5 過去の因縁
竜の住む山に向かう道中、いくつか分かった事がある。
まずこの体は、私が思っていた以上に運動能力が高い。単純な筋力でさえ、もしかしたら元の人間の時よりも上かも知れない。
そして、例の剣に魔力を通す事もできた。何度か試すうちに注ぎ込み方のコツを掴み、さらにあの放出もできるようになった。
小柄とは言え人並みの身体を手に入れ、妖精としての魔力も扱える。
結果として自身の戦力は格段に強化されたのだが、不都合な事実も発覚した。妖精式の食事ができなくなっていたのだ。
再び人間に戻った可能性もあるので、試しにその辺に生った木の実を食べてみたが、よく分からなかった。
この体をいろいろ試しながら進んでいると、思わぬものに出くわした。
私の感覚からすれば古い、いわゆる中世の時代の欧米を思わせる建物が、いくつも並んで建っていた……ような跡が広がっていた。
ほとんどの建物が完全に破壊されており、全損を免れたものでさえ、森の小屋と同じかそれ以上に破損が深刻な状態である。おそらく、異形の群れの襲撃を受けたのだろう。
人はいない……と思われたが、廃墟の中に一人の老婆がおり、建物の残骸の中から何かを掘り出しているようだった。
「おや、お嬢ちゃん。また来たのかい」
こちらの姿に気付いた老婆が、声を掛けてきた。声色から、敵意や警戒心の類いは感じられない。
それにまた来た、と言う事は、モルガンがかつてここに来て、彼女と会っているのだろう。
「ちゃんと弟に薬は届けられたかい?」
なるほど。モルガンはこの人からあの薬を譲ってもらったようだ。
「薬はちゃんと弟に飲ませた。安静にしていれば、じきに回復するだろう」
この体を奪った罪悪感からか、私は思わずモルガンのふりをして答えていた。
「そうかい、それは良かった。ところで、なぜまたここに?」
「またここに来る事になったのは偶然だ。今度はこの山に登らねばならない用ができたのだ」
「おや、ギース様にでも会いに行くのかい?」
「ギース? その名が山の上に住む竜を指すのであれば、その通りだ」
「そうかい、まあ気を付けてな」
「ありがとう」
老婆と別れ、廃墟を抜けた先はすぐ山の麓に続いており、険しい山道になっていた。
以前の私ならギブアップしかねない険しさだが、この体ならそこまで苦ではなく、順調に登って行く。
「ようやく見つけました。ずいぶん探しましたよ」
登山の最中、急に声を掛けられた。
古びてはいるが身なりの良い男を中心に、武装した男が数人。妙に顔色が悪いそいつらは、嫌らしい笑みを浮かべ、敵意を隠そうともしない。
その口振りから、またモルガンの知り合いのようだが、当然私とは面識は無い。それにしても、どうやら彼女はあまり人間関係には恵まれなかったらしい。
「お前達の知り合いと似ているのかも知れないが、残念ながら人違いだ」
今度は堂々とシラを切った。関われば録な事にならなさそうなのが目に見えていたからだ。
「おやおや、王女様ともあろうお方がそんな嘘をつくとは嘆かわしい!」
中央の男は、やけに大袈裟な仕草で叫んだ。いちいち熱量の高い男だ。
それにしても、女王だと? モルガンがそうだと言うのだろうか?
「何よりその王家の剣を持っている事が、あなたがモルガン様である証拠ですよ」
ああ、忘れてた。これがある限り、言い逃れはできないのか。そう言えば、モルガン本人もこの剣を王家の剣と呼んでいたな。
仕方がない。とりあえずモルガンとして応対する事にしよう。
「で。仮に私がモルガンだとして、どうするつもりだ?」
「その剣をこちらにお渡し頂きたい。我等の主がそれをご所望なのですよ」
「ふむ、この剣が目的か。ところで、お前達の主とは誰だ? まさか国王ではあるまい?」
「それはあなたには関係の無い事です。さて、大人しく渡してくださればそれで良し。さもなくば……」
周りの男達が一斉に剣を抜き、こちらに向けて来た。
「あなたの剣の腕はもちろん熟知しております。が、それ故にあなたの限界も知っております。剣の力を引き出せないあなたに、この数は御しきれますまい!」
剣を失うか、ここでこいつらと戦うか、か……
ちょうど良い。私が本当に他人である事を思い知ってもらうとしよう。
私は無言で剣を構え、剣に魔力を込めて見せた。
「何!? 待て、お前達!」
にわかに光を放つ剣を見て、相手は慌て、動きを止めた。想定通りだ。
私はその隙を見逃さず、一気に振り上げ、魔力の放出と共に振り下ろした。
モルガンがやった時と同じく剣閃が男達に向かって飛んで行き、接触すると爆発が起きる。
そして光の奔流が過ぎ去ると、地に伏した男達だけが残った。が、何かがおかしい。
「何だ? こいつら……」
死体は死体なのだが、全身がまるで強酸に溶かされたかのように爛れ、現在進行形で急速に腐敗が進んでいる。もちろん、光の刃の影響でこんな死に方はしない……はずだ。
やがて私の目の前で、酷い悪臭を放ちながら、骨ごと溶けて無くなった。
あまりの酷さに、私は言葉が出なかった。
おそらくこいつらは、始めからまともな人間の身体ではなかったのだろう。
「……行くか」
奴らは一体何者だったのか。その身に何が起こっていたのか。推測はできるかも知れないが、無駄に思えた。
私は気を取り直して、登山を再開した。
おかしい。
さっきまで楽々と進めていたのに、急に疲労感が出てくるようになった。
理由として考えられるのは、やはり魔力の消耗だろうか。
肉体的であれ精神的であれ、疲労である事に変わりは無い。実際に使うとなれば、HPとMPみたいに、それぞれ独立した管理はできないのだろう。
光の刃はあまり多用できない、剣そのものの練習もしておくべきだ。
そう考え、剣の練習と肉の確保を兼ねて、道中で出会った猪のような生き物と接近戦のみで戦ってみた。
疲労感はあれど体はしっかり動き、損傷を被る事なく討伐できた。
ただ、その生き物を剣で切り裂いた時に、奇妙な感覚があった。強いて言語化するならば、妖精式の食事をした時のような感覚だ。その結果なのか、体の疲労感が少し軽減されていた。
「もしかして……」
まだ確証は無いが、この体では、手ではなく剣で切った相手を“食べる”事ができるのかも知れない。だとすれば、私はまだ妖精なのだ。
それは私にとって僥倖だった。何故なら、竜に対抗するための切り札を手元に残せた事になるからだ。
この特性は、言うなれば剣の攻撃に即死効果を付与できるようなものだ。相手の首を撥ねる技術も必要ない。
仮に竜の鱗に刃を阻まれようと、直接命を奪いに行ける、まさに必殺技となる。
この技術を磨いておいて損は無いだろう。来るべき決戦に備えて、これから向かって来る相手には、私は正面から立ち向かおうと決めた。