7 新たな神
「さて、俺ができるのはこれ位か……いや、もう一つあるな」
「まだ何かくれるのか?」
「そうじゃない。ここから城まで歩いて行くのはかなり手間だろうから、送ってやろうと思ってな」
「それは助かる」
『そうはいかないよ』
またか。見えない所から急に声を掛けてくる奴、本当に多いな。
「で、誰だ?」
『驚いてくれないんだね。まあいいや』
何も無い空間から突然現れたのは、見た目は人間っぽい体格の、豪奢な服を着た蜥蜴? だった。地球の創作物ではリザードマンとか呼ばれそうな奴だ。
むしろ私は、現したその姿にこそ驚いたのだが。
「ん? 蜥蜴の神が俺達に何の用だ?」
ギースはこいつを知っているらしい。そしてこいつも神なのか。
「何やら君達が、僕の計画を邪魔しようとしているみたいだったからね。止めさせてもらいに来たよ」
ギースが言っていた通り、本当にこの世界の実在する神は、何か企み事ばかりしているようだ。
「とりあえず聞いておく。お前の計画とは何だ? 本当に、これから私がやろうとしている事が、お前の計画を阻害する行為なのか?」
「もちろんだよ。何を隠そう、シーラを誑かし、人間を絶滅させるよう仕向けたのはこの僕なのだから」
微塵も悪びれずに黒幕宣言。その豪胆さはさすが神と言った所か。
「……テメェかよ」
私の横から、思わず怖気立ってしまうような、低く響く声が聞こえてきた。
振り向いて見たギースの目には、種族が違えど感じ取れる激しい怒りを湛えていた。
「テメェがシーラにあんな気色悪いマネさせてんのかよ! 何故だ! 俺達竜は、生き物の頂点として静かに世界を俯瞰してれば良い。そう定義したのはテメェじゃねぇのかよ!」
さっきはああ言っていたが、やはり自分の兄弟が良いように操られるのは許せないのだろう。
「確かにそうだよ。でも、人間と言う生き物は、あまりにもこの世界を汚し過ぎる。今のうちに摘み取っておかないと、いずれ致命的な害悪に成長してしまいかねない。それにこの計画は、シーラ自身も賛同しているものだよ」
「……」
蜥蜴の神の言葉にギースは渋々怒りを納めると、もう話は終わりだと言わんばかりに身を丸め、ふて寝するかのような姿勢を取った。
「さて、次は君だね。たぶん君は、人の神にこの世界に引き摺り出されたクチだろう?」
「人の神? そうだな」
蜥蜴の姿をしてるから蜥蜴の神なら、人の神はあの老人の姿をした神で間違いないだろう。
「そして、竜の心臓を取れば何でも願いが叶う、とでも言われたかい?」
「……」
よく調べたもんだ……と思ったが、考えてみれば、そのコースを辿って来た人間は私以前にもいたはずだ。私は神隠しの最初の被害者では無かったのだから。
「ちなみにそれは本当だよ。竜の心臓には、人間が想像し得る望みくらいなら容易く叶えられる力が詰まっている。でも、それを手に入れるのは不可能だよ。現状がそれを物語っている」
つまり、今までシーラに挑戦して勝利した者は誰もいない、とでも言いたいのだろう。しかし、だとしたら何故だ?
「それなら、何故お前は私を足止めしようとする? 不可能だと豪語するならば、私が勝手に行って勝手に負けるのをただ見ていれば良いはずだ」
「それは君が唯一、ギースの助力を得るに至ったからだよ。同じ竜の加護を受けたとなれば、さすがに確実な勝利とはいかないからね」
「で、具体的にはどうやって私を止めるつもりだ? ここで私を直々に始末するとでも?」
「まさか。僕達神は、すでに完成した生き物に干渉するには、とても面倒な手順が必要なんだよ。神同士の取り決めでね」
じゃあ異世界で人を殺しまくっているあの神は、その面倒な手順を惜し気もなく踏み続けているのだろうか? それとも異世界はその取り決めの範囲外なのか。
「でも、生き物じゃなく、この世界そのものの操作は簡単なんだ。だから……」
その瞬間、周囲の景色に異変が起きた。薄く色が付き、わずかに歪む。以前知り合いに借りてみたブルーライトカット仕様の眼鏡越しに世界を見ているようだった。
「ここに閉じ込めさせてもらうよ。シーラが目的を果たすまで、何年でも」
「お前、そんなに暇なのか?」
「それだけの価値がある計画だって事さ。それに、僕にとっては、たかだか百年やそこらはたいした時間じゃない」
自分ごと私を閉じ込め、消える様子は無い。つまりこれは、奴を倒せば解放されると考えて良さそうだ。新しい剣の振り心地を試す機会が早速訪れた。
堂々と敵対する相手への義理などないので、無言で一気に距離を詰め、勢いそのまま首を切り落とすべく剣を薙いだ。
しかし幻を切ったが如く手応えがなく、奴の身体にも全く変化は無い。
「無駄だよ。神が生き物に容易く干渉できない以上に、生き物は神に触れる事ができない。仮に竜を殺すだけの力があろうと、僕には届かないよ」
「なるほど」
自分が害される事は決して無い、だから自分がここにいても問題ない。確かに道理だ。ましてや百年じっと待つ事さえ何とも思わないのならなおさらか。
ここには食糧となる命が無い。故に百年など待たずとも、私の命は尽きるだろう。
「俺の命と心臓を使うか? このままじゃお前死ぬぞ」
ギースもその結末に気付いたらしい。
「言うな。今の私には、その選択肢は文字通り死んでもあり得ない。なに、人間は比較的逆境に強い生き物だ」
半ば無自覚に、私はそう答えていた。
「……お前は必要であれば冷酷な判断ができる方だと思っていたが、意外だな」
確かに誤解されやすいが、私は周りから見えるほど冷静冷酷ではない。それに、普段から理屈でガチガチに固めるような性格でもない。
それはともかく、一見詰みなこの状況を何とか打破しなければならない。
考えろ。幸い、時間はたっぷりある。
今の手札で私ができる事……いや、できるかも知れない事を見つけ出せ。
「大人しくしてくれるなら、君が聞きたい事を話しても良いよ」
やはり神も退屈なのだろうか、いきなり私にそんな話を振ってきた。ギースは相手にいてくれないと踏んだのだろう。
しかし、そう言ってくれるのなら、こちらもお言葉に甘えるとしよう。
「元々私のいた世界に神はいなかった。だから私には分からないのだが、神と言う存在は生きているのか?」
「う~ん……生きてるっちゃ生きてる、と思うよ。よく考えた事はないけど、何となくこことは違うどこかに自分がいて、意識と力の一部だけがここにある。そんな感じかな?」
よし、言質は取れた。
神は生きている。すなわちそれは食べられる存在である事を意味する。後は食べ方を見つけるだけだ。
「そうか。悪いが私は、やはり大人しくはしていられない。存分に足掻かせてもらう」
「……お好きにどうぞ」
蜥蜴の神がこちらの思惑に気付き対策を講じられたら、その時こそ本当の詰みになりかねない。それまでに、奴の命の在処を見つけ出さねばならない。