じるのだが、体は正直で、しんどい、しんどいと悲鳴をあげている。「疲れたらすんなり眠れる」というのは若い頃限定の話だということを、いざというときになかなか思い出せない。体の老化とともに、肉体酷使の応酬は「節々の痛み」とか「気だるさ」に変わっていく。疲れ過ぎて寝付けないなんてこと、20代前半の頃にはなかったと思うんだけどな…
何だか無性にむかむかする。元気があれば何かに当たり散らかしていたかもしれないが…ただ、まだ忘れちゃいけない仕事がまだ一つ残っているので、AI管理センターへと足を運ぶ。