6 黒き竜
この山は、はっきり言ってそれ程自然が豊かと言うわけではない。しかしながら、上に行けば行くほど何故か野生動物が多く生息していた。そしてその分、腹を空かせてこちらに向かって来る奴が増えていった。
私はそいつらを、練習台兼食料として有り難くいただいた。その結果、食べ過ぎでちょっと苦しいのはやむを得ない代償だ。
やはり先程の推測は正しく、今の私は妖精のままで、手ではなく剣で触れた相手を食べる事ができる。しかも以前と異なり、食べる量を調節できる事が判明した。
まるで何者かに整えられたかのようなご都合展開ぶりを感じるが、構いはしない。使えるものは使いきって、自分の目的を果たすとしよう。
いよいよ山頂にやって来た。ここまで来ると空気がかなりひんやりと感じ、緑も消えて岩肌が剥き出しだった。さっきまで大量に気配があった動物達も、ここには来ないようだ。
そしてその岩の奥、艶のない黒を身に纏った巨大なそれが、長い首越しにこちらを見ていた。
首から上は言うに及ばず、爬虫類を思わせる硬質の鱗や、その体に見合った巨大な翼など、全てのパーツがあまりにも私が知る竜の姿そのものだった。
「よう。人間がここまで来るなんて珍しいな」
若い男のような声が、やけに気さくに話しかけて来た。この世界の言葉の壁問題は、気にしたら負けだ。
「お前がここに住む竜、ギースか?」
あまりにも想像通りな外観から、その素性は疑いようがなかったが、ちゃんと会話が通じるかのチェックも兼ねて尋ねてみた。
「おう、俺がギースだ」
会話は可能、そして礼儀を気にする様子もなし。
良かった。面倒臭くない、会話しやすいタイプだ。
「単刀直入に言う。私はこれから、お前の兄弟である竜を討つつもりだ。可能なら、お前の力を借りたい」
これは私の経験から導き出した法則だが、本当に強い相手に対しては、下手な嘘を捨て、率直に訴えた方が好印象を与える事が多い。もちろんそれも絶対ではないが。
ギースはしばらく、無言でじっとこちらを見つめて来た。今の私にできる事は、目を逸らさずに見つめ返し、自分の覚悟を示す事だけだ。
体感時間で一分近く、静寂がこの場を支配した。そして……
「あっはっはっはっ! 良い目をしてるな。お前みたいな人間は久しぶりだ。よし、力を貸してやろう」
「良いのか?」
私は彼の予想外の反応に、少々面食らっていた。良くて断られ、最悪の場合ここで戦いになると想定していたからだ。
「ああ。俺も最近のシーラの動きは気に入らなかったんだ。もう俺ですら、今のアイツが何考えているか分かんねぇ」
シーラと言うのが、今は国王に化けているあの竜の名前か。
「私が倒してしまえば、それを問いただす機会も閉ざされる事になるが……」
「なに、構わんさ。竜ってのは元々他者に対する意識が低いんだ。兄弟としての情なんてあって無いようなもんだ。今はアイツより、お前に生きていて欲しいとすら思ってる」
「そうか。それは助かる」
「で、俺は何をすれば……ん?」
ギースは何かを見つけたように、こちらの顔から視線を逸らした。具体的には下方向に。
「よく見たら、お前が持ってるそれ、月光牙じゃねえか! 懐かしいなオイ」
ゲッコウガ? ポケ○ン? さすがにそれは違うか。
「その剣は昔、とある人間のために俺が作ってやったものだ。それを受け取ったソイツは、今よりずっと荒れていたこの世界の一部を均して、人間が住みやすい国を造ったんだ」
なるほど、この剣の事か。
つまりはその人がこの国の初代国王で、この剣が王家の剣として代々受け継がれてきた訳か。
「今のお前は、あの時のアイツと良く似ている。何かデカい事をやってのける、そんな面構えだ。その上、アイツと同じ月光牙まで持ってるときた。これはもう運命って奴なのかもな」
異世界に飛ばされてまず出会ったのがモルガンで、不慮の事故により一心同体となり、結果としてこの剣は私の物になった。
私としてはもっと作為的なものを感じて仕方がないのだが、黙っておいた。
「よし! それなら俺の力で月光牙を強化してやろう。もういっそ竜の鱗でもサクサク切れる位の切れ味にしてやる。ちょっとそれを下に置いてくれ」
「分かった」
言われた通り剣を足元に置き、数歩下がる。するとギースは頭を剣の所まで下ろし、剣を口で咥えると、そのまま飲み込んでしまった。
「少し時間がかかる。その間、もっと話を聞かせてくれ。剣の微調整をするためにも、お前の事をもっと知りたい」
ギースがそう促してきたので、私はこれまで自分の身に起こった出来事を語って聞かせた。
「へぇ、お前その面で妖精なのか。凄い突然変異だな。やっぱり短命な種ってのは変異も活発なんだな」
「もしかして、この世界では神が裏工作してるとかは珍しくないのか?」
「ああ、アイツらいつもそんな事やってるぜ。やれこの生き物はどうだ、この地域はこうだとか。俺達自身には直接関係は無いけど、実質この世界はアイツらの遊び場だ」
私がかつていた世界には神はいないが、こうして実際に神がいる世界を目の当たりにすると、世界としての完成度はむしろ低いようにさえ見える。
「死んだ直後から急速に腐敗し溶ける人間……それはゾンビだな。シーラの奴が自分で殺した人間を操り、尖兵として利用してるんだ。本当、趣味悪いったらねぇよな」
それとギースは、山の途中で戦った謎の人間っぽい奴等の正体を知っていた。
あれが本物のゾンビなのか。当然だが、初めて見た。
「奴の言っていた主とは、本当にシーラの事だったのか」
それにしても、ゾンビってあんなにも生き生きとした表情で会話するんだな。ウイルスやらで適当に作られた量産品とは出来が違うって事か。
「よし、できた。受け取れ」
ギースが再び顔を地面まで下ろして上げると、そこにはあの剣だった物が地面に刺さっていた。
形こそ変わっていないが、その刀身は常に淡く青白い光を放っていた。手に持ってみると、更に別物であると分かる。
重量バランスが調整されたのか、元々かなり軽かったそれが、更に軽く振れるようになっていた。感覚的にはもうプラスチック製のおもちゃを振ってるみたいだ。
「切れ味の方は自分で確かめてくれ」
「ありがとう」
これで、やっておける準備はやりきった。
私は改めて、打倒シーラへの決意を胸に刻んだ。