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4 少女の命と矜持

 小屋の中は外から見た通り、辛うじて雨風を凌げる程度のボロさで、いろいろな物が散乱していた。

 その片隅で、丁寧に藁が敷かれた上に、一人の少年が横たわっていた。彼がアーサーなのだろう。


「おかえり……お姉様……」


 その様子は見るからに衰弱しており、姉の帰還に対しても起き上がる事すらできず、弱々しく返事をするだけだった。


「大丈夫、薬は手に入った。さあ、飲むんだ」


 モルガンは瓶に貯めてあった水を器に移し、懐から取り出した小さな包みと共にアーサーに渡した。


「ありがとう、お姉様」


 力を振り絞って体を起こした彼は、受け取った包みの中身を口に入れると、水で喉に流し込んだ。


「これで、しばらく休めば元気になる。もう少しの辛抱だ、アーサー」


 そう言って姉は弟を改めて藁の上に寝かせ、頭を優しく撫でた。


「うん……ところで、それは?」


 目線から、それとはおそらく私の事だろう。


「ああ、彼は森の中で出会った妖精だ。奴の追っ手を退けるのを手伝ってくれたんだ」


「そう……」


 そしてすぐに、アーサーは眠りについた。


「ゆっくり休んでるんだぞ」


 彼が眠ったのを確認すると、モルガンは立ち上がり、私を肩に乗せたまま小屋の外に出た。


「さて、約束の報酬だが……すまない、実は用意できる物など何も無いのだ」


「それなら……」


「そこで、私の命を持って行くと良い」


 こちらが代案を提示する前に、とんでもない提案をしてきた。

 いや、むしろ普通の妖精が相手なら妥当な所か。しかし、私の場合は……


「それは止めた方が良い」


「何故だ?」


「私は、その食事がとても下手なのだ。私が命を吸った相手は、例外無く骨まで残らず消失してしまう」


「そうか。別に大した問題では無いな。骨まで残さず持って行くが良い」


 ……こいつは一体何を考えているのだろうか?

 そして、これはまずいな。こちらとしては、命より情報の方が欲しかったのだが、この流れでは命以外の報酬を提示しづらい。


「なぜそうも死に急ぐ? 私はそこまで要求するつもりは無い」


「私は別に死に急いでいる訳ではない。ただ生きる目的を果たし終えただけだ」


 ますます訳が分からない。

 まだ成人にもなっていなさそうな年で、一体どんな人生を歩めばそんな言葉が吐けるようになるのだろうか?


「私は本来、あの道中で死んでいた。しかし、君に救われてアーサーに薬を届ける事ができた。ならば、君にこの命を差し出すのは道理だ。それに……」


「それに?」


「これは、私と言う一個人の矜持であり、ただの我が儘だ。最後の瞬間まで、自分が自分であったと納得できるようにするための選択だ」


 私はしばし、言葉が出なかった。

 ただ後悔しないためだけに、今ここで死を選べる。そんな強い人間に、これまで私は出会った事が無い。……いや、一人だけ心当たりがあるが、今はどうでも良い。


「……分かった。そこまで言うなら受け取ろう」


 それ故か、半ば無意識で。そんな彼女の意思を尊重したい、そう思ってしまった。承諾の言葉も、ついさっきまでなら決して言わないつもりだった。

 モルガンの存在、そして言葉には、それだけの力があった。

 そこからは互いに無言で、私は粛々と食事に取り掛かった。彼女に手で触れ、あの時と同じように……

 あ……れ?

 ちゃんと食べたはずなのだが、何かがおかしい。そして私は、そのまま意識を失った。


 目が覚めると、周囲はまだ暗かった。まだ夜が明けていないのか、それとも丸一日以上過ぎたのかは定かではない。

 ちなみに、モルガンの姿はどこにも無かった。やはり跡形もなく食い尽くしたようだ。

 身を起こし、改めて見渡してみる。

 何か違和感がある。同じ場所のはずなのに、さっきまでと景色が違って見える。特にあのボロ小屋がずいぶん小さい。

 その違和感は、立ち上がってみるとより鮮明になった。


「本当に小さい……」


 本来なら自分の身長の十倍近くあるはずの小屋が、今や手を伸ばせば屋根に手が届きそうだ。


「どうなっている?」


 自分の姿を確認する術が無いのがもどかしい。

 それでも自分の体を見てみると、奇妙な事が分かった。さっきまで目の前にあったボロ布を、何故か自分が身に纏っていた。これはつまり……


「私が、モルガンになった?」


 彼女の命だけでなく、肉体ごと取り込んでしまったとでも言うのか?

 原因など当然分からないが、慣れない事を全力でやると思わぬ失敗を招く、そんな一例なのだろう。


「……まあ良いか」


 妖精であろうと、人間であろうと、やる事は変わらない。むしろ、小さいよりは動きやすい分、便利になったとも言える。

 とは言え、問題が全く無い訳でもない。


「あの弟に見つかるとまずいな」


 姿は本人でも、自分はモルガンではない。改めて対面すれば、すぐにばれるのは目に見えている。彼には悪いが、私は直ちにここを離れる事にした。


「? 気のせいか」


 足元に落ちていた剣を拾い、立ち去ろうとしたその時、何者かにこちらを見られている気配を感じた。

 しかし、周囲に異常は見当たらない。どうやら私の気のせいだったようだ。


 移動しつつ、状況を整理しよう。

 まず私の体だが、元々人間の男だったが一度殺され、妖精として転生した。そして今、改めて人間の少女の体を取り込み、それを使うに至っている。今現在の私が人なのか妖精なのかは、今後調べる必要があるだろう。

 次に、私の最終目標は、元の世界に戻り、私をここに送り込んだあの神に一矢報いる事だ。そのためには、強大な力を蓄えているとされる、竜の心臓を手に入れる必要がある。

 現在確認できている竜は二匹。

 片方はこの国の国王に化け、人間を殺し続けている。件の神に討伐するよう言われた相手だ。

 もう片方はその竜の兄弟にあたり、比較的人間には友好的だとか。ここから見える山の頂上に住むらしい。

 これからの予定としては、まずは山の上の竜に会い、何かしらの力を借りられるよう説得する。説得が成功すれば、借りられた力を元に、偽国王を打ち倒す算段を立てる。もしそこが破綻するようならば、その時に考えるしか無い。

 今はそんな所か。

 私は、今立てた計画を遂行すべく、竜が住む山に向かう事にした。

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