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転生科医  作者: 蒼風信子
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転生ノイローゼ(2)

頭を抱えてうずくまっていた女子高生はゆっくりと顔を、やや上げた。それでも私の目をみようとはせず、私の膝のあたりを見つめ、無理矢理口角の筋肉を弛緩させ、無理矢理の微笑みを見せている。俺も学生時代よくやっていた作り笑い仕草だ。人見知りするタイプなんだろうか…?なんてことを考えていたら、彼女は少し顔を上げ、辿々しい声で呟き始めた。


「あの、眩星暈澄(くらほしますみ)と言います。東京の高校2年生男子です。あの、ほんとに男子です。学校から帰る道の途中、トラックに撥ねられて、それから目が覚めたらトラックの中で女の子になってましたぁ………!」


動揺のあまり語尾が上がる。対して、せっかく上がった顔面はまた下がってしまった。両手をグーにして合わせて膝の上に乗せながら、全身がぷるぷると振動している。あまりに突然で、あまりに奇想天外な現実を受け止めきれない人間の反応としては自然ではあるか。自分の言い放ったワードが脳内で反響して、それに応答するが如く常識が拒否反応を示す。「漫画でしか目にしないような台詞を言ってしまった、恥ずかしい」とでも思っていそうな、そんな様子である。こっちだってどんな顔すればいいかわからないのだが。


…でも、彼女は精神を深く病んでいるように思えないのだ。とりあえず何かしらショックを受けていることは間違いないが、自身の主張を客観的な視点で適切に評価できているし、周囲の目を気にして赤面する程度には外界を常識的に捉えられている。言葉遣いにも支離滅裂さはなく、説明も明快である。加えて彼女の供述と搬送現場からの情報に”矛盾点は”ない。だが…そう、問題は前提の凄まじさである。「目が覚めたら女子だった」というのは、病的な妄想にしてはあまりに単純明快すぎて、客観的事実にしてはあまりにも非現実的すぎる。この唯一にして最も巨大な妄想を除いては、彼女の精神は至って正常であると判断せざるを得ないし、そのような(いびつ)な症候をもたらす病を私は知らない。


「すいません本当、言ってることバカみたいですよね…」

「いえいえ、お気になさらないで。腹を割って話していただけるのは非常に助かります」


ホムンクルスがまた口うるさく茶々を入れる。


「何!?腹を割るだと!?貴様医者のくせに腹は割ることを進めるとは何事か!まだ死ぬには早すぎるぞ小娘!若人(わこうど)に命の大切さを…」

「あの、そう言うことではなく」

二心(ふたごころ)なく正直に話すという意味です。あとうるさいので騒がないでください。つまみ出しますよ」

「…なんだ、そういうことであったか。では、儂も腹を割って話すこととする。儂は明石全登(あかしてるずみ)と申す。徳川勢十五万に対し五万の豊臣勢が戦った稀代の大戦で儂は~」


正直な話、長くて仔細(しさい)をあまり思い出せない。彼に関しては妄想の症候ありと考えて良いだろうか。でも話の順序は整頓されているし、描写も大袈裟ではあるが"その時代(いわゆるところの中世戦国時代)の常識"から大きく乖離しておらず、連続性がある。歴史伝承として話を聞くならば、ストーリー的に矛盾や無理がなく、よくできていると思う。ただ、俺の知っている史実とは、かなり説明が食い違う…


「故に、秀頼公の御出馬さえあれば、幸村殿と共に憎き家康を討ち取ることもできたはずなのだ!しかし300余りの軍勢では本陣に攻め入ることすら叶わず、我々は戦地を逃げるように離脱した。敵軍の追っ手から必死に逃げていたところで崖から落ち、目覚めたら此奴らと一緒にいたと言う次第だ!」

「ええと、要するにすなわち、戦いに負けて退却しているところで崖から落ちて、目覚めたらトラックの荷台にいたということですね」

「…そうだ。要するに敗走だ!悪いか!」


ユーオーディアが耳元で囁く。


「多言語戸籍データベースの参照と光速インターネットブラウジングの結果を報告します。明石全登という名前はヒットしませんでした。実在しない可能性が高いです。作語妄想が疑われます」

