9 最終決戦
「しまった!」
失敗した。
最強と称される生物相手に殺しそびれる事を危惧したせいか、加減ができなかった。
取り出す心臓を失い、途方に暮れていると……
『ほう、面白い力だ。よもやその変り身を滅するとは』
「シーラ。生きているのか」
どこからともなく聞こえてきた声に、私は正直ホッとしていた。どこかは分からないが、別所にシーラの本体がある。当然、心臓もそこにある。
逆に言えば、あの国王は操られていただけの本物か、無関係な他人だったと言う事か。いずれにせよ、食べた時の違和感の原因はこれらしい。
『然り。欲するならば来るが良い』
さっきまで何も無かったはずの玉座の裏の壁に、物理現象ではない不思議な穴が突然開いた。あの先にシーラがいるのか。
いよいよ最終決戦だ。私は気を引き締めつつ、そこに飛び込んだ。
印象としては、ギースとは真逆だった。
こちらの倍くらいある、真っ白な鱗に覆われた体。ギースよりむしろ蜥蜴の神に近い、二足歩行の細い体型。
これがシーラの本体。正直言ってドラゴンっぽくはない。
「強欲に相応しき力ある者よ。我が心臓をもって何とする?」
「私が元いた世界に帰り、私をこちらに引き摺り込んだ人の神を討つ」
「神への復讐、か……人間に相応しい愚直さよ。だが、自らの悪を受け入れ、その強さを得るに至った事実は認めよう」
シーラの体から、魔力と思われるオーラのようなものが立ち上がる。
私も改めて剣を構えた。
「故に、我自らと殺し合う栄誉を授ける。さあ、来るが良い」
『それじゃ、遠慮なく』
もうすっかり慣れたこの展開。しかも今回はどこかで聞き覚えのある声だ。どこだっけか?
しかしその直後に起こった展開はさすがに驚いた。
シーラの腹部から黒くて細い何かが付き出すと、まずシーラを覆っていたオーラが消え、次にその巨体がこちらに向かって倒れたのだ。
「へぇ、自分の剣でもちゃんと死ぬんだ。竜ってのも、以外とおちゃめな面があるんだね」
「お前は……」
この場において緊張感のない声の主は、さっきの国王が持っていた黒い剣を手にした少年。
私が会った時は衰弱し寝込んだ姿しか見ていなかったが、彼は間違いなくモルガンの弟アーサーだった。
「久しぶり、かな? と言っても、僕の方はずっと探して追いかけて、今ようやく追い付いたんだけどね」
「そうだったのか」
姉が帰ってこなくなったから、回復後自力で探しに出たのだろうか。
「勘違いしないでね。お前がお姉様を殺したのは知っている。だから……」
私がモルガンではない事を知っている?
つまり、あの時彼は……
「まずはお前を殺す。そしてシーラの心臓の力で、お姉様を蘇らせる」
彼もまた、理不尽な略奪に対する復讐のためにここにいる。ならばある意味、私と同じか。
しかしそれなら、一つ疑問が残る。
「なら、何故もう少し待たなかったんだ?」
そうすれば私はシーラに殺され、漁夫の利を得られたかも知れないのに。
「それも考えたけどね。でもシーラに殺らせたら、お姉様の体ごとぐちゃぐちゃにしてしまいかねないからね。そうなれば、心臓を使ってもうまく蘇るかどうか」
淡々と語り続けるアーサーだが、その姿にはまったく隙が無い。今までは何だかんだで不意打ちが効いていたが、今回ばかりはそうはいかなさそうだ。
「さて。お喋りはこの位にして、そろそろその体を返してもらおうか」
「仕方がない。決着を着けよう」
こうして、私の命と被害者の心臓を巡る、真の最終決戦が始まった。もはや諸悪の根源であったはずの竜が物言わぬ戦利品とは、これも人の業の強さ故か。
戦いはかつて無い熾烈さだった。
アーサーはこちらの特性を知っており、様々な魔法らしき飛び道具を駆使して、まず私を近付けさせない。
特にまずいのは、剣から放出される黒い極太ビーム砲だ。こちらの光の刃と同じ原理なのだろうが、あれをまともに喰らえば即死だろうと思える程のエネルギーを感じた。
ある意味始めてのまともに攻撃してくる相手に、私はしばらく一方的な防戦を強いられた。
「さすがはお姉様の体だ。全然当たらないや」
「……」
彼の言う通り、ここまで持ちこたえられているのは、モルガンの体の高い身体能力による部分が大きい。
しかし私も、ずっと手をこまねいてばかりではない。魔力を通した月光牙で相手の魔法を叩き落としたり、光の刃を飛ばして牽制したりしながら、少しずつ近付くチャンスを窺えるようになっていった。
「しつこいね。体力だって無限じゃないはずなんだけど」
「それはお互い様のはずだ」
魔力とて、消耗するほど身体への影響が蓄積していく。こちらからは疲労の色ひとつ見えないアーサーは、一体どれ程の魔力を持ち、後どのくらい残っているだろうか。
相手の力量が計りきれない中で、こちらが採れる策は二つ。一つはこのまま現状を維持し、相手の消耗を待つ。もう一つは残存する力を振り絞り、次の一撃に賭ける。
私は直感で後者を選択した。
今出せるありったけの魔力を剣に込める。一気に襲い来る疲労感と引き換えに剣の光が増し、色が微妙に変化した。
どちらにせよ、これで終わる。そんな思いと共に、私は剣をアーサーのいる方向に振り下ろした。
……光の刃は出なかった。
「魔力切れ? なら僕の勝ちだね」
「くっ!」
ここにきてまさかの失敗。
ここまでか……もはや疲労でまともに動けず、覚悟を決めたその時、双方共に予想できなかった事が起こった。
「それじゃ、し……」
突如頭上から降り注いだ光が、音も無くアーサーを飲み込んだ。
その光は今までの様な優しい光ではなく、彼の姿も、言葉も、魔法もねじ伏せる強烈な光だった。
光の柱が消えた後、そこには地に伏したアーサーと、黒い刀身を失った剣の柄があった。
「……私の、勝ちか」
私はアーサーの側まで歩み寄り、月光牙の剣先をそっと彼の首筋に当てた。
死亡確認。たった今、ギリギリで生きていた彼の命を、私が食べたのだが。
戦いは終わった。後は戦利品を剥ぎ取り、願いを叶えるだけだ。
正直今すぐ横になって休息を取りたい気分だったが、何が起こるか分からないのでさっさと済ませよう。
ここで始めて、強化された剣の切れ味が役に立った。魔力を通さずとも竜の鱗を切り裂き、胸部を開いて心臓を取り出した。
もっとファンタジーっぽい結晶的な物を期待していたが、残念ながらガチの心臓だった。しかも心臓単独になってもまだ動いていた。キモ過ぎて長時間持っていたくない。
「竜の心臓よ。その力をもって、私を元の世界に戻せ!」
さっきの戦いの高揚感が残っているためか、自覚できるほどおかしなテンションになっていた。それ故に、今の私は特に何も考える事もなく、それっぽく心臓を掲げて望みを言ってみた。
その直後、かつて感じた事のある感覚と共に、私の意識は途絶えた。