「聞こえているぞそこ!妄想などではない!こちらにきてから何故か耳の聞こえがすこぶる良くてな。儂の前でこそこそ話をしても無駄ぁ!!」


「…ところで、その長い耳は元々ついていたものですか」

「…」

「そのふさふさの体毛も、生まれつきですか」

「…」


あんなにやかましかった自称武将は、少し質問しただけで(せき)を閉じたように黙り始めた。


「良い加減認めろよ」


いつの間にか椅子の上で体育座りしていた眩星が目に涙を浮かべながら、いじけたように呟いた。


「鏡、見ますか」


ユーオーディアが手鏡を差し出す。


「嫌だあああああ」


明石は飴玉のように赤い目を必死に閉じながら、素早く首を振った。拒否のあまり口がバッテンになっている。さすがうさぎ型のホムンクルスと言ったところか。耳が慣性で左右にぶんぶん揺れる。


「お前も現実を受け止めるんだよ!俺と同じ苦しみを味わえ!」

「ほら、もふもふでかわいい顔してるんだからさ~」


眩星はうさぎの両耳をいっぺんに掴み、もう片方の手で明石の体を押さえ、アンドロイドはニヤニヤしながら手鏡を明石の顔面に押し当てている。明石も抵抗しているのか、飛び跳ねて逃げようとしているのか、足をジタバタさせている。


「あ、あんなところに家康が」

「何ぃ!?成敗してy」

「目、開けたね」

「きゃあああああああああ」


アンドロイドに騙されて目を開けた明石は、そのままうずくまってしまった。口振りからは想像できないほど甲高い悲鳴が院内に響く。


「うるさいですよ」

「ちょっと…さすがに騙すのは」

「…良いんですよ!いつか思い知るんだから!こいつだって早く現実を受け入れるべきだ」


もはや、精神科の診療ではない。


…病的に作り上げられた妄想は、ここまで集団で共有されるうるものだろうか?今まで診てきた「転生を主張する患者」は皆、一人で来院してきた。故に私は今まで、彼らの主張を「独りよがりの妄想」と断じて強引に精神治療に持っていくことができた。しかし彼らは、通常の人間なら一蹴して話を終わらせるような妄想話を、互いに「当たり前のように起こったこと」と認知している。全員病人なら話が変わってくるが、どうしても口振りから"病み"を感じ取ることができない。医者としての威信が激減する気がするから本当にこんなことは言いたくないのだが、ただただ切実に、転生してしまったことに戸惑っているようにしか見えない。


「にしても、不思議だな~。僕のいたところではうさぎが喋るなんてことなかったよ」

「なるほど、私がご説明いたしましょう」

「…へ?」


ユーオーディアはおもむろに映像資料を取り出した。もちろん事前の説明はない。


「彼はホムンクルスという人種なんです。ホムンクルスとは()(てい)に言ってしまえば、人造人間のことです。理念自体はかなり昔から存在していましたが、技術的な制約から実現できていませんでした。特に人間の精神を人間の手で一から作り上げる技術は、現代科学、現代魔法を持ってしても未だ実現できていません。しかし20世紀初頭に、人間の精神を身体から引き剥がす技術が確立され、そこから『半ホムンクルス』という概念が誕生しました」


「半ホムンクルスとは、人間ではない身体に人間の精神、いわゆる『魂』を注入することによって生まれた、半人造の人間のことです。魔法使いと研究者たちは、精神と身体を一から全て人の手で作り上げる『全ホムンクルス』呼ばれる方針を一旦取りやめ、肉体から分離した精神を代わりの肉体に入れるという方針に転換したわけです。まあ半人造と言っても、研究初期では犬に直接人間の精神を注入するというお粗末なものだったらしいですが。しかしそのような雑な処置では当然、問題が生じます。まず人間の精神を受け止められるだけの脳の容量が、犬にはありませんでした。当たり前のことですが、人間並の思考をするためには、人間の脳が必要になります。人間の精神を流し込まれた犬は高熱を出して、数時間後に死んだそうです。この事実が明るみになったのは2000年代に入ってすぐのことでした。戦争捕虜の精神を使って実験していたことも判明して、当時はかなり問題になったとか」


「脳の容量以外にも身体的な問題は多々ありましたので、脳に外部から接続するサブCPUや二足歩行を補助する運動用擬似筋肉ギアや体内のガス交換を手助けするダクトなどの付属機器を取り付けたり、精神の入れ物となる脳および身体を一から作成するなどの対策が施されました。これらの技術のおかげで現在では人間の精神を障害なく受け止められているわけです。この国の半ホムンクルス人口は他国に比べかなり多く、我々がホムンクルスと口にした時、それはほとんどの場合半ホムンクルスのことを指します」


「あの、わからないのでざっくり言ってください」

「人間の魂をそのままうさぎさんに入れると色々問題が起こるので、うさぎさんの体を色々いじってから魂を入れることにしました」

「…じゃあ、あの明石の首から下がった装置も何かしら関係が…?」

「そうです。あの装置は明石さんの精神系統に直接つながっていて、発言を瞬時に人間の言葉に変換するという機能があります。あれのおかげで、骨格や声帯の構造上うさぎの喉からは発することができない声を出して人間の意思疎通を取ることが可能になっている、というわけです」


「話がよくわからないが!!うさぎではない!!!うさぎは撤回しろ!!!」

「あのように二足でぴょんぴょん飛び跳ねられるのも、人間の言葉が喋れるのも、装置のおかげです」


かんかんに腹を立てている明石に対してジョークまがいの受け答えをするあたり、ユーオーディアも完全に呆れて、真面目に取り合う気を無くしてしまっているのだろうか。


「…あのさ、じゃあ僕は何者なの? その、『あんどろいど』ってやつ…」

「アンドロイドは人間に似せた機械のことを言います。ホムンクルスとは異なり、100%機械で出来ています。ホムンクルスと同様、アンドロイドも肉体から取り出した精神を流入させることで作られるケースが多いです」

「うう…だめだ、さっぱり意味がわからないよ…」


置いていかれているのは俺だけなのか。ユーオーディアもなぜこんな主張に対して、生真面目に応対できるのか。確かに、目が覚めたら四肢がいささか短くなって、全身がけむくじゃらになっていたら不快だとは思うが。目が覚めたら肌が機械になっており、妙に硬くてツルツルしていて、関節の可動域が変わっていたら不快だと思うが。自分の身体に何が起こったのか、自分が何者になってしまったのか気になるというのは、正常な思考であろうが…


…まただ。また彼らの主張に流されている。もうダメだ……こんなことを考えるのは非常に不謹慎極まりないが、精神を患われていた方がまだ俺にとってできることがあるのだ。はっきりわかる。彼らは精神を病んでいない。というか、メンタルをやられていない。気分がハイになって支離滅裂な言葉を繰り返すわけでもなく、心に迫る不安を取り除きたがっているのでもない。ただただ搬送時点で今述べられたようなにわかには信じ難い話をして、急患対応のAIが『妄想症状あり』と判断を下しただけで、そこから先は完全なるブラックボックスだ。彼らにとって転生は紛れもない事実だが、この国、この時代、この場所ではそんな主張を通らせるわけにはいかない。私には、彼らの言っていることがわからないし、事実だとしても私に、できることがない。


——そうだ。できることなんて、ないじゃないか。


「…そういえば、あなたのお名前はまだ聞いていませんでしたね」

「その…みんな、自分の名前を持っているんだね?」

「というと」

「僕がいたところではみんな僕のことをそれぞれ好きなように呼んでたし、それでも自分が呼ばれたってことはすぐわかったから、名前を自分で名乗るってのはよくわからないよ。君たちは自分で自分を呼んだりするの?それだったら必要かもしれないけど。君たちが好きに呼べばいいと思ってるよ」

「…なるほど」


ああ、もうなんか無理だ。ほんと無理だ。覚悟を決めよう。ため息のような深呼吸をする。


「診療はここで打ち切ります」

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